マッシュから、手紙が届いた。
 マッシュの手紙はいつも、旅の様子や町の様子が書いてあり、町の外の様子や行ったことのない町を想像するのはとても楽しい。それにわたし達を心配性過ぎるあまり少しおかしな事を書いてくるので、面白い人だなと思いつつ、返事を書くたびにいつも心配ない事を説明していた。
 今日の手紙も、やっぱりわたしを心配する文章が綴られている。わたしは苦笑しながら机に座り、ペンと紙を取り出した。


 マッシュへ。
 ジドールという町、噂で聞いたことがあります。確か身分制度が厳しくて、住む場所も階級で分かれてる所だよね。実際に見たわけでもないのに良くないと思うけど、話を聞いて嫌な感じの町だなと思ったのを覚えています。
 でも聞き込みが上手くいってよかった。エドガーは皆を纏めるのが上手いし色んな知恵を持ってるし、頼りになるよね。もちろんマッシュもだけど。
 あ、そうそう、ガウくんから話を聞きました。結構話があっちこっち行ってるし、わたしも纏めるのがそんなに上手くないから分かりにくいかもしれないけど、出来るだけ分かりやすく書いてみました。

 ある日、ガウ君は一人で、使われなくなった炭坑の中を探検していたそうです。
 けれど道に迷ってしまった上に松明の火が消えてしまい、不安のためその場から動けずにいました。どれくらい時間が経ったのか分からなくなった頃、暗闇からぬっと大きな白い影が現れて、ガウ君に近づき、どうしたのかと尋ねてきたそうです。
 道に迷って帰れないと答えたガウ君の手を、白い影はそっと握りました。そして洞窟の奥に歩いて行きました。
 連れて行かれた先はちょっとした居住空間になっていて、ガウ君曰く、「藁の寝床があって、白いものがたーくさん飾ってあった! そいつも、白い毛がたーくさん生えてた!」そうです。その人(?)、全身白い毛で覆われてたんだって。わたし達だったら驚いて逃げるんだろうけど、ガウ君は獣ヶ原で育ったから、違和感無く受け入れたんだろうね。
 とにかくガウ君、「この白い置物みたいなのは何か」と訪ねました。
 すると「洞窟に落ちていた動物や魔物の骨を削って作った彫刻だ」という答えが返ってきました。骨からこんなに色々な細工品が出来るのか、と、ガウ君は心細いのも忘れて感心したそうです。
 気をよくしたのか、相手は「これ、やる。うー」と、手のひらに乗るくらいの小袋をくれました。
 その後炭坑の出口付近まで案内してもらい、ガウ君は無事に帰ってきました。そして例の小袋を開けると、わたし達が貰った骨細工が入っていたそうです。

 まず、今回はたまたま大丈夫だったけど、もし誰も助けてくれなかったり、落盤した場合はとても危険だということを説明し、一人で古い炭坑に行かないよう言い聞かせました。
 無事だったとはいえ、知らない間にガウ君が危険な目に遭っていたことにぞっとしていると、カイエンさんが「助けてくれた相手の名前は分かるでござるか? このような良い品まで頂いて……礼に行かねばならぬでござる」とガウ君に尋ねました。
 ガウ君、残念ながら相手の名前は聞いていませんでした。でもちゃんとお礼は言ったそうです。
 するとその相手、「おまえら、悪い人間、追い払ってる。町、守ってる。その、礼」って言ったらしいの。ガウ君が忠実に再現してくれました。
 きっと悪い人間っていうのは帝国兵で、わたし達がガードさん達と一緒に町を守ってるお礼ってことかな、と思ったけど、実際どうなんだろう。
 まあこれが盗品でなかったことにひとまず安心したのだけど、ガウ君を助けてくれた白い人の正体が気になります。
 白い毛で全身覆われてて、寒い洞窟に住んでるなんて、もしかしたらガウ君が会ったのは雪男かもね。そんなわけないか。

 ガウ君のことは取り敢えず解決したから、お手紙の返事に入りますね。
 ナルシェは男の人も女の人も、ちょっと身なりが変わってるからと言って、マッシュが心配しているように、からかったり意地悪したりするような事はしないです。
 例えばわたし、お世話になっている村長さんの家の隣にある温泉によく通ってるんだけど、ナルシェは寒いから、同じように温泉に行く人が多くて、いつも混雑してるの。
 本当はゆっくり入りたいんだけど、後ろがつかえてるし、何より余所から来た身でのんびり入るのもね……と思い、いつも急いで入ってます。
 それで見張りの時、「仕方の無いことなんだけど、たまにでいいからゆっくり温泉に入りたい」って話をカイエンさんにしてたら、近くにいたガードさんが、「あの温泉なら、夕方日が落ちてすぐに行くか、夜更けだったら空いているよ。行ってみな」って教えてくれて。
 言われたとおり夜更けに行ったら、誰もいなくて貸し切り状態!手足は伸ばせるし、静かでのんびり入れるし、快適でした。
 ナルシェの男の人はそういう風に、さりげない親切をしてくれる人たちです。
 マッシュもこっちに帰ってきたら、一度温泉に入るといいよ。温かいお湯の中で思い切り手足を伸ばすの気持ちいいし、ちょっとした筋肉痛とか傷跡ならすぐ治っちゃうし、最高だよ。



 今回の旅は、ティナの捜索を応援するかのように、恵まれた天気が続いていた。
 それがゾゾに近づくにつれてぐずぐずと崩れ始め、とうとう灰色の空から大粒の雨がぱたぱたと地面を濡らし始めた。ゾゾを目の前にして全くついていない。急遽近くの林にテントを張って雨宿りして雨が上がるのをを待ったが雨は止みそうになく、そのまま野宿をすることになった。火を起こすことも出来ず、テントの中で非常食代わりのお菓子や干し肉をかじっていると、雨の音に紛れて、かすかな鳴き声が聞こえた。
 テントから出ると、見慣れた模様の伝書鳥が雨の中をけなげに飛んでくるところだった。腕を伸ばすと伝書鳥は吸い寄せられるように止まり、羽を畳んでクウ、と挨拶した。
「手紙が届いたのか?」
「ああ、そうみたいだ」
 テントに戻り、兄貴に軽く答えて細い首に下がる筒の蓋を開けた。きっちり、びっしりと書き込んである便箋に幸せを感じながら手紙を読み始めた俺は、また、の身に危険が迫っていることに気付いた。
「……兄貴、俺、ナルシェに戻る」
「は? 何馬鹿なことを言っているんだ」
が危険だ。やばい」
「……落ち着け。何だか分からないがおまえの勘違いだ、間違いなく」
 急に、兄貴の顔に疲労の色が浮かんだ。かつて城にいた頃、精神的に疲れた時によくこんな顔をしていたのを思い出す。
「マッシュ、ちょっと手紙、見せてみろ」
 ロックがひょいと手紙を覗き込み、首をひねったり感心したりした。
「謎の生き物かあ。そんな奴見たことないな……へえ、あの温泉、夜更けに行けばいいのか、覚えとこう。で、あの子はどんな理由で危険なんだ?」
「温泉だ」
「温泉?」
 ロックも、それに兄貴も。二人とも察しがいいのに、どうして彼女の危機に気付かないんだ。
「大抵の温泉には覗き穴ってのがあるらしいんだ。そこを覗けば男湯から女湯が見える……兄弟子が読んでいた本にも、俺が昔立ち読みした本にも書いてあったから間違いない! くっ、こうしている間にもはその変態野郎に風呂を覗かれてるかもしれない……」
「お前ら、何の本を読んでるんだ……って、とにかく落ち着け」
「これが落ち着いてられるか、俺はナルシェに戻る! 兄貴、天気が回復したら伝書鳥をナルシェに飛ばしてくれ!」
 説明する手間も惜しい。兄貴やロックが止める声を無視し、俺は土砂降りの中、ナルシェに向かって駆けだした。


殿、そろそろ日が暮れる。交代の人が来たら町に戻るでござるよ」
「はーい」
 カイエンさんの声でわたしは立ち上がり、離れたところにいたガウ君を呼びに行った。腹が減ったと連呼するガウ君を連れてカイエンさんの元に戻ると、ちょうど交代の人たちが来たところで、短い挨拶を交わした後、お世話になっている村長さんの家に帰ることにした。
 最近は町の人達とも大分打ち解けたし、帝国兵が攻めてくる頻度も以前に比べて大分下がっている。今までは帝国兵と戦う事が多かったけどそれが減った今、わたし達の一日は、直しては帝国兵に壊されてを繰り返し、なかなか手をつけられなかった町の外壁の修理を手伝ったり、雪が沢山降った次の日に、お年寄りしかいない家の雪かきを手伝ったりといった町中での仕事に変わってきている。今日の仕事は、町の周辺を見張りがてら、迷っ町に近づいた魔物や動物を、被害が出る前に追い払う、というものだった。
 少しだけど平和になったように思えて嬉しい。いい気分で空を見上げると、いつもお世話になっている伝書鳥が帰ってくるのが見えた。
「おーい、こっちだよー」
 呼びかけると伝書鳥は地面に上手く着地して、ぶるぶると羽根に付いていた水滴を払った。どこかで雨に降られたのだろうかと考えながら、手紙を取り出したわたしは、思わず素っ頓狂な声を出した。
「あれっ」
「どうしたでござるか?」
「マッシュの字じゃないよ、この手紙」
「……これはおそらく、エドガー殿の字でござろう」
 以前幻獣を守るための作戦会議を立てたとき、エドガー殿が地図に書き込んだ字に似ているというカイエンさんの声にわたしは素直に納得した。流れるような筆跡なのに力強く、マッシュとは違う意味で男らしい字、何よりその字で綴られたわたしへのくすぐったくなるような褒め言葉。確かにエドガーからの手紙に違いない。
「珍しいでござるな。エドガー殿からの手紙とは」
「うん……マッシュに何かあったのかな」
 戦いで無茶をして怪我をしたのだろうか。それとも過酷な旅で体を壊したのかもしれない。マッシュは意外にも子供の頃体が弱く、すぐ熱を出していたとエドガーから聞いた。
 どうか神様、マッシュが無事でいますように。祈るような気持ちで、エドガーからの手紙の続きを読んだ。


 親愛なる
 こうして君に手紙を書くのは初めての事だね。新鮮な気分で、胸がときめいている。マッシュが楽しそうに手紙を書いている理由が良く分かるよ。
 本当ならば文字の力を借りて君の魅力を語り尽くしたい所なのだが、緊急事態のため、用件のみの手紙になってしまうのが残念だ。
 緊急事態というのは我が弟、マッシュの事だ。
 マッシュが伝書鳥から君の手紙を受け取ったのは、急な大雨に降られ、テントで雨宿りをしている最中だったのだが。
 それを読むやいなやマッシュは、君に危険が迫っていると叫び、テントを飛び出して雨の中に消えた。おそらくナルシェに向かったのだろう。あいつの強さは君も知っての通りだし、道中は一本道だったし、行き倒れや迷子になることはないだろう。その点は何も心配していない。心配しているのは、あいつがナルシェに着いてからの事だ。
 マッシュが飛び出してから、君がマッシュに宛てた手紙を読んだ。君は親切なガードの男性が、温泉が空いている時間を教えてくれた事を書いたね。
 普通の人間ならば、ナルシェの民の親切に感謝の気持ちを抱くか、あるいは君達とガードの男性の交流に心が温まる所なのだろう。だがマッシュときたら、男性が温泉の情報を教えたのは、人気の無い温泉に入る君を覗くためではないかと勘違いしたんだ。
 正直どうすればそんな勘違いを起こすのか分からないのだが、そんなマッシュがナルシェに着いたら、君に会うなり温泉の危険を訴え、相手の男の素性を聞き出し、彼を威嚇、威圧、牽制しようとするだろう。そうなったら、折角君達が築き上げたリターナーに対する信頼はあっけなく失われる。
 勿論我々も雨が止んでからすぐにマッシュを追ったさ。だがジドールに着いた途端にセリスが熱を出してしまい、身動きがとれなくなってしまった。
 そこでどうか、面倒事を押しつけるようで申し訳ないのだが、マッシュがナルシェに着くなり見当違いな事をわめいても、ぐっとこらえて何とか説得してほしい。
 この手紙が、マッシュよりも先に君の目に触れることを願って。
 エドガーより



「マッシュが……また、ナルシェに戻ってくるらしいよ……」
「え、何故でござるか!? まだあのティナという娘は見つかっておらぬのでござろう?」
「ほら、前にガードの人が温泉の空いている時間、教えてくれたでしょ? そのことを手紙に書いたの。マッシュがあんまりわたしを心配するから、こんなに親切にされてるから大丈夫だって教えたくて。それがまずかったみたい」
 説明するより読んで貰った方が早い。わたしはエドガーからの手紙をカイエンさんに見せた。カイエンさんは素早く視線を走らせ、困惑した顔に悲壮の色を滲ませた。
殿、件のガードの男性は奥方も娘さんもおられる真面目な御仁だと、手紙に書かなかったのでござるか?」
「書かなかったけど……だって、こんな事になるなんて思わないでしょ? あとあのガードのお爺さん、お孫さんもいるよ……」
「おそらくマッシュ殿の脳内では、手紙の男は陰湿そうな若者のイメージが出来上がっているのでござろうな。しかし……」
「おーい! !」
 カイエンさんは言葉を飲み込み、目を見開いた。わたしも聞き覚えのある声にどきりとした。二人で恐る恐る振り向くと、幾分くたびれた様子のマッシュが、息を切らして立っている。
「マ、マ、マッシュ殿。戻ってきたのでござるか? あ、あの娘はもう見つかったでござるか?」
「いや、まだだ。まだなんだが……気になることがあって、俺だけ戻ってきたんだ」
 この場合、エドガーの手紙で心の準備をしていて良かったと喜ぶべきなのか、いきなり「どうにかしてくれ」なんて言われても困ると怒るべきなのか。
 わたしの考え込んでいる様子を、突然戻ってきた理由を探っているのだと、マッシュは思ったらしい。「のんきに首を傾げている場合じゃないぞ、」とわたしを見据え、「取り敢えず今日は風呂には入るなよ。危険だから」と言い放った。事情を知らなければ驚いて反発し、余計に事態がこじれているところだ。ということはやっぱり、事前に状況を知っていて良かったのかもしれない。
「マッシュ、何か心配してるようだけど、一体何が危険なの?」
が風呂に入るのを、覗いている奴がいるって事だ。俺は君に温泉のことを教えたガードの奴が怪しいと思っている」
 エドガーの手紙通り、マッシュはガードの人の情報を聞いてきた。さすが双子のお兄さんだ、しっかり考えを読んでいる。
「わたしに温泉のことを教えてくれたのは、奥さんも子供さんも、お孫さんまでいるおじいちゃんだよ。年だから戦いには行かないけどガードの人たちの纏め役みたいな立場で、皆に慕われてるの。変な人じゃないよ」
「分かんねえぞ、人は誰でも表の顔と裏の顔があるって言うだろ」
「もう、毎回手紙に書いてるでしょ、皆真面目でいい人ばかりだって。温泉のことも、親切で教えてくれただけだよ」
「ああもう、分かってねえのはだよ! それが罠なんだって!」
 何だか急に疲れてきた。これは会話だけど会話じゃない。話がまるで通じていない。この説得に何時間かかるんだろうと不安になっていると、マッシュが変にさっぱりした笑顔で、わたしを正面から見つめた。
「だからさ、俺、戻る道中考えたんだ。を守るためにどうすればいいのかって。で、結論が出た」
多分、とんでもない結論だ。何故かそんな予感がする。けれど聞くだけ聞いてみよう、そう思ったのが間違いだった。
「どんな結論?」
「俺もと一緒に風呂に入ることにした!」
「へ?」
が体を洗ったり髪を洗う間、俺が隣でしっかりガードするよ。俺がすぐ側にいれば男湯の怪しい気配に気づけるし、奴が男湯から女湯を覗こうにも、俺が邪魔で何も見えない。どうだ、いい考えだろ?」
 言葉を失うという言葉があるけれど、今がまさにその状態だ。何なのこの人。わたしを心配してくれるのはありがたいんだけど、心配のあまり、すごく大事なことを忘れている。
「マッシュ、自分が言ってる言葉の意味、分かってる?」
「ん?」
「知ってると思うけど、お風呂ってね、裸で入るものなんだよ」
「勿論知ってるぞ」
「マッシュは裸のわたしと一緒にお風呂に入るって言ってるんだよ? おかしいでしょ」
「俺は決しての方を見ないようにするから大丈夫だ。それに禁欲も修行のうちだから、が裸だからと言って変なことも考えたりしない。だからは安心して、いつも通りに風呂に入ってくれ」
 戸惑いが羞恥混じりの怒りに変わるのに、そう時間はかからなかった。本当に何なのこの人、信じられない。マッシュは良くてもわたしはそれで良いわけがない。全然良くない!
 エドガーは「ぐっとこらえて」なんて書いてたけど、無理だ。頭に血が上りすぎて、出来ない。

「……ッシュ」
「ん?」
「マッシュ、変態!」
わたしは剣の柄で力一杯マッシュを叩き、その場から駆け出した。


 前略 エドガー殿
 本来ならばエドガー殿が殿に綴った手紙であるから、殿が返事を書くのが筋であるのだが、殿がどうしても嫌だと言うので、拙者が返事を書き申した。堪忍して頂きたい。
 さて、先日頂いた手紙でござるが、無事、マッシュ殿よりも先に届いたでござる。そして殿が手紙を読み、さてどうしたものかと頭を悩ませた正にその時、マッシュ殿が現れたのでござるよ。
 その後どうなったか、正直、書くのも躊躇われるのでござるが、書かねばならぬゆえ書き申す。
 マッシュ殿はなんと、自分も一緒に女湯に入り、殿を一番近くで守ると宣言した。
 湯に入ると言うことは、当然裸でござる。破廉恥極まりないことでござるし、そもそもマッシュ殿が心配しているような覗き事件は起こってもおらぬ。殿はその事を、穏やかに伝えた。
 ところがマッシュ殿は、お互い裸でも何も問題ないと笑った。自分は決して殿を見ないし、見ても決してやましいことは考えないので大丈夫だと。
 拙者、頭が痛くなったでござる。だが年長者の責任として、マッシュ殿を諫めようとした。マッシュ殿の行動は何もかもが間違っていると、言いたかったでござるよ。
 だがその前に、殿が切れたでござる。
 最低だと叫んだ後、剣の柄でマッシュ殿を峰打ちにし、その場を去った。マッシュ殿は気絶し、やがて目覚め、慌てて謝りに行ったが後の祭りで、殿は口も聞かず顔も合わせなかったでござる。夕食もわざわざ時間をずらして摂るほどの徹底ぶりでござった。
殿は決して短気ではない。むしろ気質は穏やかで、ガウ殿が何かいたずらをしても、根気強く諭すように叱る。その殿があんなに怒るのは、正直見たことがない。
 マッシュ殿はすっかり元気をなくして、話しかけても話しかけてもぼんやりしておる。たまに動いたと思ったら発狂したように大声を出すしで、ガウ殿はすっかり怯えてしまい、夜しか眠れない有様でござる。
ああいう様子を子供に見せるのは良くないと思うでござるが、取り敢えずはこの辺で止めておくでござる。マッシュ殿がまた叫び始めたので、村長殿に追い出されないうちに早く落ち着かせねばならぬのでな。若いおなごの機嫌を直す方法なんぞ拙者には分からぬし、マッシュ殿を押さえるのも一苦労でござるし、全くどうしたら良いのでござろうか。
教えてくだされ、エドガー殿。



「俺が知るわけ無いだろう……」
見つからないティナ、進まない旅路、崩壊寸前のナルシェとの絆、それに身内の不祥事。どうすればいいのか、こちらが教えて貰いたいくらいだ。
エドガーは増え続ける頭痛の種に絶望を覚えながら、強くこめかみを押さえた。
傍らの伝書鳥だけが、のんきに餌を啄んでいた。


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