セッツァーが古の魔物デスゲイズとの戦闘後、一息ついていた時だった。
 唐突に、これまで経験した胸糞悪い出来事すべてを集めたような気分になった。周りが嫌になり、自分も嫌になり、考えるのも生きるのも、とにかく何もかもが嫌でどうにかなりそうだ。魔法での戦いに不慣れだった頃にデスの呪文を食らいかけたことがあるが、これはその時の感覚に似ている。
 だがほんの一瞬で絶望感は消えた。周りを見れば他の皆も不思議そうに首を捻っている。ただ一人、デスゲイズの前を歩いていただけ、様子がおかしかった。
 ひどく震え、辛うじて立っている。やけに絶望的な表情をしていて、心配になって近寄ろうとした瞬間、崩れるように倒れた。
 「おい、どうした!」
 駆けよって抱き起こし、その体の冷たさに驚いた。顔は血の気が無く意識も朦朧としている。とっさにデスゲイズを見やると、僅かに開いた口から魔力を含んだ淡い光が漏れていた。最期の力を集めているのか、徐々に魔力が強くなる。考えるよりも早く投げたダーツが眉間に刺さると光は消え、魔力の気配も薄れ、やがて完全に消えた。だが腕の中のは意識を失ったのか、ぴくりとも動かない。
 「ストラゴス!の様子がおかしいんだ」
 遅れて駆けつけたストラゴスが「レベル5デスにやられたか…」と呟いた。
 「レベル5デス?」
 「お主ら、今のレベルはどれくらいじゃ」
 唐突に聞かれ、皆は戸惑った。というのもほとんどの者が自分のレベルを正確に把握していなかったのだ。勿論呪文でレベルを調べる事は出来るが、いちいちかけ合うのが面倒というのもあって、大体は力、守り、素早さが以前より増したかどうかとか、覚えた技の威力で強さを測っている。だからストラゴスの質問には「42か43」とか「大体45から50の間」とか、曖昧な答えしか返ってこなかった。
 「人も魔物も、全ての生き物は強さの度合いが数値化されておるゾイ。お主らもライブラをかけるから分かるじゃろ」
 皆が頷いた。
 「デスゲイズは特殊な呪文を使うんじゃ。それがレベル5デス。レベルが5の倍数の対象を死に誘う…はたまたま、レベルが5の倍数だったんじゃろう」
 「じゃあ…はどうなるんだ」
 一同がざわめく中、セッツァーは叫んだ。こんなことってあるか。どんな気持ちでキスなんかしてきたのか聞きたかった。俺がどう思ったのかも知って欲しかったのに。何もかも放り出して逝ってしまうのか。
 ストラゴスは額に汗の玉を浮かべながら取りだしたフェニックスの尾に魔力を込めた。魔力は羽根に吸い込まれ、明るく輝く。
 「本来なら助からん。が、お主が奴にとどめを刺したおかげで呪文は不完全じゃ。まだ間に合うゾイ」


 は真っ暗闇の中、ぽつんと立っていた。
 こんな所にいる理由が分からず、とても寂しくて悲しくて虚しい気持ちで一杯でいると、人の話し声が聞こえた。内緒話をしているかのように小さな声で、一体どこから聞こえるのだろうと首を動かした所で目が覚め、また驚いた。心配そうな顔をした女性陣がを見下ろしていたのだ。
 夢の中の小さな声は彼女らのものだったのか。納得しながら起き上がると、三人の表情が緩んだ。
 「、本当に良かった。どこか痛いところは無い?」
 「痛む所は無いけど…あの、わたし、どうしてベッドにいるの?」
 「は知らないだろうけど、あの後大変だったんだから」
 セリスが身を乗り出してきた。
 「デスゲイズが最後の最後に魔法を使ったの。レベル5デスっていう魔法、それを食らってあなた倒れたのよ」
 「レベル5デス?」
 「ジジイが言うには、レベルが5の倍数の生き物にだけ効果がある死の呪文なんだって。は死ぬ所だったんだよ!」
 リルムが教えてくれたのは、恐ろしい事実だった、倒れる前の、身体の中で膨れ上がる絶望感はそのせいだったのか。鳥肌が立って両手で体を抱きしめると、急に生きている実感がわいてきた。
 「危ない所だったんだ…ありがとう、みんなで助けてくれたんでしょ?」
 リルムは首を横に振った。
 「お礼ならセッツァーに言いなよ」
 「えっ」
 「セッツァーが、の様子がおかしいって最初に気付いたの。そのあとデスゲイズが呪文を唱え終わる前に止めを刺したから、呪文は不完全だったの。それで助かったんだってさ」


 その頃セッツァーは、さっきの部屋で酒を片手にごろごろしていた。
 煙草も吸おうかと思ったが止めた。は煙草の臭いに弱い。今頃はベッドで大人しく寝ているはずだが、何故か彼女がここに来るような気がして勝手に待っていた。
 だらだらと酒を飲みながら思い出していたのは、と出会った時のことだ。


 初めて顔を合わせた時、明らかに彼女は怯んだ。傷だらけの顔を恐れたのか、元々臆病な性質なのか。ともかく目が合うと「、と言います。よろしくお願いします…」と頭を下げた。
 おどおどして世間知らずな雰囲気がぷんぷん漂っている。セッツァーは彼女の素性を「大きな町の町長や権力者の娘」と推測した。理由はカジノの客である町長や権力者と付き合う中でその娘とも話す機会があり、の雰囲気はそういった娘たちによく似ていたからだ。彼女達は品よく礼儀正しく、大抵は容姿も整っているが、なにしろ大事に育てられた箱入り娘なので、恐ろしいくらいに素直だ。だからセッツァーの乱暴な物言いに涙ぐんだり本気で怒ったり、逆にその場しのぎの心にもない世辞を真に受けて、熱い想いを綴った手紙をよこしてきたりする。面倒くさく馬鹿らしく、身近にいて楽しい種類の人間ではない。
 幸いはそこまで繊細な性質ではなかったが、出会った当初の雰囲気と普段の覇気のなさから、多少の軽蔑を込めて, 「いいとこのオジョーサマが自分の都合で、あるいは流されるままに仲間に加わった」と結論付けた。成り行きで仲間になったとはいえ個人的な興味など全く持てない相手、あけすけに言えば馬鹿にしていた相手だった。


 人間相手に喧嘩したことは何度もあるが、魔物相手に戦った事は一度もない。新しい仲間と行動するようになってからというもの、魔物が繰り出す未知の攻撃に怯み、かわすのがやっと、時にはかわし損ねて傷を負う日々が続いた。周りを見れば、それぞれに覚えた特技で互角以上に戦っている。自分が皆の足を引っ張っている事実は非常に屈辱的だった。
 だがさすがに…と、未だに一緒に戦った事のないをちらりと見た。このガキよりは強い筈だ。
 根拠のない優越感に浸っていたある日、と一緒に探索に行く日がやってきた。深い森の中をマッシュ、、セッツァー、エドガーの順に並んで歩いていると、突然マッシュが身構えた。近くの茂みから現れたのは野犬の群れだ。7、8匹といったところか。魔物でないのならどうという事は無い。セッツァーは早くも油断し、悠然とダーツを構えた。
 ところが予想外の事が起きた。彼がダーツを投げる前に、頭上すれすれを炎の球がかすめたのだ。
 「うおっ!?」
 認識が甘かった。こいつらは犬などではない、犬の姿をした魔物だ。
 体を強張らせたセッツァーに、魔犬はまた炎の球を吐き出した。避けようにも足が動かず火傷する覚悟で目を閉じたが、思ったような熱はいつまでもやってこず、かわりに突き飛ばされる衝撃を感じ、地面に倒れた。
 恐る恐る開いた目に飛び込んできたのは魔犬に剣を突き刺すの後ろ姿だった。喉元から剣を抜いた勢いのまま反対方向に飛び別の魔犬の鼻先を斬ると、魔犬は甲高い声を上げて後方に飛び、森の奥に逃げた。その隙には腰に携えている短剣を抜き、セッツァーの背後に向かって投げた。はっとして振り返ると大きな魔犬がいつの間にか背後に迫っていて、噛みつこうとした姿勢で息絶えるところだった。
 一連の動きが彼には、が魔物のまわりを弾むように飛び回り、時折気まぐれに剣を突き刺しているように見えた。けれど鋭い爪に一度も捕まることなく、剣は確実に急所を突いている。魔犬は次々に絶命し、辺りには死体が重なっていった。殺し合いの場だというのに、いや殺し合いの場だからこそ、軽やかで柔らかな動きは場違いすぎて、彼女から目が離せなかった。見惚れていたと言ってもいい。
 その後も戦う姿を見続け、彼女が弱いどころか自分より遥かに強いと知ったセッツァーは、俄然彼女に興味がわいた。
 彼は腰抜けが嫌いで、度胸のある奴と気が強い美女が好きだ。普段は臆病な少女でありながら、複数の魔物と互角に戦う度胸と強さをつは、一気に彼のお気に入りに昇格したのだった。
 お気に入りと言ってもセッツァーのそれは恋愛感情ではなかったが、とにかくこの日以降、二人は良く話すようになった。は彼が思っていたよりも馬鹿ではなかったから、話して退屈しない相手だった。単純な性格で、変に言葉の裏を読まなくてもいいのも気楽で良かった。
 気になったのは、親しくなってからも自分について何も話さなかったことだ。特に聞きもしなかったから、結局彼女の素性を知ったのはかなり後、しかも直接ではなくマッシュとカイエンの会話を盗み聞きしてからだった。
 予想通り、彼女はいいとこのお嬢さんだった。ニケアの貴族の娘らしい。だが彼の知る「お嬢様」は、家や親の事を隠さず、むしろ親の権力や財力、或いは由緒正しい自分の家柄だとかを誇らしげに話す。セッツァーはそれを、自分に誇れるものが無いから家やら親やらで箔を付けるのだと思っていた。だから見るからに自分に自信の無さそうな彼女が素性を語らないのは、少し妙だった。
 一度「お前、なんで家出したんだ?実家金持ちなんだろ」と聞いてみたことがある。
 は明らかに戸惑った後、「少しでも強くなりたかったから」と笑って、その場から去ってしまった。逃げられたと気付いたのは、その後同じ話をすると故意に話題を変えられたり理由を付けてその場を離れたり、を繰り返されてからだ。彼女には、重い物など持った事も無い生活から、剣を手にして強くなりたいと願うだけの過去と秘密があるのだろう。
 セッツァーにも胸の奥にしまっておきたい過去がある。他人どころか親しい仲間にも出来れば触れて欲しくない、突然に終わった青春の思い出だ。
 だから事情を察して何も聞かないことにした。親しき仲にも礼儀あり、だ。


 仲間としていい距離感を保っているつもりだったから、キスされた時は心底驚いた。間違ってもそんなことをする奴だとは思わなかった。
 本人が帰ってからも唇を撫でながら呆然としていたが、だんだん復讐心が芽生えてきた。キスした事はあるが、された事など一度も無い。女を翻弄した事はあるが翻弄された事も無い。色気のある美女ならともかく、あんな子ども子どもしたに振り回されるなど、彼のプライドが許さなかった。
 ちょっかいを掛けたことを後悔させてやることにした。大人をからかう小娘には、お仕置きが必要だ。
 ところがだ。食堂に遅れてきたはセッツァーを見るなり赤面し、一つだけ開いていた彼の隣の席にぎこちなく座った。仕返しを恐れているというよりは、ひたすら恥ずかしがっているように見える。あの出来事を性質の悪いいたずらだと思い込んでいたセッツァーは、もしかするとこれはもっと色気のある事情が隠れているのかもしれない、と想像した。
 「なあ…」
 何を聞くかも決めないまま隣に声をかけたセッツァーは、ひたすら夕食を食べているの睫毛が、影が出来るほど長い事に気付き、どきりとした。そのせいで目元が物憂げに見え、妙に色気がある。どういうことだと困惑しながら観察してみれば、肌はきめが細かく艶やかで、唇の形もいい。手入れをしているのかしていないのか、戦い続きの日々のわりに髪も傷みが少なく、動くたびにさらりと音がしそうな滑らかさだ。忘れていたが彼女はセリスと同い年か少し上だという。 今までは幼い性格のせいでそんな年には見えなかったが、改めて見てみると、なかなかに将来性のある容姿をしている。
 普段下らない話をしてたのは、今俺の隣に座っているのは、十分に俺好みの女だった、ってことか。
 気付いたセッツァーの目に、はもう、子供には見えなかった。


 小さなノックの音がした。返事を待たずに扉は開き、がひょい、と顔を覗かせる。
 「……動いても大丈夫か?顔色悪いぞ」
 「大丈夫。ちょっと、頭がくらくらするだけ」
 は部屋に入り、セッツァーに歩み寄った。足元がふらふらしていてどうもおぼつかない。「全然大丈夫じゃねえだろ。いいから座れ」とベッドを指差すと、「へへ、目が回る」と言いながら大人しく腰を下ろした。
 「まだ寝てた方がよかったんじゃねえか?」
 「うん、でも死にかけてたのを助けてもらったって聞いたから、じっとしていられなくて」
 「別に、礼なんかいらねえよ」
 「勿論お礼も言いたかったんだけど」
 掠れた小さな笑い声が、やけに色っぽい。
 「嬉しかったの。セッツァーに助けてもらって。わたしのこと気にしてくれてるんだ、って思えたから」
 視線を酒の入ったグラスに落としていたセッツァーは、弾かれたようにを見た。



 聞いているのか聞いていないのか、グラスばかり見つめていたセッツァーが、勢いよくこちらを見た。
 逃げ出したいくらい恥ずかしい。けれど死にかけたと聞いたとき、が感じたのは恐怖よりも、気持ちを伝えなかったことへの後悔だった。ここで無かった事にしてしまったら、きっとまたどこかのタイミングで酷く後悔する。
 もうあんな思いはしたくない。好きだと言いたい。セッツァーをまっすぐ見つめ返したは、そういえば今までずっと、彼の横顔しか見てこなかったと気付いた。飛空挺を操縦する真剣な横顔が好きだった。別の女性と楽しく話す横顔にもやもやしていた。敵が強ければ強いほどに浮かぶ不敵な笑顔も、ほとんど横顔でしか見たことがなかった。
 薄い傷跡が幾つもついた、不機嫌そうな――不機嫌の理由を聞いたら地顔だと返された――整った顔に、狼を連想させる銀色の髪と紫の瞳。正面で見ると頭がくらくらするほど魅力的だったのか。見つめられるとこんなにも、体が熱くなるくらいに。
 知っていたことを再確認した。やっぱりセッツァーはとても素敵だ。そりゃそうか、そうでなければ最初から好きになっていない。
 「今日は助けてくれてありがとね。あと、わたしやっぱりセッツァーが好き」
 セッツァーは目を見開き、ふう、と大きなため息をついた。腕を伸ばしてきたので、拒絶される事に怯えながら体を寄せると、少し煙草臭い胸の中に招き入れられた。拒まれなかった安堵と嬉しさと緊張で硬直していると、いつになくもごもごしたセッツァーの声がする。
 「え、何?」
 「…俺は、キスした事はあるが、されたこたぁ一度もねえ」
 「そうなんだ」
 「口説いた事も口説かれた事もあるが、告白された事だってねえんだよ」
 「でも、昨日はすっごくもてたみたいなこと言ってたじゃない」
 「火遊び相手として重宝された、ってことだ」
 「火遊び?大人でも火遊びするの?」
 「は?むしろ大人が火遊びするもんだろ」
 昔故郷にいた頃、近所の子どもが火遊びをしていて大人に怒られるのを時々見ていたは、火遊びというのは子どもの危険ないたずらだと認識していた。そう言うと「……ガキ」と言われてしまい、むっとして上目づかいで睨みつけた。セッツァーは睨み返すことも馬鹿にしたように笑うことも無く、淡々と「大人の火遊びってのは、その場限りの恋愛ごっこ、みたいな意味もあるんだ」と教えてくれた。
 「へえ…知らなかった」
 要するに彼が言っているのは、ちやほやされるのに愛された事は無い、ということだろうか。首をかしげながら考えていると「だからよ」と、消え入りそうな声がした。
 「昼みてえにいきなりキスしてきたりよ、今みてえに直球で好きだとか言われたりよ、そういう事に俺は全く免疫がねえんだ」
 元々の、血色の悪い顔にうっすらと血の気がさした。
 「免疫が無いから、完全に参っちまった。心を奪われるってのは良く言ったもんだな」
 廻りくどい言い回しの意味をひとつひとつ考えて、ようやく気付いた。
 「好きってこと?」
 「好きってことだ」
 今まででも十分熱かった顔が、ますます熱くなるのが分かった。動揺するを見て返って冷静になったのか、セッツァーがいつもの、意地の悪い笑みを浮かべて顔を近づける。キスするんだ――と目と口を閉じて、びくびくしながらその瞬間を待ったが、ちゅ、と小さな音を立てたのは予想に反して頬だった。
 「お前、もう部屋に帰れ」
 「え、なんで頬なの?」
 「具合悪いだろ。まだ顔が青い」
 「大丈夫だよ、それよりなんで頬なの」
 セッツァーは積み上げた本の上に置いているグラスの中の液体を、ゆらゆらと見せつけた。
 「酒飲んでたんだよ。お前酒飲まねえから、唇にキスしたら匂いで酔うだろ。ただでさえ具合悪いってのに」
 「それは…でもさ…」
 「それともここで寝るか?ま、寝るっつっても一晩中寝かさねえけどよ」
 「かかかかか帰ります」
 勢いよく立ち上がりすぎてくらくらするのを我慢しながら、は足早に部屋を後にした。


 「あー、やべえ」
 足音が遠くなるのを聞きながら、セッツァーはベッドに寝そべった。
 今日は初体験ばかりで、正直戸惑ってばかりの一日だった。いきなりのキスも、そこから思いがけなく始まった恋も、古代の魔物と まさかの死闘も、特にこんな風に、彼女を大事に思う気持ちが膨れ上がっていくことも。
 体が本調子でないのは知っていたが、せっかくこうなったのだから、恋人らしいキスの一つもしたかった。の具合が悪くなければその先まで進んでも良かった。
 けれど、セッツァーを待っているその肩は可哀相なくらい震えていた。目は怖いのか緊張なのかぎゅっと閉じられていて、色っぽく半開きにすればいいものを、唇まできつくかみしめている。怖がっているのだ。
 少しでも受け入れる素振りを見せれば構うことなく事に及んだかもしれない。だけどは今まで相手にしたどの女よりも幼く、真剣だった。迂闊に手を出すと真剣な想いを踏みにじってしまう気がして、結局何も出来なかった。それに気付くと今度は変に緊張して、自分に激しく動揺した。恋愛経験はそこそこあるのだから、今更尻ごみする訳が無いのに。
 「あー、いらつく」
 とこんな関係になる直前、苛立ちながら吐き捨てた言葉を、今はため息まじりで呟いた。
 「免疫なさすぎて、どうしたらいいかわかんねえよ…」

 恋愛の上澄みを掬うような火遊びばかりしてきた。そのつけが回ってきた。
 本気のキスに心を打ち抜かれたセッツァーの、本気の恋は始まったばかりだ。


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