マッシュはなかなか寝付けなかったが、他の3人は久しぶりのベッド(ガウに至ってはおそらく生まれて初めてのベッド)でぐっすり眠り、晴々とした顔で朝を迎えた。
「さて、今日はどうするでござるか?」
「まずはアイテムと、武器や防具も良いのがあったら買い換えた方がいいな。あとはナルシェへの行き方を知ってる人を探そう」
「あー、……その事なんだけど……ナルシェのルート、昨日聞いて来たよ」
がおずおずと手を上げる。
「本当か!?いつの間に…で、ナルシェにはどうやって行くんだ?」
「うん……話せば長くなるんだけど」
何故か歯切れの悪いを訝しく思いながらも、マッシュとカイエンは話に耳を傾けた。
昨日が、服を買った時の事。
買い物が終わって店の外に出たが、外はまだ明るく、今からお風呂に入っても、ついでに服を洗ってもまだ時間に余裕はありそうだ。カイエンはまだ宿屋で休んでいるし、マッシュはガウと一緒でそんな余裕はないだろうから、ここは自分が頑張らなきゃ!と思い、近くの人たちにナルシェへの行き方を聞いてみる事にした。(ここでは「知らない人に話しかけるの、緊張した!」とほうっとため息をついた)
何人もの「ナルシェへ?知らないよ。すまないね」という返事が続いてすっかり気分が萎えたは、この人で聞いてみるのは最後にしよう!と決めて、伝書鳩屋の近くにいた年配の男性に話しかけた。
『ナルシェか…お嬢さん、まずは「蛇の道」と呼ばれる海の底を走る海流をご存知かな?』
『な、名前だけなら……』
答えると、男性はバッグから地図を取り出し、に見せた。
『ここが三日月山。ここが洞窟の入り口。この奥に川が流れており、その川を下って海に出る。蛇の道とは海に出て潜った底の、激しい海流の事じゃあれに乗れば港町ニケアまで行く事が出来るんだが…』
『ニケア……』
『どうかされたか?』
『いえ、何でもないです。でも、あの、そんなに長く海の底にいて、息は出来るんでしょうか』
『問題はそこじゃ。この村にあった、水中で息が出来るヘルメットが盗まれてしまったのだ』
「そのヘルメットが無いとニケアには行けないということでござるか?」
「うん…」
カイエンは黙り込んだ。マッシュは口をあんぐり開けている。言葉も出ないほどショックを受けているようだった。
「さすがにこれは予想してなかったな…じゃあ、どうすればいいんだ」
「諦めるのは、まだ早いかもよ」
落ち込むマッシュとため息をつくカイエンと何も気にせずパンを頬張っているガウを、が意味ありげに見回した。
「そのおじさんがヘルメットを盗んだ犯人を見たって言ったから、犯人の姿を描いて貰ったの。それがこれ」
伸び放題の長い髪。
ぼろぼろの短いズボン。
上半身に布のようなものを巻いている姿。
もしかしなくても、ガウだった。
「ガウ…に間違いないな」
「もしかして、ピカピカのお宝というのは…」
「ヘルメットのこと、かも知れんでござる……」
3人は顔を見合わせて、こくん、と力強く頷いた。視線はガウに集中し、それに気づいたガウが「ん?」とスープ皿から顔を上げた。
「ガウ、今日は少し買い物してから三日月山に行く。道案内を頼むぞ」
「わかった!」
ガウはスープで口を汚したまま、笑顔で叫んだ。
「ニケアか……はあ」
「、大丈夫か?」
「うん…ナルシェに行くためだから、しょうがないよ」
モブリズを出発し、獣が原を歩きながら、はため息をついた。マッシュが心配そうに声をかけてくる。
運命って皮肉だ、逃げ出したあの町にまた戻る羽目になるなんて。町に入るのはまだ我慢できる。フードで顔を隠して、ついでに剣もマントの中に隠せば、町の誰にも気付かれることなく船に乗れるかもしれない。町を出てから大分経ってるから、もうだれも自分の噂などしていないかもしれない。そもそも恥ずべき事をしたのは父の方なのだから、がこそこそする必要も、よく考えたらどこにもない。
それでも、知られたくない。父との出来事を、町中の噂になったあの事を。
もしそれでカイエンやガウ、それに兄のようなマッシュの目が変わってしまったら。
大事な仲間も、居場所も失ってしまう。
「、どうかしたか?元気ない」
ガウにまで心配されたが、どう説明していいか分からない。代わりにマッシュが手短に説明してくれた。の故郷だということ、父親との確執で町を出た事など。マッシュにも嘘をつかせている気がして、思わず俯いてしまった。
「ふーん…、だいじょうぶ!!マッシュが守ってくれる!!」
ガウがにやっと笑い、ポンポンとマッシュを叩く。叩かれた方のマッシュは、突然話を振られて目を白黒させた。
「え、お、俺!?」
「守らないのか!のこと、守りたくないのか!?」
「あ、まあ、…守りたいよ」
「ほら!だから、心配いらない!!」
「うん……」
どうしてマッシュ限定なんだろう、ガウ君もカイエンさんもいるじゃない?と思ったが、ガウは既に覚えたてのモンスターのものまねをしていて、カイエンはうんうん頷いているだけだし、マッシュは早歩きでどんどん進んで行くし、全く謎だらけだ。
首をかしげながら、は先頭を歩く大きな後ろ姿にお礼だけ言った。
「マッシュ、ありがとう」
マッシュは振り向かず、頭をかいた。耳が少しだけ赤く見えた。
三日月山の洞窟に入ると、後方にいたガウが駆け出して、洞窟内を探すそぶりを見せた。
何をしているのか分からないので、見ているしかない。
不思議な行動の意味に、真っ先に気付いたのはマッシュだった。
「ガウの言っていたピカピカがここにあるんだ!」
「ああ、なるほど!」
「おお!…で、ガウ殿、どこにあるのでござるか?」
ガウはしばらく辺りの匂いを嗅ぎまわった後、良い笑顔で叫んだ。
「ガウ、忘れた!」
「……」
「探してみるか?」
「仕方ないでござるな」
見つからなければ探すしかない。3人は手分けして、岩陰を覗き込んだり地面を掘ったりして、宝を探した。
「!こっち!こっちこい!」
「何だよガウ。何かあったのか?」
突然ガウが叫び出し、マッシュが向かう。もしかして宝が見つかったのか?と呟きながら崖を覗き込んだ。それがいけなかった。
「ガウ!!」
「うわっ!」
突然の大声に驚いたマッシュは何事かと後ろを振り向き、その拍子に腰から下げていた小さな袋が崖に落ちた。慌てて手を伸ばしても間に合う筈もなく、小袋は音もなく落ちてゆく。
「ごっ、500ギル入った俺の財布が!!ガウ、てめえ!!」
食ってかかるマッシュを見て、ガウは大笑いする。この二人はつくづく仲がいいのか悪いのか分からない。カイエンがすっと二人の間に割ってマッシュを宥め、何とか拳をおさめたマッシュはそれでも我慢できず「うがーーー!」と叫んでいた。ガウはそれもおかしいのかまだ笑っている。仕方なくはガウの手を取って、目を見て、口を開いた。
「ガウ君駄目だよ、こんなことしちゃ。お金がなくなったら干し肉も買えないし、宿屋のふかふかベッドで寝ることも出来ないんだよ」
「!」
「それにね、もしかしたらお金じゃなくて、マッシュが落ちてたかもしれないよ?」
「!!」
「そうなってたらどうするの?嫌でしょ、マッシュがいなくなったら」
「いやだ!!」
やっと事態の大変さを理解したガウは、マッシュに「おれ、わるいやつ」と言いながら頭をぺコンと下げた。二人のやり取りを目を丸くしていたマッシュは「まあ、分かってくれればいいんだ」と、あっさり笑顔になる。険悪な雰囲気を回避して、4人はまた宝を探し始めた。
「なんか姉弟みたいだったな」
「え、そうかなあ」
「うむ。姉のようでござった。殿はもしかして弟か妹がいるのでござるか?」
「ううん、一人っ子。でもガウ君を見てると弟がいたら楽しかっただろうな、って思う。遊び相手がいなかったから」
「なんで?ニケアに友だちとか居なかったのか?」
は、今度こそ迂闊な事をしゃべるまいと、考え考え口を開いた。
「…昔から人見知りが激しかったから、わたし。それに父が厳しい人で、外で他の子と遊ぶのも禁止されてて。だから小さい頃は友だちと遊んだ思い出が無いの。それで一人で海で遊んでた。飛び込みが得意になったのもそういうわけなの」
ふうん、と唸ったマッシュは、何かを思い出すように宙を見た。
「ああ、そう言えば俺も、子どもの頃は兄貴としか遊んだ覚えがないや」
「え、お兄さんいるの?」
「あれ、言ってなかったっけ?双子の兄がいるって」
聞いてない。は首を横に振った。自分は色々隠しているくせに、マッシュに兄がいた、という新事実に興味がわいた。しかも双子!双子と言う事はマッシュと同じ顔をしているという事だ。あるいは双子なのに似てないかもしれない。性格はどうなのだろう、同じように優しくて豪快なのか、それとも正反対の物静かで繊細な人なのか。気になる。物凄く気になる。好奇心を押さえられないは、思い切ってマッシュに尋ねた。
「どんな人?やっぱりマッシュとそっくりなの?それとも似てないの?いい人?」
「昔はよくそっくりだって言われてたけど、今は似てないなあ。それに間違いなくいい人だぞ!ちょっと悪い癖はあるけど」
「悪い癖ってどんな?博打が大好きとか?酒癖が悪いの?金遣いが荒かったりするのかな?」
「二人ともー!ガウ殿がピカピカを見つけたでござるぞー!!」
「おっ!今行く!」
マッシュが駆け出したので、もマッシュの兄への興味を抱えたまま後に続いた。ピカピカが好きなロックに、マッシュに似ていない、そして何か悪い癖を持つ双子の兄がいるナルシェ。どんな人たちなのか想像して楽しくなって、いやいやみんなナルシェではきっと真面目に戦ったり作戦とか練ったりしてるんだ、と思いなおし、一人浮かれた事を地味に反省した。反省しながらカイエンの元に着くと彼の足もとに丸くて大きな、見た事もない丸い玉が転がっている。その横でガウが「たから!たから!」と叫んでいた。これがヘルメットだろうか。
「単なるガラス玉ですのう」
マッシュがガラス玉を抱えてかぶり、首元のひもを少し引っ張って、使い心地を確かめた。
「頭がすっぽり入るぜ。それに首元。ゴムで締まるように出来てる、苦しくない程度に締めてもかなり気密性が高い……はっはーん。これ使えるかな?」
「?」
「これを被れば水中でも息が出来るかな…って?ガウ、ピカピカはこれだけか?他にはないか?」
「ある!あと3つ、ある!!」
「ちょうど人数分か!がっはっは!やるなガウ!」
マッシュの言いたい事が分かった3人は、目を輝かせて同じ場所をさらに深く掘った。そしてすぐに同じものを3つ見つけ出し、ドキドキしながら被り始めた。
「じゃあ、行くぜ!」
すぐ近くで水の流れる音が聞こえる。素直に音の聞こえる方に行くと洞窟を抜けて崖に出た。すぐ下は川だ。
「激しい流れでござるな…」
「確かに…」
「しかし、蛇の道を使わねば兄貴たちと合流できないし…」
似たようなやり取りがバレンの滝であったなあ、と思いながらは準備運動を始めた。それを見ていたマッシュとカイエンも同じ事を思い出し、腹を決めたのか、「よしっ」と気合を入れている。ガウがこわごわ崖の下を覗き込んで、あまりの流れの速さに驚いて後ずさりをした。3人で顔を見合わせてちょっと笑った。
「わたし、ガウ君と一緒に飛び込もうか」
「そうだな。じゃあガウ、俺とカイエンが先に飛び込むから、ちゃんとついてこいよ。それっ!!」
「ガウ……」
二人が飛びこむのを見たガウは、少し震えている。はガウを抱きかかえるようにして、励ました。
「ガウ君、大丈夫だよ。わたしにしっかりつかまっててね」
「が…う」
ガウが腰にしっかり手を回したのを確認すると、は、勢いよく飛び込んだ。
「ねえ。蛇の道って、楽しいね」
「そうか?俺は陸地が恋しいよ。ガウを見てみろ。すっかり怯えて」
言われてみればガウは、飛び込んでからずっとマッシュにしがみ付いている。海を見るのも初めてなのだろう。滝にも怯えてたから、もしかしたら水に入ること自体、慣れていないのかもしれない。
「勿体無いなあ。海の底ってこんなに綺麗なんだから、もっと楽しんだらいいのに」
「はは、は変わってんな」
「そうかな?」
海の底だというのにこんな所にもモンスターは住んでいて、戦いながら進んでいるので、確かに道中は楽ではないのだが。
普段見る事のない海底の景色や、珍しい魚、休憩で立ち寄った洞窟の様子、それに出てくるモンスターだってかなり新鮮だ。だって下手をしたら一生見る事のない景色なのだ。そう思うとどうしてもわくわくして、目に焼きつけようと思ってしまう。
「こんなに色々な物が見られて、わたし、やっぱり旅に出て良かったよ」
が言うと、マッシュはそうかそうかと笑い、カイエンは目を細めながら、頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
「ではしっかり見ておくでござるよ。この海図によると、陸地はもうすぐでござるから」
カイエンの言葉が終わるか終わらないかのうちに、海流が急に流れを変えた。底から水面に押し出すように強い力で上へと4人を押し上げる。モブリズの男性が流れに逆らわずに行けばニケアに着く、と言っていたのを思い出し、上昇する海流に身を任せると、ほんの数分で水面から顔を出す事が出来た。
ヘルメット越しに見る青空の眩しさに目を細めたは、海上を見回して、この景色に見覚えがある事に気付いた。
子どもの頃、潜って貝や珊瑚など、綺麗な物を見つけては取って遊んでいた海の景色。
遠くに、よく飛び込んで遊んでいた、低い崖が見える。
くるりと向きを変えると、忘れた事もない景色が広がっていた。沢山の船が止まっている大きな港、赤い屋根に白い壁を基調とした大小の建物。そしてその奥の小高い丘に、町並みを見下ろすかのように建っている、とても立派な、でも山の影になって、どこか陰気な感じのする建物。
生まれた場所、母と過ごした場所、父から逃げ出した場所。
「あれがニケアか?」
遅れて次々に水面に顔を出した3人が、を見ている。
は小さく頷くと先頭に立って泳ぎだした。町から少し離れた所に人のあまり来ない砂浜があった筈だ。まずはそこで服を乾かし、出来るだけ時間を短縮してニケアを出発する方法を考えないといけなかった。
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