ガウの言う「ピカピカの宝」が気になる3人だったが、日も暮れつつある上にの干し肉以外、回復アイテムが無い。今から洞窟に入るのは危険だ。
「まずはガウ殿の説明にあったモブリズと言う村、そこでアイテムや装備を揃えるのはどうでござろう。住人からナルシェへの道を聞けるかもしれん」
カイエンが提案した。いち早く目を輝かせたのはだ。
「てことは宿屋に泊まるの!?」
「ん?まあ、そうなるでござるな」
「賛成!もうわたしね、ずっとお風呂入りたかったの!あと服も結構汚れてきたから洗いたいし、ふっかふかのベッドでも寝たいの!」
高揚した気分が移ったのか、宿屋など泊まったこともないはずのガウも一緒になって「おれも!宿屋、行きたい!ベッド、寝てみたい!ふかふか、ふっかふか!」と騒ぎ出す。そんなに宿屋に泊まりたかったのかとを見ていると、はしゃいでいた後姿がくるりとマッシュの方を向いた。目をきらきらさせて、両手を胸の前に組んで、真っ直ぐに見詰めてくる。
「ね、マッシュ、今日は宿屋に泊まろう?」
ずるい、と思った。そんな風に可愛く頼まれては、とても却下する気になれない。
「まあ、野宿続きだったし、少しゆっくりしたいし、今日はモブリズに泊まるか」
は大喜びして、ガウと手を取り合ってくるくる回りだした。
思わず頬が緩む。は最近よく笑うようになったし、こんな風に自己主張してくれるようになった。カイエンやガウともすっかり打ち解けて、出会った頃のような張りつめた不安そうな顔は殆ど見なくなった。カイエンと顔を見合わせると、どうやら同じ事を考えていたようで、二人で笑顔になった。
「ここがモブリズか…あれが宿屋か?田舎にしては随分でかいな」
「この辺は町や村が少ないので、訪れる旅人が多いと聞いた事があるでござる。部屋が空いていればいいが…」
カイエンの心配は杞憂に終わり、空き部屋が無いか宿屋の主人にマッシュが尋ねると、この時期は旅人が少ないからとすんなり部屋に通された。それも男性3人で一部屋、で一部屋という贅沢な使い方だ。
一人で広々と部屋を使って申し訳ないとは言ったが、かと言って一緒に寝るわけにもいかない。それにマッシュと二人で旅をしていた時からテントは別々だったし、仲間が増えてからもだけ別のテントだったから気にするなと言うと、元気に頷いたはすぐに隣の部屋にかけ込んだ。
男性陣が自分たちの部屋に入って荷物を置いた後、これからどうするかが聞きに来て、話し合いの結果、干し肉の店に行きたいガウとその見張り役もしつつモブリズの村を見て回りたいマッシュ、部屋で寛ぎたいカイエンとに別れた。
「じゃ、いってくる!ござる!ついてこい!」
「だーかーらー、……はあ、もう……夕飯までには帰ってくるからな」
「うん、行ってらっしゃい」
大きなため息をついたマッシュを見送った後、がいそいそと宿屋に戻っていく。
もう風呂に入るのかなと一瞬だけ想像し、慌てて頭を振ってそれを打ち消した。
「ござる!これ、なんだ?」
「ござるじゃねえよ!それはダッシューズって言ってだな…こら!勝手に履くな!」
マッシュも疲れていた。ずっと戦い続けていたので、本当は宿に着いたらすぐひと眠りしたかった。
「ござる!これ、欲しい!!」
「これはお前が装備出来ない武器だから、ダメだ!!あとござるじゃない!」
疲れていたが、色んな事が一度に起こって疲れ果てているカイエンと、戦い、滝に飛び込み、また戦うという男性でも過酷な状況を乗り越えてきたに無理はさせたくなくて、自分もモブリズを回りたいからと言って野性児のお守りをかって出たのだった。
だが。
「ござる!これ!これ!おれも持ってる!」
「ああ、ポーションか。確かに持ってたな…俺はござるじゃないぞ…」
ガウは見るものすべてが珍しいのか、店全てを覗き込んで、色んな品物についてあれこれ尋ねてくる。最初は丁寧に教えていたマッシュだったが、好奇心のあまり商品を手にとっては使ってみようとするガウをいちいち止めるのは面倒で大変な作業だった。何しろ野性児なので暴れるし、結構腕力もあるのだ。カイエンならともかく、にガウを止めるのは無理だろう。
「……やっぱり、俺が来てよかったかも」
「ござるう!ほしにくの店、こっちだ!遅いぞ!」
ぼんやりしていると遠くから呼ばれた。匂いで干し肉がある店を嗅ぎつけて駆け出したのだろう。小走りで追いついたマッシュを見上げたガウは弾けそうな笑顔を浮かべた。
「ござる!おれ、楽しい!だれかと一緒にいるの、初めて!出かけるのも初めてだ!」
一瞬、言葉を失った。
ああそうか。
色々品物の事を聞くのも、色々触って困らせるのも、駆け出してから後ろを振り返るのも、一人じゃ出来ないから。
嬉しくって楽しくってたまらないから、はしゃいでるんだな。
「そうか、楽しいか!そりゃ良かった!」
「うん!」
多少疲れるが、後で宿屋でゆっくり休めるのだからまあいいか。今日はとことんこいつに付き合ってやろう。マッシュはそう思い直して、ガウの横に並んだ。
「じゃあ干し肉の店に行くとするか!あと、俺はござるじゃないからな!」
大量に干し肉を買い、広場でそれを少し食べた後、宿屋に戻る事にした。色んな所を見たり触ったり広場で走りまわったりして、流石にガウも疲れたようだ。マッシュはその倍以上疲れていたが。二人してゆっくり歩いて帰っていたら、宿屋に着いたころにはかなり薄暗くなっていた。
「ござる、おれ、腹減った」
「ああ、俺もだよ。ただし俺はござるじゃない」
もう何度目になるか分からない訂正をしながら、部屋に帰るのも面倒で、そのまま宿の食堂に向かう。二人とももう来ているかもしれない。入ると既にカイエンが座っていて、二人に気付き片手を上げた。駆け出そうとするガウの首根っこを掴み椅子に座ると、既に料理が揃っている。食べ物を前にすると急に腹が減ってきた。早速食べたいが、がまだ来ていない。
「はまだ部屋にいるのか?」
「いや、飲み物を取りに行ったのでござるが…少し遅いでござる」
「お待たせカイエンさん。あ、マッシュにガウ君。お帰りなさい」
カイエンの声と重なるように後ろから声がしたので振り返った。そして目を見張った。
「ごめん、遅くなっちゃった。カイエンさんが清酒で、ガウ君はわたしと同じオレンジジュースにしたよ。マッシュはビールで良かった?」
「あ…うん……」
「どうしたのマッシュ。他の飲み物が良かったのなら、また持ってくるけど」
「その、あの、見慣れない服を着てるから、ちょっと驚いちまって」
「これ?近くのお店で買ったの。お風呂に入るついでに旅用の服も一緒に洗おうと思ったら全部汚れてて、お風呂あがりに着る服が無くって。勝手な事してごめん。ダメだった?」
「いや、いいんだ。全く問題ない」
ダメなもんか!と心の中でだけ叫んだ。これはガウのお守りを頑張ったご褒美だ、と感動もした。
まだ乾いていない黒い髪が、いつもより艶を増していた。汗と泥で汚れていた顔や腕は本来の色を取り戻していて、真珠のように白く輝いている。風呂から上がってそう経っていないのか、頬や唇は珊瑚のように可憐なピンク色に上気していて色気さえ感じた。柔らかそうな素材の濃い青のワンピースが肌の白さを一層引きたてていて、とっさに言葉が出ないくらいに綺麗だった。
マッシュがカイエンの前に座り、ガウはカイエンの横に座っていたので、は空いていたマッシュの隣に座った。ふわりと漂ってきた石鹸のいい匂いに、胸が痛いくらい鼓動を早める。もっとをじっくり見たいけれど、見続けていたらどうにかなってしまいそうだ。
ふと向かいに座っているカイエンと目が合った。実はお茶目なこの侍はにやっと笑って「どうかされたか。顔が赤いでござるぞ」などと聞いてくる。絶対分かっていて聞いている。いつかこのおっさんに仕返ししてやろうと密かに決意して、皆で乾杯し、食事を始めた。
この時期は旅人が少ないと宿屋の主人はぼやいていたが、食堂は結構混雑している。カイエンにそう言うと、近くの住人たちも食事だけを食べに来るのだと教えてくれた。確かに味も量も言う事なしで、テーブルの皿は次々空になっていった。
「ああ、食った食った」
「ほんと、こんなに食べたのって久しぶりかも。お腹いっぱいで、交替で火の番もしなくていいし、今日はぐっすり眠れるよ」
「はは、確かにな!ゆっくり休んで明日に備えないと」
「どうぞ。デザートです」
話の途中で若いウェイターの男がマッシュを押しのけるように割り込んできた。盆の上には女性の好きそうなイチゴのムースが、それも一人分だけ載っている。明らかにこのテーブルの人数と合わない。
「あの、それ、わたし、頼んでないです。別のテーブルの方の注文分じゃないんでしょうか」
勇気を振り絞って訴えるに、ウェイターの男は「ああ、いいんですよ、サービスですから」と笑顔で答え、皿をテーブルの上に置いた。どうも嫌だ。この男のを見る目が、だ。
「サービスなんですか。でもわたしたち四人なんですけど…これ一人分ですよね」
「それは女性だけへのサービスです。どうぞ、食べてください」
「そ、そうなんですか…じゃあ…頂きます……」
内気なりに気を遣ったのかぎこちなく笑うに、ウェイターは蕩けるような笑顔を見せて去った。観察してみると、その男は持ち場に戻った後もをうっとりと眺めている。男とマッシュの目が合うと、明らかに敵意を持って睨んできた。
「っ…!あの野郎!」
いやらしい目で見やがって!!
「!?急にどしたのマッシュ?」
「マッシュ殿、暴力はいかん!大丈夫、ずっと拙者がおったから殿は無事でござるよ」
「カイエンさんも急に何のこと!?」
「無事でござる!無事でござる!」
「ガウ君もこのタイミングで真似するのやめて!とりあえず皆、一旦深呼吸しよう!!」
食堂でのひと騒動の後。
もう眠いというガウとを部屋に残し、マッシュとカイエンはまた食堂に来ていた。夕食時に隣のテーブルに座ったグループが、この食堂が夜更けになるとバーになると話していたのを小耳にはさみ、ちょっと覗いてみようという話になったのだ。
バーとしての雰囲気はいいが、田舎だからか酒の種類は少ない。カイエンは結局夕食の時と同じ清酒を、マッシュはジンをストレートで頼んだ。二人の酒はすぐ運ばれてきて、軽く乾杯したあと、一口だけ飲んでグラスを置いた。
「しかしマッシュ殿は心配性でござるなあ」
「何がだよ。いや、聞かなくてもわかるけど」
もう一度お風呂に入ってから寝る、と言うに対してあれだけ説教したのは自分でもどうかと思う。さっきのやり取りを思い出して頭を抱えた。
『風呂!?さっき入ったのに?』
『うん。さっきは旅で汚れた服を洗うのも兼ねたお風呂だったし、今度はゆっくり入りたいなって』
『窓から覗かれたらどうする?風呂に入っている間に部屋に誰か入ってきたらどうすんだ?危険だぞ』
『部屋は2階だよ?それに、いくらわたしがうっかりしてるからって言っても、ドアに鍵くらいかけるよ』
『ドアごと壊されたら鍵なんて役に立たないぞ!それに覗き魔が忍者だった場合を考えろ、2階の覗きなんか奴らは朝飯前だ!』
『マッシュ、疲れてる?最初から最後まで、言ってる事全部おかしいよ?』
言い合っている声を聞いて廊下に出てきたカイエンに宥められ、マッシュは食堂のバーに連れられたのだった。
「まあ、確かにちょっと行きすぎだったけど…でもさっきのウェイターの男、見ただろ?を変な目で見やがって。それに、」
「拙者達の隣に座った男達も殿を見ておったでござる。仕方あるまい。殿はとても綺麗な女子でござるから」
「…はあ」
食堂でを見ていた視線の多さにため息が出る。住人たちは見慣れない美少女に興味津々だったし、数少ない泊まり客は男が多いから、女性と言うだけで目を引いた。一方のはウェイターの一件で大騒ぎした一同を宥めた後、サービスで貰った例のデザートをちびちび味わい、幸せそうに笑っていた。
「あれだけ美しければ、故郷でも言いよる男は多かったでござろう」
「うーん、故郷の事は本人も話したがらないし、分からない。大体出身地も滝に飛び込む前に初めて聞いたくらいだから」
マッシュはぐいとジンを飲みほした。
「確か殿は父親との不仲で家を出たのでござったな」
「ああ。正直ニケア出身だとは思わなかった。港町の人間って感じじゃないだろ」
「うむ。ニケアには裕福な商人も多いから、もしかしたらそういう家の令嬢かも知れんでござる」
例えばサウスフィガロでは船乗りも、港で働く女たちも、海で遊ぶ子供たちも、大体港町の人間はこんがり日焼けしている。それに陽気でおおらかで、少々荒っぽい性格の者が多い。対するは大人しく色白で、所作が丁寧だ。黒い髪もきちんと肩の上で切りそろえられていて、裕福な家の子だろうなという事は察しがついた。教えてはくれなかったが。
何で教えてくれないんだろう。マッシュは近くにいたウエイターに新しい酒を注文した。
教えてくれなかった事を数え上げるときりがない。出身地もそう、父との不仲の原因もそう、そもそも最初は本当の事を話してもくれなかった。一緒に旅をするとは思っていなかっただろうから、最初に話さなかったのは別にそれでもいい。ただ二人だけで旅をしている時も、詳しい事情を打ち明けてくれる事は無かった。初めて出身地を知った時も、それ以上の詮索をさせないよう、さり気なく話を切り替えられた気がする。大分打ち解けてくれたと思ったが、まだ警戒されているのか、どうしても話せない事なのか。
「マッシュ殿。誰にでも秘密の一つや二つはあるもの。いらぬ詮索は禁物でござる」
「そうだけどさ。それでも知りたいんだ」
「殿が過去を話す気持ちになったら、その時に優しく受け止めてあげればよかろう」
「うーん。だけど」
「惚れておるのでござるなあ」
「まあ、な………!!」
思わず椅子から立ち上がって横を見た。視線を受けたカイエンは素知らぬ顔で清酒を飲みほす。
「やっと白状したでござる」
「いや、俺はだな!あくまでを仲間としてだな!!」
カイエンはにやっと笑った。
「認めたら楽になるでござるよ。では、拙者は先に休むとするか」
去り際にポンと肩を叩かれて、そんなに強い力で叩かれた訳でもないのに、がくんと落ちるように椅子に座った。
「……こんな事になりそうな予感は、してたんだよな」
初めて川辺で出会って、綺麗だなと思った時から。
元々好みのど真ん中なのだ、大人しくて守ってあげたくなるような、のような女の子は。
それでも修行が長かったから、恋なんて感情は芽生えもせず、例え芽生えたとしても押さえられると思っていた。それなのに。
剣を持たせれば軽やかに舞い、男顔負けの活躍をする意外な強さに、横っ面を叩かれたような衝撃を受けて。
かなり内気で、でも慣れると懐いてきて、そうなるとちょっと間抜けで我儘な素の部分が所が面白くて可愛かった。
不安そうな顔が何かの拍子に笑うと、そこだけ光がさしたように明るくなるのが嬉しかった。
もっと色んな事が知りたくて、が時折漏らす自分の事を、少しも聞き逃すまいとして。
気がつけば、想いはいつの間にか生まれ、押さえようとしても押さえきれない程に大きくなっていた。
こうなったら、認めるしかない。
「ああ、好きだ」
だから、知りたいのだ。
彼女がそれとなく、でも必死に隠そうとしている秘密を。
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