歩く道すがら、3人は、ドマの様子を聞いた。


 最初の犠牲者は、城を守っていた兵士だった。
 苦しみながらもがく彼らを、事態を理解できないカイエンは見ていることしかできず、そうしているうちに次々と死んでいった。
 混乱しながらも周りを見回して、ようやく堀の水の色が変色している事に気付く。毒を流されたのでは、と推測したのと同時に脳裏に浮かんだのはドマ王の事だった。
 気付いた時には既に遅かった。ドマ王は苦しみながらも感謝を述べてあっけなく去り、王の眼から光が消えた後も、その躯を抱きかかえたまま呆然としていたカイエンは、追いついて来た兵士に家族の元に行くよう促され、一縷の望みを抱きながら妻と子の元へ走った。走っている途中で足がもつれて何度も何度も転んだ。痛みを感じる間も惜しくて、狂ったように家族の待つ場所に向かった。
 「ミナ!シュン!!」
 部屋のドアを乱暴に開けると、椅子に腰かけている、見慣れた後姿を見つけた。
 息子が大きくなってからというもの、妻は椅子に座っていつも繕いものをしていた。『遊ぶ時にどこかで引っかけてしまうのね。すぐ破けてしまって繕うのが追いつかないんだから』とこぼす顔に、微かに息子の成長を喜ぶ笑みが浮かんでいたのは今朝の事だ。それなのに今、回りこんで真正面から見た妻の顔に浮かんでいたのは、苦悶の表情だけだった。
 抱きしめようとした妻の傍らに、小さな躯を見つけた。
 やんちゃだった一人息子。笑い、泣き、怒り、くるくる変わるその顔は、最期は驚いたままだった。何があったのか、何で苦しいのか、きっと何一つ分からないまま死んでいた。今日は仕事が終わったら剣の稽古をつける約束だった。指きりをした後で「必ず今日は早く帰るから」と言うと、きゃっきゃと喜んでいた。なかなか果たせずにいた約束は、ついに果たすことが出来なかった。
 たった僅かな間に、尊敬する主も守る国も、愛する家族も失った。
 背後に控えていた兵士に、生き残りを探すことと、生き残りが見つかったら水を飲むなと伝える事を頼み、城を出た。
 毒を流した犯人に、皆と同じ苦しみを味わわせるために。


 「すまない……あの時俺たちが、ケフカを捕まえていれば」
 落ち着きを取り戻し、それでもまだ腫れた目のまま、カイエンは笑った。
 「お主らが謝る必要はござらんよ。ドマのために戦ってくれたのでござるからな。ところでマッシュ殿、そろそろこちらの二人を紹介してくださらんか」
 「あれ?まだ言ってなかったっけ。こっちの小さいのが、こっちの黒いのがシャドウ、この犬がインターセプターだ」
 「殿にシャドウ殿か。先ほどは助太刀感謝いたす」
 生真面目に頭を下げる年上の男性に「いえ、そんな大したことは」とあたふたするに、小さく頷くシャドウ。マッシュは一同のやり取りを笑って見ながら、聞いてみた。
 「カイエン、よかったらリターナーに来て戦ってくれないか?帝国がドマに対してやった事を伝えてほしい。そしてナルシェで一緒に戦ってほしいんだ」
 「リターナーでござるか」
 カイエンは考え込むように目を閉じ、また開いた。
 「元より国も主君も失って、行く所はござらん。拙者でよければ喜んで助太刀いたす」
 三人の旅が、四人の旅になった。


 迷いの森は、昼間でも薄暗い気味の悪い所だ。
 出てくる敵も気味が悪いゴーストのようなものばかりで、走りまわってようやくひらけた所に出た、と思ったら、驚いた事にそこは駅のプラットホームになっていた。おまけに古い列車が止まっている。
 「プラットホームに列車!?未だに戦火に巻き込まれてないドマ鉄道が残っていたとは…」
 驚き汽車をまじまじと見た後、カイエンが呟いた。かつてはこの鉄道が、ドマ中を走っていたそうでござる、と。
 同じ話を幼いころ、マッシュは父に聞いた事があった。列車が動く仕組みを矢継ぎ早に尋ねる兄の横で、ぼんやりと大地のあちこちに敷かれたレールとその上を走る鉄の塊を想像し、本物を見てみたいと思っていた。それがまさかこんな形でかなうとは。
 目の前の汽車は随分古いが、一見した限りでは壊れているわけでもなく、窓も割れてもいない。どうやら廃車ではなさそうだ。
 「生き残りがいるかもしれない。調べてみよう」
 「…そうは思えないが」
 静かなシャドウの言葉にカイエンは寂しそうに笑い、は目を伏せた。二人とも同じ事を考えているのだろう。それでも希望を捨てずにはいられないマッシュの気持ちを察したのか、3人は手分けして入れそうな場所を探した。
 「おっ!ここから中に入れそうだ」
 列車の、開いている入口を最初に見つけたのはマッシュだった。中を興味津々で覗き込んでいると、背後でカイエンが慌てている。に何か耳打ちし、それにが小さな悲鳴を上げ、二人して慌てだした。
 「何だよ二人とも。どうした?早く中に入るぞ」
 「マッシュ殿!」
 「このまま外をうろついてるだけじゃダメだ。中を調べてみなきゃ」
 「マッシュ殿!」
 「心配するなって」
 カイエンは繊細で、怖がりで、心配性。厳めしい見た目をした仲間の意外な内面に、おかしくなりながら列車に乗り込んだ。
 「なんだ、ここは?」
 入った車内は古ぼけた外見からは想像できないほど、内装も座席も洒落ていた。ただ妙に寒い。それに肝心の乗客が一人もいない。
 「出るでござる!これは魔列車ですぞ!!」
 カイエンの叫び声にかぶさるように、ドアの閉まる音が響く。閉じ込められたと気付いた瞬間入口近くにいたが叫んでドアを叩き、シャドウがドアや窓が開かないかと色々試してみたが、どちらも無駄な努力に終わった。
 「遅かったでござるか」
 「この列車は?」
 「これは魔列車…死んだ人の魂を、霊界へと送り届ける列車でござる」
 そんなものがあるのか、と感心しかけて、待てよ、と首をひねった。
 「…待てよ。って事は、俺たちも霊界とやらに案内されちまうってことか?」
 「このまま乗り続ければ、そういう事になるでござる」
 「そんなのごめんだぜ!降りられないとなれば、列車を止めるしかないだろう。とりあえず最前両の機関車へ!」
 マッシュの言葉にシャドウが反応した。
 「最前両に何かあるのか?」
 「昔親父に聞いた事があるんだ、機関車の一番前に運転する場所があるって。だからそこに行けば、列車を止められるかもしれない」
 「マッシュ凄い。列車の事よく知ってるんだね」
 「いや…まあ…知ってるって程じゃ…」
が目をきらきらさせて見上げてくるので、照れてしまった。カイエンは「ほほう…ふむふむ、そういう事でござるか」と言いながらニヤニヤしている。シャドウは何も言わず二人を見ている。重かった空気が急にふわふわしたものになって、耐えられなくなったマッシュは最前両に向かって走り出した。
 「あっ!待ってよマッシュ!」
 「置いて行かないで下されー!」
 「……」


 出てくるゴーストを倒しながら、車両の中を駆け足で移動していると、開かないドアに遭遇した。
 「なんだ、行き止まりか?」
 「どうするでござるか」
 「一度、出てみるか」
 ドアが開かないと前には進めないが、開かない事にはどうしようもない。列車の中はゴーストがいて薄気味悪いとが言うので、列車の外から前に進めそうな場所を探す事になり、外に出るドアに向かった。だが、それがいけなかった。
 「マジかよ…」
 ゴーストがドアを塞いでいる。目があった(と思った)瞬間、ゴーストが飛びかかってきた。


 「ハァハァ…なんだったんだ、いったい」
 列車の外で息を整えていると。
 ……
 「ん?」
 …に・が・さ・ん……
 「なんだ、この声は?こっちから聞こえてくるぞ」
 ひょい、と声のする方を見て目を疑った。ゴーストがたくさんいる。慌てて逃げようとしてまた驚いた。反対側からもゴーストが出てきて一同を取り囲んでくる。慌てて近くにあった梯子に上った。ここなら大丈夫だろうと思ったら、ゴーストたちも梯子を上ってマッシュたちを追いかけてきた。
 「しつこいやつらめ!」
 「!行き止まりでござる!」
 「………よし!」
 「何か良い考えでも?」
 「おうよ!今こそ修行の成果を見せる時!こい、カイエン、、シャドウ!!」
 このままだと皆あの世行きだ。腹を決めて、皆を両腕に抱きかかえるようにして後方から助走をつけて走り、
 「うおおおおお!」
 ジャンプした。列車と列車の間を。
 「マッシュ殿!やるでござるな!!」
 「……」
 「マッシュすごーい!!でも落とさないでね!お願いだから!ほんとに!!」
 「大丈夫だって!心配すんなよ…っ?」
 二両目を飛び越して三両目に着地しようとした途端、屋根が崩れた。当然全員落ちた。
 「…すまん皆!大丈夫か?怪我はないか?」
 「拙者はなんとか大丈夫でござる」
 「わたしも無事…シャドウさんが受け止めてくれたから。ごめんねシャドウさん、怪我ないですか?」
 「大丈夫だ」
 とりあえず皆無事らしい。ほっとして…ぎょっとした。
 …に・が・さ・ん…
 ゴーストが追いかけてきている。
 「飛んできたのか…?しつこいやつらめ!」
 「後ろの車両を切り離さなくては。この車両にレバーかボタンか…まあ何か、切り離す装置があるかもしれん」
 カイエンが提案し、まだ腰をさすっている彼の代わりにが恐る恐る三両目の車両を覗き込み、叫んだ。「もしかしてあの黄色いレバーじゃない?」
 中に入ると、の言った通り、目立った所に黄色いレバーがある。急いでそれを上げて外に出ると、ちょうど切り離された車両が線路に置き去りにされていく所だった。どうやら彼らは列車の中や外の通路でしか自由に動けないらしい。とりあえず危機は去った。
 「これならもう追ってこられないな」
 「全く…肝が冷えたでござるよ」
 一時はどうなるかと思ったが、その後は驚くほど順調だった。そればかりかレストランのような車両で美味しい料理まで出されてしまい、食べながら休憩も取れて、至れり尽くせりだ。何だかんだで誰よりも料理を堪能したのは、最初に一番怖がっていたカイエンだった。
すっかり体力も回復した一同は、とうとう最前両までたどり着いた。誰に向けて書かれたものなのか、運転室内の壁に列車の止め方が書かれた貼紙をシャドウが見つけ、その通りにが圧力弁を下げ、マッシュとカイエンが煙突横の停止スイッチを押す。後は止まるのを待つばかりだ。
 「………」
 「……止まらんでござる」
 「……止まらないね」
 「止まらないな。ていうか、むしろ…」
 列車は一向に止まる気配がないどころか勢いを増している。もしかして無駄な努力だったのか、それとも手順を間違えたのか。不安がよぎリ始めた時、地を這うような低い声が辺りに響いた。
 『私の走行の邪魔をするのはお前達か!』
 列車が激しく揺れて、4人は列車の前に転がり落ちてしまった。大急ぎで立ち上がると、列車の車輪がすぐ後ろに迫っている。
 「ヤバいぞ!追いつかれたらあの車輪に…」
 その先は流石に恐ろしくて言えない。言わない代わり追いつかれないように線路の上を走る。だが魔列車はどうしても一人残らずあの世に送りたいらしい。車輪を投げ酸性雨を降らせてのなりふり構わない攻撃に力尽きそうになりながら、4人も必死に反撃した。
 どれくらい戦っていただろうか。あっという間の出来事だった気もするし、夜通し戦っていたような気もする。
 止めを刺したのはマッシュだった。しかも偶然の勝利だった。
 走りながらの戦いでいつもの倍苦戦を強いられた一同は、徐々に攻撃に切れが無くなり防御も疎かになっていった。なかなか倒せず急にやけになって、持っていた聖水をこれでも食らえ、とばかりに投げつけたのだ。それが効くとは思わなかったが。
 清らかに光る聖なる水をまともに浴び、魔列車の攻撃が、急に止んだ。やがて追ってくる速度も徐々に落ち始めた。
 『お前達はおろしてやろう……だがその前に、やらねばならぬことがある…』
 さっきの声が響いたかと思うと、列車が汽笛を上げて止まった。
 それが魔列車の降参の合図だと気付いた4人は、走り続けてがくがくになった足を何とか動かし、また列車に乗りこんだのだった。


 「ついたようでござる」
 「やーれ、やれ。やっと降りられたぜ」
 列車が完全に停止し、少し遅れてドアが開いたので勢いよく飛び降りた。まだ揺られているような変な感覚が残って足元をふらつかせながらも「こんな列車とは早いとこオサラバしようぜ」と言うと、皆が頷く。走りながらの戦いで余計に体力を使ってしまい、一同は疲れきっていた。
 また変な事に巻き込まれないように、足早にプラットホームから去ろうとした時、ふ、とカイエンの足が止まった。
 「どうしたカイエン?」
 「あれは……!?ミナ!シュン!!」
 カイエンの視線の先には、さっきまでは居なかった、列車に乗り込むために列を作っている人々がいて。
 つまりは、死者の行列があった。
 行列から視線を逸らせずにいると、汽笛が鳴った。同時に勢いよく突き飛ばされて、マッシュ達は線路に転げ落ちた。
 「痛ぇ……」
 「ミナ!シュン!!」
 きっとホームを走って列車を追いかけるカイエンは、皆を突き飛ばした事にすら気付いていない。
 今彼の目に映っているのは、魔列車の窓から姿を見せた、愛しい妻と息子だけなのだから。
 「待ってくれ!待ってくれ!拙者も…!」
 どうか二人と一緒に連れて行ってくれ、一人残されるのは辛いのだ、と。
 カイエンの悲痛な願いは、列車の走る音にかき消されて、その代わりに、美しい女性の声と甲高い子どもの声が、あたりに優しく響いた。
 『あなた……幸せだったわ。ありがとう………』
 『パパ!ぼく、頑張って剣の稽古をしてママを守るよ!!』
 「……ミナ……シュン…」


 列車の音が消え、静かになったプラットホームで、声を殺して泣く声を、3人は線路の下でいつまでも聞いていた。


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