★★★ご注意★★★
ここから先にあるのは、「生理」を取り扱った小説です。
内容自体は18禁でも何でもないのですが、人によってはデリケートなテーマだと思われます。
なので、抵抗のある方は戻られる事をお勧めします。
問題ない!という方は下にお進みください。
の様子が、変だった。
血の気の引いた青い顔と、不安を隠せない涙目は、エドガーの心配を煽る一方で。
問い詰めるとついに、泣きながら彼女は打ち明けてくれた。自分の不調の原因を。
「なんでこんなに早く始まっちゃったの?本当はもっと遅く来る予定だったのに。よりによって何も用意してない時に…どうしよう?今日はまだいいけど、明日になったら下着も服も間違いなく汚れる。そしたら二人にも気づかれちゃう。お腹だってどんどん痛くなってきてるのに、いつも飲んでる痛み止めの薬も忘れちゃうなんて!ケアルもエスナも、ポイゾナだって試してみたけど効かない。こういうのって魔法じゃどうにも出来ないみたい…。こんな状態で冒険なんてとても無理。でもここまで来たのに、引き返して、なんて言えない。言ったら絶対どうしてだって聞かれる。二人には知られたくない…だからって我慢してどうにもなる事じゃない。もう、どうすればいいの?」
話し始めるとは矢継ぎ早に言葉を紡いだ。堰を切ったようにとはまさにこの事だ。エドガーに話すと言うよりは独り言のように、涙声で話し続ける内容を聞いているうちに、ようやく事情を飲み込めた。月の物が来てしまい、うろたえていたのか、と。
王として、旅のリーダーとしてあらゆる非常事態に適切な指示を出してきたエドガーだが、こういう場合どうしたらいいかなど考えた事もなかった。勿論月に一度、女性の身体にそういう変化が起きる事は知っていた。知っていただけで理解出来ていなかったと痛感した。目の前で彼女が泣いていても、未だに「そうか、生理か」とぼんやりと考えることしかできないのだから。つまりはそれくらい、彼にとって範疇外の事だった。
それでも経験や知識を総動員し、何とか状況を整理した。幸いこの難問は、色々な利権が絡み合った国の政治よりは簡単に解決出来そうだ。
彼女は腹痛に苦しみ、衣服が汚れることを心配している。明日の探索を止めて欲しいのだが、体調の変化を他の二人に知られることを恐れ、何も言えずにいる。それならばやるべき事は腹痛の緩和、服が汚れないようにすること、二人にこの事を知られずに飛空挺に帰ること、の三つだ。
「…とにかく二人が帰ってくるまでに何とかしよう。タオルはあるかい?」
こくり。黒い頭が上下に動く。
「君はナイフを持っていたよね。タオルを丁度いい大きさに切って、何枚か重ねて下着に当てたらどうだろう。服が汚れないように」
赤ん坊のおむつをイメージしながら提案すると(勿論そんなことは口にしなかった)こくり。頭がまた上下に動いた。
「腹痛は…魔法が効かないのなら、温めるといい。少しは楽になるよ」
「…どうやって?」
マッシュは子どもの頃身体が弱く、よく寝込んでいた。腹痛を起こす事もあって、神官長が湯たんぽをマッシュの部屋に運んでいたのを何度も見ていた。今ここにあるもので、湯たんぽの代わりになりそうなものと言えば。
「手頃な大きさの石を焚き火に入れて、熱したそれをタオルで巻いたら丁度いいと思うんだが」
「!」
ぽかんとした顔に驚きの色が広がっていく。瞳が輝き、今度は力強く頷いた。
「後は探索だが…勿論本当の理由は伏せて『具合が悪くて動けないから、申し訳ないが引き返して欲しい』と頼んだ方がいい」
「でも、せっかくここまで来たんだよ。今更引き返すなんて…」
「君の様子を見れば、ロックもマッシュも無理強いはしない筈だ。それに俺が代わりに言うよりも、君が直接頼んだ方が効果があると思う。二人とも君には甘いから」
はしばらく考え込んでいたが、やがて「うん…二人が帰ってきたら話してみる」と頷いた。
「じゃあ決まりだ。私は石を温めてくるよ」
「うん。ありがとう」
随分久しぶりに見た気がする笑顔は、気のせいか艶めいて見えた。口説きたいのを我慢して笑顔を返し、テントを出る間際にちらりと様子を伺うと、はいそいそと荷袋の口を開けてタオルを取り出す所だった。
今襲ったら、俺の子を宿すかもしれないのだな。
突然浮かんだ不埒な妄想を振り切るように頭を振った。
「兄貴、の具合はどうだ?」
握り拳の大きさの石を火に入れて温めていると、マッシュが帰ってきた。手にした籠の中には木の実と林檎が沢山入っている。
「あまり良くない。腹痛が酷くて動くのも辛そうだから、湯たんぽ代わりに石を温めていた所だ」
「そっか…」
しょんぼりしたマッシュが背後を振り返った。つられてそちらを見ると少し遅れてロックがやって来る所で、彼は魚と山菜を多めに取ってきていた。マッシュが首を横に振ると、彼も同じようにしょんぼりした。
二人は落ち込みながら、それでも淡々と夕食を作り始めた。エドガーも太い木の枝を使って火中の石を取り出して用意していたタオルでくるみ、手にじんわり伝わる温もりを感じながらテントの中のに声を掛けた。
「……何?」
「温めた石を持って来たよ。入っていいかい?」
「ちょっと待って」
テントの中からごそごそと物音がして、10秒経つか経たないかの間にまた静かになって「どうぞ」と声がした。中に入ると腰から下を毛布で隠したがこちらを見ている。恥じらいを含んだ視線を向けられてまた欲情を覚え、熱くなってきた手中の石の温度で我に返った。
「石を持って来たよ。少し熱いから気を付けて」
痛みはどうか気分はどうか下着などは大丈夫かなど、聞きたい事は山ほどあったが、あまり聞きすぎて不快な思いをさせたくない。なので「食べたい物があれば持ってくるよ。マッシュが林檎を、ロックが魚と山菜を取ってきたんだ」とだけ聞いた。
「ん…林檎なら食べられそう」
「分かった」
テントを出ると、マッシュは林檎を積み重ねてぼんやりしていた。呼びかけても返事が無いので肩を叩くと、慌てて振り返る。
「なんだ、兄貴か。どうした?」
「の様子を見てきた。あまり良くないが、林檎なら少しは食べられるそうだ」
「ほ、ほんとか!?」
マッシュの顔がぱっと輝いた。腑抜け具合が嘘のように、沢山の林檎の中から大きくて綺麗なものを素早く選び、ナイフで器用に切っていく。心配で心ここにあらずだったのかと納得したエドガーだったが、そんな彼に鋭い視線を向ける男がいた。
「……エドガー、、魚は食わねえの?山菜食べねえの?」
「いや、魚と山菜の事は何も」
「なんで?なんで林檎だけ食うんだ?ちゃんと魚と山菜もあること言ったか?」
「勿論言ったさ」
「馬鹿だな、そりゃ遠慮してるんだよ。もう一回、他に食べたいものが無いか聞いてこい」
どうやらマッシュの林檎だけ選ばれた事が気に入らないらしい。なんて面倒くさい男だと思いながら林檎の入った器を受け取ったエドガーは、またテントに近付いて声を掛けた。
「、林檎を持って来たよ」
「うん」
中に入り器を差し出すと、「ありがとう」の後すぐに手が伸びてきた。林檎を取って小さく齧った瞬間、彼女好みの甘さだったのだろう、口が綻んだ。
「美味しい!」
「まだまだあるから、食べたくなったらいつでも言いなさい…あと、魚もあるんだが食べないか?山菜もあるぞ」
「ん…魚はまだいいかな、山菜も。とりあえずは林檎だけで」
「頼む、どちらかを選んでくれ。助けると思って」
不思議そうに見つめられて、それはそうだろうと思った。ロックの変な対抗心のせいで、どうして彼女に無理強いさせないといけないのだ。だけどは「じゃあ、魚で…」と答えを返してくれた。
空気の読める子で良かった。感謝しながらテントの外にいるロックに「魚を焼いてくれ」と声を掛けると、途端にロックが勝ち誇った顔になり、細い木の枝に魚を差し始めた。少しだけいらついた。
マッシュが山菜とクルミを炒め、ロックが魚に塩をふりかけ、エドガーがマッシュの指導を仰ぎながらぎこちない手つきで椎の実の皮を剥いている時だった。
「あの…」
テントの中からが出てきた。お腹をさすり、おどおどと三人の顔を見回しながら立っている。
「、動いて大丈夫なのか?」
「うん…」
「顔色悪いぞ。無理するな」
ロックとマッシュが駆け寄り近くの岩に座らせようとしたが、それを遮っては「実はね、」とひときわ大きな声を上げた。
「わたし、やっぱり具合が悪いみたい…動くのが辛い…だから、」
「?」
「それで、悪いんだけど、」
「…どうした?」
「…………」
その先は流石に言いにくいのだろう、言葉に詰まって俯いた。
「様子を見ていたのだが、今の体調で冒険を続けるのは難しそうだ。俺はを飛空挺に戻して休ませた方がいいと思う」
「え、それって、また引き返すってことか?」
「マジかよ…せっかくここまで来たのに…」
マッシュが呆然と呟き、ロックは天を仰いで落胆する。言いにくいだろうからと助けたつもりが逆効果になってしまった。申し訳ない気持ちでを見れば、小さくなっていた身体をますます縮め、唇をぐっと噛んでいる。服の裾を握る手が震えていて、まずいと思った時には遅く、顔をくしゃくしゃにして泣きだしていた。
「ごめんなさい……」
「!?」
「うわああ!!」
マッシュは驚きで声も出せず、反対にロックは驚きのあまり叫んだ。二人とも滑稽なほどおろおろし、エドガーは成り行きを見守るしかない。
「お腹…痛くって…治るどころか、酷くなって。明日はもっと酷くなるかも…ここまで来たのに迷惑かけて…ほんとにごめん」
「い、いやいやいや、いいんだよ!は悪くない!ただ兄貴がいきなり割って入るから驚いちまっただけで」
「そうそう!俺達はが喋るのを待ってたのに、エドガーがさあ!」
え、俺のせい、なのか?
泣いている女の子に詰め寄る事など出来ない二人はエドガーを悪者にして、自分たちはどこまでも彼女の味方だとアピールする事を選んだようだ。あまりの事に納得がいかない。いかないが当初の目的通り、
「じゃあ明日朝イチで引き返そう!!に何かあったら一大事だ!」
「……ほんとにいいの?迷惑じゃないの?わたしのせいで…」
「迷惑どころかいい修行になるぞ!あと、今日はは夜の見張りも片付けもしなくていいからな!俺達で全部やるから!」
「うん…二人とも、ありがとう……」
明日の朝、は無事、飛空挺に戻る事になった。
は青白い顔で林檎と魚を食べ終わった後、皆に寝るよう促されて再びテントに戻り、その夜はエドガーとマッシュ、マッシュとロック、ロックとエドガー、の順で火の番をする事になった。
ロックが欠伸をしながら「お先に」とテントに入った。眠りの邪魔をしないよう、しばらくは火に枝をくべたり武器の手入れをしたり、静かに過ごしていたが、しばらくするとマッシュが「兄貴、の事だけどさ」と意を決したように切りだした。
「どうした?」
「、本当に具合が悪いだけなのかな」
「どういうことだ?」
「いつもならさ、別に泣いたりしないだろ。もっとどこがどう痛いか説明する筈なんだ。今回は様子が違う」
マッシュが気付くのは予想の範囲内だった。メンバーの中で一番彼女と旅をしてきた時間が長いだけでなく、普段から彼女を特に気にかけているからだ。その口から直に聞いた事は無いが、恐らく好きなのだろう。
「具合の悪さとは別に、何か悩んでるんじゃないかと思うんだ。兄貴はどう思う?」
「……確かに少し様子は変だが。それはいつも以上に調子が悪いせいだろう」
「そうかな」
「あんなに体調を崩す事は滅多にないから、きっと不安になったのさ…林檎を一つ剥いてくれないか。何だか甘いものが欲しくなってきた」
さり気なく話題を変えてそれ以上の追及を拒むと、マッシュは小さくため息をついた。
「ずっと一緒にいたのに、気付かなかったのかよ…」
「何がだ?」
「なんでもない。林檎だったよな、今剥くよ」
そう言って林檎を剥き始めたマッシュから視線を外し、エドガーは燃える火を眺めた。
いくら心配しているからと言って、彼女のデリケートな事情を暴露するわけにはいかなかった。すれば隠し事の苦手なマッシュのことだ、自然にふるまえなくなってしまい、はそれを見て、マッシュが全て知った事を悟るだろう。はエドガーを信頼して話してくれたのに、それを裏切るわけにはいかない。
あれこれと考え、いや違う、と直ぐに否定した。どれもこれも尤もらしく聞こえるただの言い訳に過ぎない。
彼女の事情が、片時も頭から離れない。
何度も何度もあの華奢な身体に起こっている異変を想像して、密かに興奮している。
エドガーはただ、甘美な秘密の味を、一人占めしたいだけなのだ。
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