氷漬けの幻獣と共鳴した後、奇妙な姿に変化してどこかに飛び去ったティナ。
それぞれに動揺を隠せない中、いち早く落ち着きを取り戻した兄貴とバナン様の指揮のもと、ナルシェでの待機組、ティナ捜索組に別れて行動する事になった。
ナルシェに待機することになったのは、帝国と何度も戦った経験がありその戦法を熟知しているカイエン。籠城戦の経験者でもある。
次いで、魔物特有の技を自在に操り、子どもながら帝国兵を混乱に陥れたガウ。寒いのが苦手らしく不服そうだったが、カイエンも一緒に残ると聞いて機嫌を直した。
そして、雪原という足場の悪い場所を誰よりも素早く動き回り、撹乱と苦戦している仲間のフォロー、帝国兵の生け捕りに貢献した。捕虜になった軍曹から無理矢理聞き出したケフカの動向は、今後の計画を立てるのに大いに役立った。
ティナを捜索する事になったのは、元帝国将軍でティナ同様に魔法を使えるセリス。魔導の力を持つ者同士、磁石が引き合うように、ティナが近い場所に居ればすぐに分かるそうだ。
そしてロック。裏切り者として追われる身となったセリスに記憶がないティナ、二人を守ると誓ったからというのが理由だが、伝説の秘宝の手がかりを求めての同行でもある。
さらにフィガロ城を動かす権限を持つ兄貴が名乗りを上げた。リターナー本部に向かって以来ろくに城に戻っていない事もあり、様子が気になって仕方ないようだ。
そして俺は、ティナ捜索組に加わる事になった。
捜索の旅は途中までは非常にスムーズだった。俺はと手紙のやり取りをし、ナルシェの様子を確認しながら先を急いでいた。
だがある日、の手紙に男の名前が出てきた。仲良くなった家政婦さんの息子だという。は気付いていなかったが俺は気付いた。の身に危険が迫っている事に。
俺は渋る兄貴たちを説き伏せてナルシェに引き返し、の貞操を守る事に成功した。
……だがそれは、勘違いだった。
まずの口から、自分と息子さんはマッシュが思っているような関係ではないという言葉が飛び出し。
それでも疑っていると、からの手紙を見た兄貴が「この文面のどこで彼女の危機を感じたのか全く分からない」と首を傾げ。
カイエンがおずおずと「マッシュ殿、何か誤解をしているのでござらんか?」と尋ねてきて。
俺は自分の勘違いにようやく気付いた。その後は兄貴とロック達から延々と説教され、セリスとカイエンはどこか気の毒そうにそれを見守り、ガウは「おれ、友だちと雪遊びしてくる!」と外に飛び出そうとし、事の発端であるは「もう夜でしょ! 駄目!」とそれを追いかけた。
甘んじて叱責を受けるしかなかった。俺一人の勝手な行動で、ティナ捜索の旅が振り出しに戻ってしまったのだから。
次の日俺達はまたナルシェを出発し、フィガロ城経由でコーリンゲンに到着した。
へ。
元気か?ナルシェのガードにいじめられたりしていないか?魔物に手こずっていたりしないか?もしいじめられていたらそいつの名前と顔、ナルシェのどの辺に住んでいるのか覚えておいてくれ。必ず敵は討つ。手こずった魔物がいたら無理せずにすぐ逃げろ。魔物によっては毒を持っていたり、死んだふりをする奴もいるから、深追いは禁物だぞ。
俺達は今、フィガロ城を出て、コーリンゲンに着いた所だ。コーリンゲンはロックの故郷で……って、これは前に書いたっけな。サウスフィガロやの故郷のニケアに比べれば田舎だが、いい所だぞ。こういう時でなければのんびりしたい所だ。
着いたのは夜だったから、今夜はここで一泊して、明日ジドールに向かう予定だ。まあ一度通った場所だし、どんな敵がいるかも把握済みだから気楽ではあるが、油断は大敵だ。気を引き締めないと。
も、ナルシェにいるからって気を抜くんじゃないぞ。魔物ってのは町の外にいるとは限らないからな。
もしどこかに行った帰り――例えば道具屋とか武器屋とか――町の男に「夜道は危険だから送ります」なんて言われても、断ってカイエンやガウの迎えを待つようにしろよ。
男ってのは簡単に狼になる。そのことを忘れちゃいけないぞ。
マッシュへ。
手紙をありがとう。返事が遅れてごめんね。
こっちは昨日までずっと雪が降っていて、凄く寒かったです。とても伝書鳥を送り出せる天気ではなくて、雪が止むのを待っていました。マッシュのいるところはナルシェよりは暖かいと思うけど、この子が着いたらゆっくり休ませてあげて下さい。
ナルシェのガードさんは皆、いじめるどころかとても親切です。最初はわたし達のせいで帝国に目をつけられた、みたいに言う人もいたんだけどね。
これまでもナルシェでは帝国の襲撃がちょこちょこあって、ガードの人達の負担が大きかったらしいの。でも帝国兵と戦った経験のあるカイエンさんがガードの人達と一緒にナルシェの地形を利用した戦法を考えて、少ない人数と時間で返り討ちに出来たり、わたしが生け捕りにした帝国兵から引き出した情報でナルシェ周辺にいる帝国軍の規模が分かったこともあって、大分負担が減ったそうです。そういう経緯もあって、わたし達やリターナーに協力的になっているように感じます。町の人達も親切だし、仲良しのお友達も出来ました。
あ、そうそう。
ナルシェは夕方には殆どのお店が閉まって、夜でも開いているのは酒場くらいです。夜は冷えるから出歩く人もいないってことで、お店も早く閉まるそうなんだけどね。だからわたしも7時以降にはもう村長さんのお宅に帰ってます。出歩いているのは酒場に行く人と、夜警のガードさんくらいかな。
あと、ナルシェには温泉があって時々入りに行くんだけど、その時と夜に用事があって外出しないといけない時は、カイエンさんかガウ君に付き添って貰ってるので安全です。
だからナルシェで夜道の危険はないです。安心して旅を続けてね。
追伸:ガウ君が是非マッシュに届けて欲しい物があると言っていたので、手紙の中に一緒に入れておきます。
動物の骨を加工してあるらしいんだけど、凄く繊細で綺麗でしょ。わたしも同じものを貰ったので、紐を通して首飾りにしています。
何事もなくて良かった。
ジドールの宿屋の一室で、久しぶりに届いた手紙を読み終えた俺は安堵のため息をついた。返事が来なくて心配だったが、そういう事情なら仕方ない。
「お前も寒い中、大変だったな」
窓辺で大人しくしている伝書鳥の羽根をそっと撫でる。クウ、と返事するように鳴くのが可愛い。袋から餌を多めに皿に出してやると、鳥は小首を傾げるような動作をしたあと、無心に餌をついばみ始めた。
へ。
手紙、届いたぞ。なかなか返事が来ないから、何かトラブルでもあったのかと心配だったよ。
ナルシェは雪が続いてたのか。こっちはずっと晴れていたから、そんな天気だとは思ってもみなかった。伝書鳥は手紙に書いてあったとおり、部屋を温かくして休ませた。頑張ってくれたから餌も少し多めにあげた。安心してくれ。
ナルシェの人達と上手くやっているみたいだな。きっと達の頑張りが伝わったおかげだと思う。兄貴やロックに代わって礼を言わせてくれ。ありがとな。
それに夜道での危険がないと知って安心した。暗い夜道を一人で歩くのがどれだけ危険か、書いても書いても書き尽くせないからな。
ああそれと、町の人と仲良くなるのはいいことだ。仲のいい友達が出来るのもいいことだ。だが相手に慣れる事で、が警戒を怠るんじゃないかと少し心配でもある。
その仲良しの友達に「どこかで二人きりになろう」なんて言われても、うかうかついて行くなよ。笑顔の裏に下心を隠して近付くのが男ってもんだからな。
いいか、ナルシェの男は誰ひとり、信用するな。
追伸:ガウからの贈り物、確かに受け取った。
雪の結晶みたいな形で綺麗だな。ガウはこれ、どこで手に入れたんだろう。もしかすると高価な物なんじゃないか?
まさかどこかのお宅から持ち出した……なんてことはないだろうが、どういう経緯で手に入れたのか、すごく気になる。
は首飾りにしたのか。じゃあ俺も、これを首飾りにするよ。そうすれば失くさないし、それにとお揃いになるし。
同じアクセサリーを身に付けてるなんて、俺達まるで……いや、何でもない!
「まるで恋人同士みたいだ、なんて書けるかよお! 照れるだろ! あーでも書きてえ!」
抑えきれない気持ちを持て余し、頭を掻きむしったり机をバンバン叩いたりしていたから、気付かなかった。
風呂上がり、背後から様子を伺っていたロックが、驚愕と憐みの入り混じった目で俺を見ていた事に。
マッシュへ。
今日伝書鳥が無事に戻ってきました。この子を休ませてくれてありがとう。寒い天気に送り出したから不安だったけど、元気に戻ってくる姿を見て安心しました。
手紙を読んで、マッシュには悪いのだけど、思わず笑ってしまいました。でもわたしの書き方が悪かったかもしれないね。
前に書いた仲良しのお友達というのは、ナルシェの入り口にある初心者の館で働いている女の子です。ほら、わたし達も一度立ち寄って回復させて貰ったでしょ?あそこ。夕方、村長さんの家に帰る途中、野犬に追われている彼女を助けたのがきっかけで知り合いました。
その子、初めて旅をする人に戦闘のやりかた、武器や防具の装備のしかた、旅の記録の付け方を教える仕事をしているらしいの。
旅の役に立つ情報をたくさん知っていて勉強になるし、凄く仕事が好きなのが伝わってきて、わたしもいい刺激を受けています。だから休みの日に遊びに行く時は、大体あの子が一緒です。
ちなみにわたし、この町の男の人に「どこかに二人で出かけよう」なんて一回も言われた事がありません。お友達に聞いたら、ナルシェの人達は真面目で無口な人が多く、軽々しく女の人に声をかける事は無いそうです。だから安心してね。
ちなみにガウ君が貰ってきた骨細工ですが、本人にどうやって手に入れたのか聞いてみたのだけど、はぐらかされてしまいました……。
カイエンさんなら何か知っているかと尋ねてみたら、カイエンさんも前に似たような物をガウ君から貰ったとのこと。失くさないよう首からぶら下げているそうで、見せて貰ったら、確かに同じものでした。ちなみにガウ君も同じものを首からぶら下げていたそうです。
カイエンさんはてっきりわたしが買ったものをガウ君に分け、それを自分にくれたのだと思っていたらしく、この細工の出所がはっきりしない事に驚いていました。
気になるので、今夜二人で問い詰めてみます。
「はは……そっか……皆でお揃い、なのか。と俺と、カイエンとガウ、ね。はいはい。はは……」
ガウが俺とに同じ物をプレゼントして、カイエンだけ除け者者にするなんて有り得ないじゃないか。それなのに手紙を読んだ途端、酷く落胆したのは何故だろう。
宿屋でため息をつき、食事中もため息をつき、風呂に入ってもため息をつく俺を、兄貴がずっと物言いたげに見ていた。
「何だい兄貴、さっきから俺の顔ばかり見て」
「…………何でもない」
へ。
そうか、お友達は女の子だったのか。勘違いしてしまって、何だか恥ずかしいな。
ジドールでの聞き込みは、なかなか思うように進まなかった。コーリンゲンで聞いた話では、確かにこの町の方角に飛んで行ったらしいのにな。
ジドールという町は身分の壁が凄く、閉鎖的な一面がある町だ。市民からは余所者が町を嗅ぎまわっていると警戒され、貴族からは話さえ聞いて貰えない日が続いた。
俺達は作戦を変更して、金持ち連中への聞き込みはこの町に何人か知り合いもいる兄貴と、女性という事で相手の対応が良くなるのを期待してセリスがすることに、店や飲食店なんかの聞き込みは、見た目で警戒されなさそうな俺とロックがする事になった。
この作戦は兄貴が立てたんだけどな、驚くほど上手く行ったよ。あれだけ苦労したのが嘘みたいにたった半日で「不思議な生き物がゾゾの町に向かって飛んで行った」という情報をいくつも入手したんだ。凄いだろ、兄貴は。
そういう訳で、明日にはここを発ってゾゾに向かう。ゾゾという町はジドールを出て行った人達や、流れ者、ならず者が集まって出来た町らしい。ジドールとは違う意味で苦労しそうだ。
旅の行く末も気になるが、ガウの事も気になる。この骨細工、どこから手に入れたものなんだろう。
ところで、相手の男が口に出して誘ってこないからと言って、安心するのはまだ早いぞ。
は普段はカイエンやガウと一緒にいるし、休みの日はその女の子と遊んでいるだろ?一人でいることが少なくて声をかける機会がないだけで、本当はみんな、と近づきたいのかもしれない。
俺の事を心配性だと、はまた笑うかもしれない。だけどみたいにかわ……かわった武器や防具の子は目立つから、警告せずにはいられないんだ。
いいか。男が近づいてきたら、全力で警戒しろ。常に間合いを計り、いつでも逃げられるようにしておけ。決して隙を見せるんじゃないぞ。
ゾゾに向かう途中、野宿の準備を終えて一息ついていたセリスは、向かいに座っていたマッシュが夢中で手紙を書いているのを見て、手紙のやりとりとはそんなに楽しいのかと興味を持ち、いけないと思いつつ、彼の背後に回ってこっそり文面を盗み見た。
「みたいにかわいい」と一度書いたのを、無理矢理「かわった」と書き直した跡があった。それに続く彼の警告を読み、これほどまでに過保護な男が世の中にいるのかと、密かに戦慄した……。
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