久しぶりのいい天気だった。
この世界は、彼のいた世界と似ているようで、まるで違う。月が照らす渓谷を抜けたと思えば、絵画のような青空に浮かぶ城が現れることもある。不思議きわまりないそれらの景色は、この世界に呼ばれた戦士たちの記憶の断片から出来ているそうだ。そのせいか、緑の森もそよぐ風の香りも自然そのもののようでいて、良く出来た箱庭の中にいるような違和感を感じていた。けれどそこを抜けて聖域に近づくにつれ、その違和感を感じなくなる。森の中を懐かしむように、水場を見つけて安堵するように、目の前の自然を当たり前に受け入れることが出来る。女神が戦士たちのために、あえてここだけ本物の命が育まれる場所にしたかのようだ。木陰で武器の手入れをしながら、フリオニールはそんなことをぼんやりと考える。
『特に、ここはいい』
調和の女神の恩恵を特に強く受けたこの場所は、コスモスの座する聖域の近くにある平原だ。遠くに目をやれば鬱蒼とした森が広がっていて、それがこの場所を好きな理由の一つである。兎や鹿、鳥などの小動物がいて狩りをするのに都合がいいだけでなく、木の実や野草も取れる。森の奥を流れる川に糸を垂らせば面白いように魚が釣れるし、当然のように飲み水として利用もできた。しかも、森が自然の障壁になっているのか、イミテーションの襲来もほとんどない。
数日前から降っていた雨は、今朝すっかり止んで、今は雲一つない青空が広がっている。もうすぐ正午だから、太陽は空の真上に昇るのだろう。そよ風というにはやや強い風は、青臭い草の匂いを否応なしに運んでくる。元いた世界のように、天気や時間の移り変わりを感じることが出来る。それが、この場所を好きな理由の二つ目だ。他の仲間たちもそうなのだろう、この場所にはいつも誰かがいた。いつの間にか火を起こし、テントを張るようになった。そしてついにはコテージまで建ってしまった。誰がどう見ても、完全に戦士たちの拠点となっている。違和感だらけの世界、異世界から来た見知らぬ仲間たち、初めて使う、見たこともない道具の数々。最初は戸惑いしかなかったが、慣れれば案外住めるものだ。
ふと、視界の端に動くものを捉えたフリオニールは思考を止め、武器に向けていた目をコテージに向けた。
琥珀色の視線の先で、少女が籠を抱えて歩いている。
意志の強さを示すような鋭い瞳が和らいだ光を浮かべた。
籠を抱えた少女は、と言う。
彼女と偶然同行することになったスコールの話では、他の戦士たちとは違い、仲間を助けようとして巻き込まれ、ここに来てしまったそうだ。ただこの世界に来た際に頭を強く打ってしまい、その仲間が誰だったのか綺麗に忘れてしまったそうだが。
がカオス側のスパイではないかという懸念を、仲間の何人かが口にした。呼ばれてもいないのにこの世界に来るなんて、ありえない。そもそも神が作った世界でそんな手違いが起こるのだろうか。普通に考えれば、彼女がコスモスの戦士でないのなら、カオスの戦士ということになるじゃないか。
だがその懸念はいつの間にか誰も口にしなくなった。彼女はスパイにしては、あまりにも人畜無害だったからだ。それも作戦のうちだろうと勘繰ってみたものの、カオスの戦士を見て「……怖い。近づきたくない」とその場に凍り付いてしまう様は、とてもスパイとしてカオス側とやり取りできる状態ではない。頭を寄せて相談する戦士達を遠くから見つめる顔は暗く、罪悪感を覚えた。とうとう、彼女と一緒にいる期間が一番長かったスコール(彼は当時から、を敵ではないと主張していた)が冷静に、けれど確かに怒りを込めて一喝した。
「いい加減受け入れろ。あいつは敵じゃない」
無口な男の強い主張は効果抜群だった。ひとまず彼女のスパイ疑惑が晴れるほどには。
ただ一人、リーダーである光の戦士、ウォーリア・オブ・ライト――彼は過去の記憶を持たず自分の名前も覚えていないので、皆はウォーリアだとかリーダーだとか頭文字を取ってWOLとか、様々な呼び方をしている――は仲間を率いる立場として、彼女を警戒し続けた。
気を許されていない気配を感じながら、は仲間の一員として動き始めた。怪我の手当てを手伝い、食事の支度や洗い物、片付けなど良く動いた。野宿に慣れているのかと思ったがそうではなかったようで、失敗も多かった。そのうちバッツに手伝ってもらうようになり、二人はよく話すようになった。二人の会話に入る形で他の仲間もと話すようになり、そうやって彼女は皆と打ち解けた。ちなみにフリオニールがと話すようになったきっかけは、緊張した面持ちのが「どうしても野営用のかまどが出来なくて。良かったら作り方を教えてほしいんだけど」と近づいてきたことにある。
さて、打ち解ける前と後で、に対する印象は変わった。それも相当変わった。
出会ったばかりの頃は、清楚で品が良く、けなげな少女だと思っていた。けれど実際は、確かに清楚で品のある子だったが、別にけなげというわけではなかった。
例をあげれば、夕食が肉の時は控えめながら、多めによそって欲しいとアピールする(その後年少組と肉の取り合いに発展する)。
模擬戦でジタンが手加減しようとすると「お願い、全力で戦って。だって敵は性別とか戦士じゃないって理由で手加減しないし、わたしもいざって時に足を引っ張りたくないんだ」と気丈に言い放つ(実際彼女は戦士として十分に優れており、「ギャップがある女の子っていいよな」と、惜敗したジタンが蕩けそうになっていた)。
散策中の森でリンゴを見つけて大量にもぎ取り、重すぎて運べず途方に暮れる(フリオニールとセシルが発見して事なきを得たが、次からは気を付けて貰いたい)。
出会った当初よりも幼さが見え隠れするようになり、我儘ではないが気ままな面が目立つようになった。 あまりに来た時と違いすぎる。騙されたような気がして、二人きりになった時にに印象の変化を言ったことがある。はきょとんとして、その後のほほんと笑った。
「あの頃は毎日緊張してたし、ティナ以外男の人ばかりだから警戒してたからねー。あとライトさんに信用して貰うために、野宿や食事の準備とか怪我の手当てとか率先してするようにしてたから……まあ要は媚を売るのに忙しくて、疲れて喋らなかっただけかも」
「媚って……でも、確かに」
言われてみれば当時は、細々した雑事を率先して引き受けていた。その姿を見て健気な子だと思ったのだ。忙しそうに動くに何度も「手伝おうか?」と声をかけようとしたが、恥ずかしくて出来なかったっけ。
「でも、わたしも野宿に慣れてるわけじゃなくて失敗ばかりしてたから、見かねたバッツが手伝ってくれるようになったの。で、一緒に作業するうちに色々話すようになって、その流れで皆とも仲良くなれたんだよね」
それも覚えている。自分がもたもたしているうちに、いつの間にかバッツが彼女の傍にいることが増えて、二人で楽しそうに話すのを羨ましく眺めていたから。勇気を出して声をかけていれば、隣に座っているのは自分だったかもしれない。
「でも野宿の段取りも良くなったし、小動物なら獲物も捌けるようになったし、野宿の準備なら少しは役に立ててるかな。……まだ足を引っ張ることの方が多いけど」
は呑気に言ったが、語尾が微かに震えたことに気づけないほどふいオニールは鈍感ではない。
まだ、不安なのだろう。自分が本当にここにいていいのかと。本来いないはずの自分がいることで、世界に悪い変化を与えてしまうのではないかと。そして、肝心の戦いで、まだ何の役に立てていないことも。
……そう、模擬戦でジタンを負かした剣技は、イミテーションには、まるで通用しなかった。
の剣は、針のように細身で、弱点を突いて仕留めるタイプの剣だ。人や魔物相手なら有効だろうが、イミテーションには弱点らしい弱点が無いから、勝つにはただ壊すしかない。非力なには無理な話だった。それでもオニオンやティナのように攻撃魔法が使えれば問題ないのだが、の世界では魔法は過去の遺物になっていて、使える人間はいないそうだ。
「あ、足を引っ張ってなんか、いないぞ」
が、ハッとしたように顔を上げた。
「足を引っ張るどころかとても助かっている。今まで食事当番は俺とバッツの二人で回していたから大変だったんだ。野宿に慣れているのは俺たちだけだったからな。そこにが当番に入ってくれたから俺たちの負担は軽くなるし、皆も手伝ってくれるようになったし、本当にありがたいと思っているんだ。それに」
一途にこちらを見つめる眼差しから逃げたかったが、逃げたらの心に巣食っている不安は取り除けない。
「確かにこの世界は、イミテーションを倒せない人間は不要なのかもしれない。けれど俺や皆は、そんなこと関係なく君を仲間だと思っている。仲間って信頼とか思いやりとか、そういうので結びつくものだろう? だから、役に立つとか立たないとか、気にしなくていい。他の奴らだって、きっとそう思ってるさ」
何とか言いたいことを伝え終わり、フリオニールはを見つめ返した。翳っていた瞳が驚きに見開かれている。それを隠すようには一度目を閉じて、また開いた。そこにはもう翳りなどなく温かな光だけがあった。不思議なもので、彼女の瞳は純度の高い黒い色にも拘わらず、いつも明るさや清々しさを宿している。
「ありがとう。……ほっとした」
がふわりと笑う。薄暗い中でそこだけ灯りが灯ったような、花の蕾が開いた瞬間のような、とても人を惹きつける笑顔だと思った。
それから数日後だろうか。二人で野営地にいた時のこと。
バッツが酷い怪我を負って帰ってきた。思った以上に強敵で手こずったのだという。年齢の割に奔放な、けれど強靭な青年は話し終えた途端、意識を失った。急いでテントの中に運びポーションを探していると、自分まで怪我したかのように痛そうな顔で近づいてきたが、初めてその力を見せた。
「回復魔法、少し使えるようになったの」
そう言って特に傷が深い彼の腕に手をかざし、小さな声で呪文を唱える。手のひらから淡い光が放たれて傷は少しずつ塞がり、やがて完全に消えた。ぽかんと見ている間に彼女は、仲間の他の傷の有無を確認し、次々に治していく。
最初その場にいたのは負傷した彼と、食事当番だった彼女とフリオニールの三人だけだった。けれど彼女が傷を治し、フリオニールがそれをぼうっと見ている間にいつの間にか仲間が皆――彼女を警戒していたウォーリア・オブ・ライトも――戦いから帰ってきて、その光景を見守っていた。
詳しく聞くと、ティナに誘われて行ったショップで魔法の本を見つけ、密かに練習していたのだそうだ。読めない部分を人に聞いたり自分で調べたりして、読める部分は何度も繰り返し読んで。自分のちょっとした怪我を治して効果を確かめながら、徐々に色んな魔法を覚えたのだという。一度紙切れを見せられて「ねえ、この文字ってフリオニールの世界の文字?」と彼女に聞かれた事があるが、その時はまさか、こんなことをしているとは思わなかった。
フリオニールは素直に感動した。隣でのほほんと笑っていた少女に尊敬の念を覚えた。知らない世界で受け入れて貰おうと誰よりも働いて、使ったこともない魔法を必死で学んで覚えて。媚を売っていたと本人は自嘲していたが、そんな利己的な理由だけでこんなに頑張れるわけがない。本当に皆の役に立ちたくて、自分に出来ることを必死に探したのだ。
どのように白魔法を覚えたか、少女の話を静かに聞いていたウォーリア・オブ・ライトは、彼女を完全に仲間だと認め、疑っていたことを真摯に詫びた。
ようやく全員に受け入れられたと知り、は安心したように笑った。
気ままで、言ってみれば少し幼いかもしれない。けれど皆のために自分を奮い立たせて頑張れる。のそういう所を、柔らかな笑顔を、フリオニールはとても好ましいと思った。
気づけば、を目で追いかける癖がついた。そして一度視界に入れると目が逸らせなくなってしまう。今もそうだ。洗濯籠を地面に置いたを、つい見つめてしまっている。
は気づく様子もなく、洗濯物を干し始めた。ちなみに干しているのはタオルやマント、他の戦士たちの服など、見ても差し支えのないものばかりだ。女性陣は当然ながら、下着は自分たちで洗ってコテージの中に干している。だから初心な彼でも安心しての姿を眺めることができた。
その時、ひときわ強い風が吹き抜けた。
フリオニールは一瞬目を細め、一方は乱れた髪をとっさに抑えた。その拍子に放してしまったのだろう、持っていた洗濯物が二枚ほど風に飛ばされてしまった。はとっさのことで体が動かないのか、飛ばされる洗濯物をただ眺めている。今フリオニールが走って行けば洗濯物は掴める。頭では思いながらも、の、風に乗って生き物のように動く髪と見開いた黒い瞳から目が離せない。舞い上がる草も飛んでいくタオルも彼女を引き立たせる背景のようで、身動き一つとれなかった。
「よっ、と」
二人だけの空間に別の声が割り込んできて我に返った。快活な声を邪魔だと感じたのは何故だろう。
「ぼんやりしてると、洗濯物全部飛ばされちまうぞー」
「ごめん、とっさに体が動かなくて。ありがとう、バッツ」
はぼんやりしていた自分を恥じるように照れ笑いを浮かべ、青年から洗濯物を受け取った。
バッツは、やや子供じみた言動はあるものの快活で、料理、裁縫、薬の調合までやってのける器用な男だ。長いこと一人旅をしていた経歴もあり、剣の腕も立つ。それどころか一度見た技を「ものまね」するという、フリオニールには到底真似できない芸当の持ち主でもある。頼もしい味方であり、楽しくていい奴だ。だが今は、彼の存在が少しだけ忌々しい。
「いーってことよ。洗濯物、随分大量だな」
「最近ずっと雨だったからね。でも今日は風も強いし、全部乾きそう」
「だな。なあ、干すの手伝うから、この後ショップに行かないか? 武器や防具が大量入荷したらしいぞ」
「本当? じゃあ行こうかな。新しいローブも見たいし、石鹸が無くなりそうだから買わないと」
「じゃあ決まりだ!」
の返事を受けてバッツの声が弾んだ。は洗濯物を再び干し始め、バッツは後に続いて洗濯物の皺を伸ばし始めた。強い風は頼んでもいないのに、二人の楽しそうな声をここまで運んでくれる。黒く苦いものが胸の中を占めるのに、そう時間はかからなかった。
なぜ嫌な気分になっているのだろう。バッツの登場が腹立たしいからか、フリオニールの心境を知りもしないが憎らしいのか、それとも自分の心の狭さが許せないのか。暗い感情の出所を探っている彼の足元に、ひらりと白いものが舞い降りた。
「ん?」
細長い白い布。さっき飛んだ二枚目の洗濯物だった。リボンのように見えるが、仲間で白いリボンをしている人間がいないので、誰の持ち物なのか検討がつかない。少し迷い、フリオニールは布を手にして立ち上がった。
「フリオニール、どうしたの?」
近づく彼に先に気づいたのはだった。を見ながら話していたバッツがやや遅れてフリオニールを見、次にその手の布を見た。
「風に乗って飛んで来たんだ。誰のか分からないが」
「あ、多分ジタンのタイだ」
バッツが首の辺りで紐を結ぶ動作をしたことで合点がいった。ジタンは元の世界では劇団員をしていたそうで(ただしそれは表向きの姿だが)、着ている服もどことなく洒落ていた。どうやってあの華やかなタイを結ぶのかは分からないが、持ち主が分かったのは何よりだ。
「これも洗濯物だろう?」
「うん。ありがとう」
フリオニールはにリボンを手渡そうとした。が、横から伸びてきた手がリボンをするりと取ってしまった。「これも干せばいいんだろ?」と明るく言うバッツは、取ったリボンを既にロープにかけている。は「皺にならないように干してね」とバッツに釘を刺し、新しい洗濯物を籠から取り上げた。行き場を失った手は、差し出した形のまま情けなく固まっている。
「あ、そうだフリオニール」
「なんだ?」
「今バッツから聞いたんだけど、ショップに新しい商品がいっぱい入ったんだって。フリオニールも一緒に行かない?」
二人の話を聞いていたから、それは知っている。けれどバッツと二人で行くものと思っていたから、誘われるのは予想外だ。
「俺も行っていいのか?」
「うん。いいよね、バッツ」
「あー、ああ」
は拍子抜けするほどあっさりと返事し、一方のバッツはさっきの明るさが嘘のようにそっけなく返事をした。と二人だけで出かけたかったのだろうか。バッツのことを思うなら断る方がいいと思ったが、二人の世界に割って入られたこと、わざとではないだろうがの手に触れる機会さえ奪われたことが、少しだけフリオニールを意地悪にした。
「俺も行くよ。いい武器が手に入るかもしれないし」
「じゃあ決まりだね! そしたら早く洗濯物干さないと!」
は屈託なく笑った後、てきぱきと洗濯物を干し始めた。その場の流れで、フリオニールも干すのを手伝った。
洗濯物を干し終わり、財布を取って来ると言ってコテージに戻ったを待つ間、バッツとフリオニールは、木に結んだロープを固く結び直していた。今日は大量に洗濯物を干しているし、の力で結んだロープはすでに結び目が緩んでいて、下手すれば強風で解けてしまう可能性があった。帰ってきたらロープが解けて洗濯物が泥まみれなんて可哀相だろ。そうバッツが言ったのだ。
バッツが洗濯物を地面に付けないように気を付け、フリオニールがロープを結び直す。女性のが一人でするには大変な作業だ。言えばはきっと自分でどうにかするだろうけれど時間がかかるだろうし、それなら俺たちでこっそりやろう。これもバッツの弁だ。どちらも言われてみればもっともだった。
「ロープ、結んだぞ」
「ありがとな。これでしばらく大丈夫だろ」
バッツがにかっと笑い、フリオニールも笑い返した。いつも通りの朗らかなバッツだ。そういえば彼は結構気まぐれなところがあるし、さっき不機嫌そうだったのは目の錯覚かもしれない。勘繰りすぎたと自嘲したフリオニールを「ところでさあ」と、バッツが見上げてきた。
「ん?」
「のこと、どう思ってんの?」
シンプルなのに唐突すぎる質問を理解するのにたっぷり数秒かかった。その間フリオニールはバッツの呑気な顔をじっと見つめ、バッツもバッツで明るい茶色の瞳でじっとフリオニールを見つめ返す。
「う、うん!?」
ようやく質問の意味を理解できたことは出来たが、今度は答えに窮してあたふたすることしか出来なかった。をどう思うと言われれば、好ましく思っていることや、何故か分からないが気になる存在だと答えるしかない。けれどそれを正直に言うのは荷が重すぎた。ただでさえ女性に免疫がない彼は、ティナやを意識してしまうせいで、仲間からよくからかわれるのだ。
フリオニールは両手をバタバタ振りながら、「ど、どうもこうも、別に何とも思っていない、いや勿論大事な仲間だけど、それ以上には思っていなくて、でも女の子だからなにかあったら守らないといけないし、本当にそれだけだ!」と、あくまで仲間として大事だということを繰り返した。もう何を言っているのか自分でも分からなかったが、バッツはそれなりに理解したようだ。うん、うん、と満足そうに深く頷いている。
「つまりだ。は大事な仲間だけど、それ以上でもそれ以下でもない、ってことだな?」
「そ、そうだ、その通りだ!」
言い切った瞬間、胸の奥がちくんと痛んだ。軽いのに無視できない痛みに首をかしげていると、バッツが「なら安心だ!」と快活に笑う。
「安心? 何がだ?」
「仲間だと思ってるだけなら、気にする必要は無かったなってことさ。まあ、こっちの話だ」
今日のバッツはいつも以上に気まぐれだ。唐突な質問をして、一人で勝手に納得して。彼はそれでいいだろうが、フリオニールにしてみれば分からないことだらけでもやもやする。
「それ、どういう意味……」
「おまたせ、財布取って来たよ」
の声がフリオニールの声に重なった。多分そうなるだろうなと予測した通り、バッツの耳はの声を拾い、明るい茶色の目はフリオニールからに移動した。
「よし、じゃあ行くか!」
バッツは言うなり弾むような足取りで歩き出し、フリオニールは首を傾げながらそれに続いた。が、はすぐに歩き出さず、洗濯物を不思議そうに眺めている。
「?」
「あ、ごめん何でもない」
は誤魔化すように笑い、フリオニールに並んで歩き出した。前を歩いていたバッツがそれを見て歩く速度を緩め、何食わぬ顔での横に並んだ。三人並んで歩きながら、フリオニールはバッツの言葉の意味ばかり考えていた。
誰がどう管理しているのか謎の(一部ではモーグリではないかという噂もある)ショップはバッツの言う通り、物珍しい武器や防具が揃っていた。確かに使いこなせれば戦いが有利になりそうだが、今すぐ買うには躊躇われる価格の物ばかりだった。幸いここを利用するのは自分達以外にいないから、売り切れの心配だけはない。欲しいナイフに目星をつけて、フリオニールは早々に今日の購入をあきらめた。他の二人も似たようなものなのか、バッツは同じ剣を手に取っては棚に戻しを繰り返し、はローブの値段を見てはため息をついている。自然と日用品のコーナーに移動して、食用の油や調味料など、細々したものの買い物になった。
必要なものはあらかた買い終えたが、バッツは気に入った剣をあきらめきれないようで、ずっと眺めたり触ったり、素振りをしている。近くの椅子に座ってその様子を見ていると、すとん、とが隣の椅子に腰を下ろした。
「バッツ、さっきからあの剣ばかり触ってるね」
「相当気に入ったんだな」
ちょうどショップの奥からモーグリが出てきた。バッツはすかさず尻尾を掴み、剣の値段の交渉を始めた。バッツは必死そのものだが、モーグリは「ボクはショップとは無関係クポ!」と叫んでじたばたしている。無関係なのにどうして店の奥から出てきたのだろうと考えていると、「フリオニール」と、が呼んだ。
「さっきはありがとう」
「さっき……? もしかして洗濯物のことか? 干すのを手伝ったのはバッツだ、俺じゃない」
「そうじゃなくて、ロープ。わたしが財布を取りに行ってる間に、固く結び直してくれたんじゃない? 結び目が変わってた」
「あ……」
さっき洗濯物を不思議そうに眺めていたのは、それに気づいたからだったのか。
「帰ったら結び直そうと思ってたから助かったよ。あの作業、地味に大変なんだよね」
は嬉しそうに続けるが、そもそもの発案者はバッツで、礼を言われるのはバッツでなければならない。そう言うとは、「でもフリオニールも手伝ってくれたんだし」と、笑顔を向けてくる。ショップの中での回りだけが華やいで見えて、つられるように笑顔を返した。それに満足したのか、の笑みがさらに深くなる。
笑いながら見つめ合っていると世界で二人きりになった気がして、落ち着かないのに居心地が良かった。
けれど勿論、この世界にいるのは彼らだけではなかった。それどころかこのショップの中ですら二人きりではなかった。
いつの間にかモーグリを解放し、二人の様子を見つめるバッツも、同じ空間にいた。
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