「ええと、マッシュ、そちらの方は」
 は、平原の一軒家から帰ってきたマッシュが連れている黒ずくめの男と犬を、交互に見た。
 「シャドウだ。俺たちと一緒にドマに行ってくれることになった!ちなみにこっちの犬はインターセプターだ」
 「…ドマ?」
 「ちなみにこの家の親父は何の情報も持っていなかった。全く役に立たなかったぞ!」
 「あのさマッシュ。言いにくいんだけど、わたしたち、ナルシェに行くんじゃなかったっけ…?」
 はおずおずと聞いて来た。ようやくマッシュは彼女が戸惑っている事に気付き、笑いながら説明を始めた。


 ドマ王国を抜けないと、ナルシェには行けない。そのドマを帝国が狙っていて、東の森を抜けた所に大きな陣営を築いている。陣営を抜けないとドマには入れない。そこで道を知っている黒ずくめの男――シャドウが案内してくれることになった。
 話を聞いてやっと納得したは、シャドウに向き直って頭を下げた。
 「はじめまして…です」
 「シャドウだ」
 「……」
 「……」
 何だこの沈黙は。
 シャドウは元々無口として、まで無言のまま立ち尽くしている。警戒しているのかと思って見ると、言葉を探していて見つからなくて困っているようだった。すぐにぴんと来た。マッシュも知らない人が来ると兄の後ろに隠れて出てこない子どもだったからだ。苦笑しながら挨拶するよう促す父親の顔を今も思い出す。
 「、ひょっとして人見知りする方か?」
 はマッシュの方を見上げて、困ったように小さく頷いた。可愛いなと思って笑ったら、赤くなった顔で睨まれた。怒っても可愛いなと思い、そう思った事が何故か恥ずかしくなり、とりあえず「すまん」と謝る。幸いシャドウは旅の仲間に社交性を求めない性質のようで、「じゃ、行くか!」と二人に声をかけた途端、挙動不審なを気にする素振りも見せず、並んで歩きだした。
 二人の旅が、三人の旅になった。


 『しかしこのお嬢ちゃん、大したもんだな』
 何度目かの戦いを経験して、マッシュは密かに感心した。
 確かに「戦えるならリターナーに来いよ」と言ったのは自分だった。だが正直、戦力としてそこまで期待していたわけではなかった。
 「行く所が無い」と言った時の黒い瞳が寂しそうだったのと、テントもろくに畳めない女の子が、それも淡白なマッシュでさえはっとするような綺麗な子が一人で旅をすると聞いて、これではすぐに悪い人間に騙されて、酷い目に合うかもしれない、と心配になったのである。
リターナーだって皆が皆戦闘員というわけではない。裏方として組織を支える者もいる。彼女には戦闘員ではなく、そうした裏方として来てもらうつもりだったのだ。モンスターが現れるまでは。
 の剣術は、斬るのではなく突くのが特徴だった。細身で針のような剣で急所を狙い、次々に仕留めていく。その狙いは正確で、戦い慣れしているのが一目で分かった。この攻撃方法を可能にしているのが彼女の身軽さと素早さ、洞察力で、マッシュやシャドウが武器を構えた時にはもうモンスターに何度も軽めの攻撃をしかけ、敵の微妙な動きで体のどこを庇っているか見抜き、次のターンで早々に止めを刺す。早く止めが刺せるから、体力の消耗も少ない。
 彼女の素質を最大限に生かせる剣術として、これほど向いているものはないだろう。最初こそを庇うように戦っていたマッシュだが、早々に認識を改めた。
 遅れて仲間になったシャドウも、流石に強かった。元々後方支援型なのか、前方で戦うマッシュやの後ろで敵全体の動きを把握しアシストに回る。そして彼の武器である様々な飛び道具は、二人の背後に回る敵をたちまち餌食にした。
 どちらも偶然の出会いが引き寄せたものだが、俺は仲間に恵まれている。マッシュは思わず微笑んだ。


 強力な仲間が二人も加わったおかげで、東の森は難なく抜ける事が出来た。
 「あれが帝国の陣営だ」
 シャドウの声に、マッシュは緩んでいた気を引き締めた。ここを抜けないと、ナルシェには行けない。


 「侵入したのはいいけど…今からどうする?」
 「そりゃ隙を見て、出来るだけ戦わないようにして通り抜けるしかないだろ」
 「誰か来たぞ」
 陣営の壁に隠れて話していると、シャドウが声を低くして注意を促す。二人は会話をやめ、現れた人物を見て息を飲んだ。
 ピエロのような衣装に派手な化粧の男が怒鳴っている。その風貌だけでも十分異様だったのに、離れていても頭に響く甲高い声と、狂気と正気をさまよっているような定まらない視線が、異常さをさらに際立たせている。
 本能的な恐怖には身をすくめ、シャドウとマッシュは息をひそめた。
 異様な男――ケフカと呼ばれていた――は一通り怒鳴り散らして去り、その後、陣営をうろつく兵士たちの数が激減した。
 チャンスとばかりに見つからないよう陣営の中をそろりそろりと進んでいると、すぐそこで兵士の話し声が聞こえた。慌てて壁に隠れ、様子を伺う。
 「しかし将軍。帝国のためなら私はいつでも命を落とす覚悟は出来ています」
 まだ若いのか、威勢のいい兵士だ。聞く気は無くても、聞こえると自然に耳を澄ませてしまう。
 「お前はマランダ出身だな?」
 「は?は、はい。しかし、なぜ?」
 「国には家族もいるだろう。この私にお前の剣を持って家族の所へ行けというのか?その時私はどんな顔をすればいい?お前は帝国軍の兵士である以前に一人の人間だ。無駄に命を落とすな。ガストラ皇帝もきっとそうお望みだ」
 「…はい!」
 兵士の明るい返事が響き、すぐにその場を離れる足音が聞こえた。それから間をおかず、
 「レオ将軍!ガストラ皇帝からの伝書鳩です!」
 別の兵士の声がして、頭を出しかけた3人は急いで引っ込めた。
 「…皇帝がお呼びのようだ。私は本国に帰る事にする」
 「ははっ、承知しました」
 「よし、あとの事は全てお前たちに任せたぞ」
 「はっ」
 「いいか。くれぐれも早まったマネだけはせんようにな。頼んだぞ」
 短いやり取りは終わり、兵士が去って行き、レオ将軍は帰る準備をするのかテントに入っていく。
 「レオ将軍か…敵とはいえ、なかなか分別のある男のようだな」
 「わたし…帝国の人って皆悪人だと思ってた。びっくりした」
 と同じ事を、マッシュもずっと思っていた。
 ガストラ帝国の所業は悪そのもので、父の死以降、彼はずっと帝国への敵対心や警戒心を育てていたのだが。
 レオ将軍と兵士のやり取りで気付いた。知っているのに忘れていた。帝国は自分の故郷のように、悪人もいればレオ将軍のような人間もいる「国」なのだと。
 黒い塊のようだった帝国の姿が、色んな人が住む普通の国の姿に見えはじめて、そんな自分の変化に少し戸惑った。
 「マッシュ、隠れろ」
 物思いに耽っていて警戒を怠った。ハッとして頭を低くすると、再びあの耳障りな高い声がした。ケフカだ!
 「奴はもうここにいない。俺が一番偉いんだ、毒をよこせ!」
 「ドマ城内には我が軍の捕虜もいます。もし彼らが水を…」
 「かまわん!敵に捕まるような間抜けは必要ない!」
 怯えながらも食い下がる兵士を一喝して、ケフカは3人の横を通り過ぎようとした。気になる言葉が頭の中でぐるぐる回る。毒?捕虜が水を?必要ない?
 「嘘でしょ、飲み水に毒を混ぜるって…敵だからって、」
 そうまでして殺す必要、あるの?マッシュの疑問にの震える声が答えを出した。その答えはあまりにも卑劣だ。卑劣だと思った瞬間、マッシュはケフカの前に立ちふさがっていた。
 「そうはいかないぞ!」
 物陰でが青くなっている。シャドウは動かない。呆れているかもしれない、それでもいい。ここでドマを身捨てたら兄に合わせる顔が無い。
 ケフカは突然出てきた、明らかに兵士ではない男に一瞬びくりと体を震わせ、じわりと、歪んだ笑みを作りだした。
 「…けっ、うるさいヤツめ。痛い目にあわしてやる!」
 その時一部始終を見ていたシャドウが首を横に振り、が震えながら物陰から出てきた。
 「隠れててよかったんだぞ?俺が勝手に飛び出したんだ」
 「俺は俺の好きなようにするだけだ」
 「わたしは隠れてたかったけど……ここまで聞いて見て見ぬふりは出来ないから…」
 本当に、人間に恵まれている。
 「そうだな!お前らならそうだよな!」
 家族、師匠、それに仲間にも恵まれている。つい笑顔になってしまい、それが勘にさわったのだろう、ケフカの攻撃が始まった。
 「来るぞ!」
 最初に狙われたのは一番弱そうに見えるだった。とことん卑怯なこの男は手のひらを彼女に向けながら何かを唱えている。
 『こいつも魔法を使うのか!?』
 マッシュは青くなった。魔法を使えるのは知っている限り、知りあったばかりの緑の髪の少女だけで、ケフカの動作は彼女が魔法を使うときのそれに良く似ている。呪文を唱え終われば最後、狙われたは即死だったかもしれない。
 魔法がないこの世界で、まさかケフカが魔法を使えるなんて事を、は知る筈もなかった。だがの素早さを、ケフカもまた知らなかった。その高い素早さで呪文を唱え終わっていないケフカの背後に回り込み、首の後ろに渾身の蹴りを入れた。
 「ぎゃっ!!!」
 ケフカは無様な悲鳴を上げ、地面に激突した。
 「、大丈夫か?」
 「うん…でもさっきのアレ何だったんだろ。何かぶつぶつ言ってたよね」
 「二人とも油断するな。まだ終わっていない」
 シャドウが身構えながら見守る中、起き上がったケフカの第一声は「……いったあーい!!」で、すぐ3人に背を向けて全速力で逃げ出した。
 「まて!ケフカ!!!」
 「まて!と言われて待つ者がいますか!」
 逃げるとは思っていなかったせいで追いかけるのが少し遅れた。素早いがいち早くケフカに追いついて、背後から攻撃を仕掛ける。攻撃そのものはかすり傷を負わせる程度だったが「……いったあーい!!」とケフカはまた大げさに叫んだ。また逃げ、また追いかけようとして…やめた。
 警報が鳴り響き、帝国兵が次々に集まってきたのだ。


 「くそっ、どうしたらいいんだ!」
 マッシュは苛立ちを隠せないでいた。
 兵士達は次々に仲間を呼び、絶えず襲いかかってきた。その結果時間だけ無駄に費やし、追手を撒いた頃にはケフカはとっくに姿を消していた。兵士の数も増え、3人は陣営入り口の荷物置き場の陰で身動きが取れなくなっていた。
 「暗くなるまで待った方がいい。下手に動けばこの兵士の数だ。切り抜けられる保証はない」
 「わたしもその方がいいと思う。今襲われても、反撃出来るかどうか……」
 戦いの最中、視界の端に捉えたケフカが、にやりと笑って毒の瓶を見せつけるように去っていく姿を思い出し、再び怒りがこみ上げる。だがずっと戦い続けて流石に疲れてきた。体力があるマッシュでさえそうなのだから、シャドウやの疲労はもっと大きいだろう。ここで動いても命を無駄にするだけだ。悟ったマッシュは深いため息をついて「そうだな」とだけ呟いた。
 どれくらいそうしていたのか。やがて、太陽が傾き始めた。
 「兵士の動きが変わってきたね。探してるって感じじゃなくなってきた。ケフカがいなくなって気が緩んだのかな」
 「…あの将軍が抜けた事で、士気が下がったのかもしれん」
 「この調子なら、夜、いや夕方には陣を抜け出せるかもな。…ん?」
 辺りが急にざわつき始めた。3人のそばを「敵…」「ドマの生き残り…」「たった一人…」など口々に言いながら帝国兵が通り過ぎていく。マッシュは帝国兵の向かう先を見た。
 兵士に囲まれて、男が大声で叫んでいる。
 「拙者はドマ王国の戦士カイエンでござる!」
 壮年の男が、たった一人で大勢の帝国兵を相手に戦っていた。
刃をかいくぐりながら敵に斬りつけた後、背後からの敵に素早く向き直り、わき腹を一突きする。突き刺さった剣を抜く僅かな間を隙とみたのか、二人同時に攻撃してきた帝国兵を、踊るような足さばきでかわして同時に倒した。無駄のない身のこなしにマッシュは一瞬見とれた。
 カイエンと名乗ったその男の血走った眼が、そこから流れ続ける涙が、振り乱した長い髪が、狂気さえ感じる程の強さが、嫌でもドマの結末を教えてくれた。ああ、あの時ケフカを逃していなければ。
 「シャドウ、。俺はあいつを助けに行く!止めるなよ!」
 「わたしも行く」
 「……」
 二人は既に走りだしていたマッシュに続いてカイエンと兵士の間に入った。
 「俺にも少し手伝わせてくれよ!」
 「どこの誰かは存ぜぬがかたじけないでござる!」
 「お前ら、さっきの侵入者だな!まだいたのか…ぐあっ!!」
 後から駆けつけた兵士達が問答無用で剣の柄に手を掛けて…次々に叫び声をあげた。
剣を取ろうとした手にも駆け出した足にも、既にシャドウのクナイが深々と刺さっている。格の違いに動揺した兵士の多くをマッシュのオーラキャノンが吹き飛ばし、戦意喪失した者たちは早くも逃げ出した。2人の兵士に挟み打ちになったは高く飛んで二人の攻撃を同時にかわし、剣の柄で首の後ろを突き、気絶させた。
 浮足立って統率の取れない帝国兵は体力が回復したマッシュたちの敵ではなく、既に陣営を駆け回って毒を流した犯人を探しているカイエンに続いて、二度目三度目の帝国兵と戦い、勝利した。


 帝国兵を撒く事に成功して、ようやく3人と1人はじっくり顔を合わせた。
 「…まことにかたじけないでござる」
 「礼には及ばん。俺はフィガロ国のマッシュ。ここはひとまず逃げよう」
 マッシュの言葉に、カイエンは身を強張らせた。
 「しかし…拙者は家族や国の者たちの仇を…」
 「ちょっと待った。このままでは多勢に無勢。ぐずぐずしてたらまた敵の大群が…」
 「いたぞー!こっちだー!!!」
 早くも見つかってしまった。さっきよりも大勢になり、武器も装備も強固なものに替わった帝国兵たちが向かってくる。
 「そら、おいでなすった。俺にいい考えがある。とにかく向こうへ行くぞ!」
 マッシュの勘が正しければ、あれが突破口を開いてくれるはずだ。説明するより見せた方が早いと思い、走りだした。向かった先にあったのは、奇妙な乗り物、のようなもの。話に聞いたことしかないが、これが魔導アーマーというものかもしれない。
 早くも敵が追いかけてきた。シャドウが食い止めるためにその場を離れ、敵に立ち向かう。も続こうとしてシャドウに止められていた。
 「マッシュ殿!このヨロイの化け物のような奴は一体なんでござるか???」
 「詳しい説明は後で!いいから早く乗った乗った!!!」
 ぐずぐずためらうカイエンを突き落とすようにして魔導アーマーに乗せた。「マッシュ殿ー!一体どうやれば動くのでござるか!?」とあたふたするカイエンが助けを求めて叫び、マッシュは焦った。
 「全く、もう。世話が焼けるでござるな…いけねえ!俺までうつっちまったよ」
  隣でが小さく笑った。この子はとにかく可愛いのに、いつも不安そうにしていてあまり笑わないから、それだけで嬉しくなった。だけど彼女はその後、こんな時に笑うなんてと言いたげに顔を引き締めた。勿体ない。
 「…そんな場合じゃねえか。いいかー!?手もとのレバーを倒すんだ。早く!」
 その瞬間アーマーがぐるぐる回りだした。どうしてそうなる!と頭を抱えたいのを我慢して、二人でもうひとつのアーマーに乗り込んだ。これならにカイエンと乗ってもらえば良かった。カイエンよりは機械を使えそうな気がする。後悔したがもう遅かった。
 「マッシュ殿ー!あべこべでござるぞー!!!」
 「…分かった分かった。とにかくおれについてこいよー!」
 「おい!そこで何をしている!?」
 しまった見つかったと思ったその時、カイエンの魔導アーマーが暴走した。
 「あわわわわ!止まらんでござるぞー!!!」
 暴走した魔導アーマーは、見つけた兵士を上手い具合に弾き飛ばしながら陣営の出口へ向かう。そこには別の場所からアーマーを奪ってきたシャドウが待機していた。再び一緒に行動しながらなんて出来る男なのだろうと感動すら覚えた。

 「やっと出口か。ここまできたらこっちのもんだ。ところで、ここからナルシェにはどうやって行けばいいんだ?」
 「ナルシェでござるか。ここからでは、南の森を抜けるしかなさそうでござるが…」
 「よしっ!そうと決まったらこんなガラクタに用は無い。行こう!」
 一同は新たな帝国兵に見つからないうちに、足早に陣営から逃げ出した。


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