★★★ご注意★★★
ここから先にあるのは、「生理」を取り扱った小説です。
内容自体は18禁でも何でもないのですが、人によってはデリケートなテーマだと思われます。
なので、抵抗のある方は戻られる事をお勧めします。
問題ない!という方は下にお進みください。
探検の面子に選ばれたが飛空挺を出る前から、エドガーは彼女の様子に異変を感じていた。
何が違うのかは分からないが、とにかくいつもとは違うのだ。
他の仲間にそれとなく話しかけて違和感の原因を探ろうとしたが誰からも答えらしい答えを得られず、逆にセッツァーからは「気のせいじゃねえのか」と返される始末だ。常に女性の事を、特に仲間の女性のことを、その中でも彼女の事を一際気にかけている自分が勘違いなどする筈がない。そう思って当のにも「可愛らしいのはいつもの事だが、少し雰囲気が違うようだ。何かあったのかな」と尋ねてみたのだが「ん?わたし、なんか変?」と逆に尋ねられ、口ごもってしまった。
本人に聞いても解決しなかったと言う事は、やはり勘違いなのだろう。
引っかかりながらもそう自分を納得させたエドガーは、早速探検の準備に取り掛かったのだった。
それから数時間後。
エドガーは、自分の勘が正しかったと確信した。
旅の始めこそいつも通りだっただが、彼女特有の、目で追うのも難しい素早さが鈍くなってきた。普段なら難なくかわす所をギリギリで避ける場面が増えた。魔法の威力が弱くなってきた。流石に自覚したのだろう、「なんかおかしいな」と小さく呟いたのをエドガーは聞き逃さなかった。歩く速度を落として後ろを歩いていたに並び、前を歩くロックとマッシュを気にしながら、声を落として問いかける。
「どうしたんだい、具合でも悪いのか?」
「分からないけど、妙に眠いの。なんでだろう…」
「眠い?」
「別に夜更かししてた訳じゃないよ、むしろいつもより早く寝たくらいだし」
「ちょっと失礼。額に触るよ」
熱が出たのだろうか。頷いたの前髪を上げて、つるんとした額に自分の手を当ててみた。予想に反してひんやりしている。むしろエドガーの手の方が熱いくらいだ。
「ふむ…熱は無いようだが、具合が悪くなったら無理をせず、すぐ言いなさい」
「……」
「?」
屈んで、の顔を覗き込んだエドガーは、密かに驚いた。
普段のなら目が合うと、どうしたの?と問いかけるように見つめてくる。或いは彼女の仕草や行動に魅力を感じて口説こうと近づくと、弾かれたように目を逸らし、ついでに二人の間に一定の距離も保つ。反応を面白いと思いつつも、触れる事さえ出来ない日常に物足りなさを感じていたのに、彼女の黒い瞳は今、蜂蜜のようにとろんとしていて、見つめているとこちらまで蕩けそうな気分になった。唇は今にも甘い声が漏れそうに半開きになっている。頬は微かに赤くなっていて、まさに欲情をそそる顔と言って良かった。そしてその顔は今、エドガーに向けられている。
まるでこの瞬間にエドガーに恋をした。そんな表情だった。
調子が悪いのは心配な事だが、もう少しこの顔を眺めていたい。額に乗せたままの手を滑らせて頬に添えた。僅かに動いた唇が掠れて聞き取れるか取れないかの声で、エドガー、と呟いた。親指で柔らかそうな唇に触れると、硬直していた身体がぴくんと跳ねて「あっ…」と小さく声を上げる。自分の声の響きを恥じたのか頬が赤く染まり、瞳はそっと伏せられた。情事の最中、性感帯に触れた時のような反応だと思った。
年齢の割に幼い所のある少女だから、情事の際の反応も鈍いのだろうか、或いはからかった時のように愛らしく反応するのだろうかと下卑た想像をした事はあったのだが、どうやら後者だったらしい。唇に触れただけでこの有様だとは。
指を口の中に入れたらどうなるだろう。戸惑って震えるか、それとも従順に舐めてくるだろうか。
息がかかるくらい顔を近づけてみたらどうだ。後ろに逃げるか、目を閉じて、唇が重なるのを待つか。
エドガーは一歩前に踏み出し「どうしたんだい?」と心配そうな表情を作り、顔を近づけた。は急な接近に驚いてはいたが、逃げる様子は全くなかった。
このわずかな間に何があったのかは分からないが、非常にいい変化だ。
すっかりいい気分になってここが森の中だと言う事も忘れ、もう片方の手を彼女に伸ばしかけた、その時だった。
「そこまでだ!」
伸ばした手に触れたのは華奢な肩ではなく、厚い胸板だった。見上げるとむっとした顔のマッシュが立ちはだかっていて、背後からは「エドガー、いやエロガー、真面目に冒険しようぜ…」と、ロックらしからぬドスの利いた声がする。不機嫌なのは振り返らなくても分かった。
至福のひとときは乱暴な幕引きを迎え、我に返ったは慌ててエドガーから離れた。
二人によってエドガーは強制的に列の先頭にさせられたため、その後彼女がどんな表情をしているのか、見る事は無かった。
それからさらに時間が経ち日が傾き始め、一同が野宿の準備を始める頃には、誰の目にも明らかなほどにの顔色は悪くなっていた。それだけでなく不安そうな表情をして、瞳に涙をためてはまた堪えてを繰り返している。どうも具合が悪いだけではないように映った。強いて言えば悩んで途方に暮れて、それを一人で抱えているような。
一体何を我慢しているのだろう。エドガーには見当もつかない。
ロックは、エドガーほどではないが女性に優しい。マッシュは男女問わず親切だが、特にには優しい。そんな訳で一同は何とかしようと慌ただしく動き始めた。
「とにかく寝てろよ。食い物は俺とマッシュが探してくるから!」
「うん、ありがと」
我先に声を掛けたロックにが礼を言えば、マッシュも気を引こうと「の好きな果物、沢山取ってくるからな!丸くて赤いの!」と声を張り上げた。「丸くて赤い好きな果物、わりと沢山ある…」と呟きながら、は律義にマッシュにも笑顔を返す。二人は顔を見合わせて頷き、次いで後ろを振り返ってエドガーを見た。
「兄貴、留守は頼む。今はには何一つさせちゃいけないぞ!!」
「勿論。無理しないようにしっかり見張っているよ」
「あと二人きりだからって変な真似するなよ。例えば口説くとか」
「…マッシュ、私が具合の悪いレディにそんな事をする訳が無いだろう。テントを張ったり火を起こしたり、今からする事は沢山あるんだぞ?」
「まあ、そうだけどよ」
言い淀むマッシュを、ロックが援護した。
「ちゃんと念押ししておかないと、お前絶対を口説こうとするだろ」
「こんな状態のレディにそんな真似はしないさ」
「ふうん…あと、が動けないってのをいい事に必要以上に触るなよ。近付くなよ。匂いも嗅ぐなよ。出来れば話しかけるなよ」
「ロック、お前…」
私を何だと思っているんだ。
エドガーはロックを友人だと思っていたのに、ロックは違う捉え方でエドガーを見ているようだ。悲しくなりながらも溜息をついて頷くと、ロックは安心したようにマッシュと連れ立って森の奥へ消えて行った。
「……さて」
二人の姿が完全に見えなくなって振り返ると、立つのも辛いのか、が蹲って成り行きを見守っていた。にこりと笑い、「少しだけ待ってくれないか。すぐにテントを張るからね」と話し掛けると、すまなそうな顔でこくんと頷く。その後ロックに「出来れば話しかけるな」と言われた事を思い出し、テントを張りながら頭の中で反論した。不安な顔をした具合の悪い少女といるのに無言のまま作業するなんて、さらに不安を与えるような真似が俺に出来るか、と。
女性用の小さなテントは数分で張り終わった。
「待たせたね。もう休めるよ」
は「ありがとう」と青い顔で笑いかけ、立ち上がって歩こうとしてよろけた。すぐに華奢な肩を抱いて支えると、髪の毛からふわりといい香りが漂ってきて、ほんの少し幸せな気分になった。これは思わぬ役得ではないか。
その後エドガーは忙しく動いた。男性用のテントを張り、荷物をその中に運び、近くの川に走って水を汲み、また走って宿営地まで戻る。走って移動したのは一人を残す事になってしまうからだ。息を切らせながら探検のさなかに集めた小枝を一か所に集めて火を起こし、さっきの川の水を沸かし始めた。
さっきの事があるにもかかわらず、ロックとマッシュがエドガーとを宿営地に残したのは、エドガーに、食べられる野草や木の実の知識があまり無いからだ。大分覚えたつもりなのだが、それでもロックとマッシュの足元にも及ばない。
思えばこんな風にテントを張ったり火を起こしたりするのも、時間ばかりかけて失敗していたものだ。だが要領が分かってきて、徐々に短時間で野宿の準備を出来るようになった。おまけにここ最近は魔法で火を起こせるようになり、更に時間は短縮出来ている。あっという間にキャンプの準備を済ませた自分の手際の良さに満足し火の傍に腰を下ろそうとして、エドガーはまた腰を浮かせた。
「!?」
テントの中で、の声がした。
ただの声では無い。無理矢理押し殺した、泣き声だ。
何も話してくれないに、エドガーが困惑し焦れていたのは事実だ。彼女の不調の原因は、身体では無く心の中にある。このままではどれだけ休息を取っても、ロックやマッシュが気を使っても、エドガーが慰めても問題は解決しないし、そもそも本来の目的である探索など出来そうにない。意を決してテントの中に入ると、こちらに背を向けて震えていたが勢いよく振り向いた。慌てて拭ったのか顔には涙の痕こそ無かったが、真っ赤な目と濡れた袖で、泣いていた事は一目瞭然だった。
「、本当にどうしたんだい」
「な、何でも」
「何でもない訳が無いだろう!君の涙の原因は、具合が悪いからでは無く、悩んでいるからだ。違うか?」
近づいて肩を掴むと黒い瞳が困惑したように揺れて、自分が厳しい口調で問い詰めていたと気付いた。肩を掴んでいた手を離し、小さな手を包み込むように優しく握る。
「すまない、責めるような言い方をしてしまったね。私はただ、君の涙の理由を知りたいだけなんだ。出来れば解決したいと思っている」
「エドガー…」
「泣き顔も実に美しいが、心を蕩かすような君の笑顔にはとても敵わないよ」
そう言えばマッシュには『口説くなよ』と注意されていたのだった。近付いて、触って、匂いも嗅いだ上に口説いてと、注意を悉く無視してしまっている。彼女に笑顔が戻るのなら、そんなことはどうでもいいじゃないか。エドガーはまたも頭の中で反論した。
甘い口説き文句には笑わなかった。正確に言えば笑おうとして失敗した。歪んだ顔のまま涙を落とし、長い沈黙の後でようやく決意したのか、ぽつりと言葉を落とした。
「始まっちゃったの…」
「何がだい?」
「……が」
「え?」
声があまりにもか細くて聞き取れない。「……り」と再度繰り返されるも、やはり肝心の部分が聞き取れない。
「すまないが、もう少し大きな声で…」
「あれが、始まっちゃったの」
「あれ?」
「始まっちゃったの…生理が」
知ってはいたが、女性の口から初めて聞くその単語に、エドガーは言葉を失った。
その2へ
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