★★★ご注意★★★
ここから先にあるのは、「生理」を取り扱った小説です。
内容自体は18禁でも何でもないのですが、人によってはデリケートなテーマだと思われます。
なので、抵抗のある方は戻られる事をお勧めします。
問題ない!という方は下にお進みください。
の秘密を偶然知った事は、エドガーに思わぬ変化をもたらした。
あの一件以来、エドガーは、の僅かな変化に聡くなった。彼女の顔色、就寝や起床の時間、日中の過ごし方、食事の際に好んで食べるものなどを観察するようになってしまったのだ。
だから彼女が月に一度、様子がおかしくなることを発見するのに時間はかからなかった。
具体的に言うと突然口数が少なくなり、ぼんやりして欠伸を繰り返すようになる。食欲が減って顔色が悪くなるが、甘いものを食べる量は増える。その数日間は極端に早く寝て遅く起き、食べる時以外は部屋に籠る。不審に思って女性陣に尋ねると「本を読んでるから邪魔しない方がいいわよ」とか「繕い物をしてるわ。時間かかるみたい」「なんか具合悪いらしくて寝てる」と、暗に部屋へ行くのをけん制する返事が返ってくる。
あの時もは最初「妙に眠い」と言っていた。その後顔色が悪くなり、動きが鈍くなった。食欲不振の中、林檎だけは食べてくれた(無理に魚も食べさせたが)。
気のせいだと思った。たった一度で彼女の生理周期を把握出来るようになったなど、変態じみている。
そんなある日の夜、全員が談話室に集まった。数日後に探検する洞窟へ入るメンバーを決めるためだ。
すんなり選ばれたのは、トレジャーハンティングで洞窟に入り慣れているロック。不測の事態にも適切な判断をするだろうとのことで、同時に探索のリーダーにも選ばれた。
次に決まったのはストラゴス。未知の魔物と戦闘になったら、彼の豊富な知識と青魔法が役に立つだろう。続いてガウも名乗りを上げたが、探検場所が洞窟と聞いて「暗い、怖い!」と参加を拒否した。
経験者と知恵者が揃い、後は魔法要員と攻撃要員を一人ずつ選べばバランスがいい、とエドガーは考えた。前者はティナ、セッツァー、リルム、後者はカイエン、マッシュ、シャドウが妥当だ。しかしティナとリルムはつい先日の魔物との戦いで無理をして、顔に疲労の色が濃く残っている。セッツァーはその戦いの後調子が悪くなった飛空挺のメンテナンスをするといい、エドガーは気力体力ともに十分だが公務が滞りがちになっていて、仲間達にそちらを優先させるよう説得された。
魔力の高い者は皆探検できる状態ではなく、かと言って攻撃力の強い者を二人入れると、いざという時に回復魔法を使うのがストラゴスのみになり、非常にバランスが悪い。
やがて談話室では、セリス、の名前が上がり始めた。剣、攻撃魔法、回復魔法を使いこなす万能型のセリスに対し、は剣もさることながら特に回復魔法に秀でていて、さらに最近ケアルガ、アレイズなど、皆に先んじて蘇生の魔法を覚えたばかりだ。洞窟では何があるか分からないので、攻めるより守りを重視したい。三人目はカイエンかマッシュ、シャドウから選び、四人目には回復要員でを推そう。そんなことを考えながらエドガーは、ちらりとテーブルの向い側に座る少女を見た。
は、ぼんやりしていた。
いつもなら真面目に話を聞いて、賛成なら何度も頷き、意見があればおずおずと手を上げ、考えながら口を開く。だが今日は目が虚ろで口数は少なく、手で隠している口は、何度も欠伸を繰り返しているのが明白だった。そんな状態でもテーブルの上のチョコレートを食べる手は止まっていない。デザートのプリンを、余った分まで貰って食べていたのに。
気のせいだろうが、念のためだ。エドガーは即座にを候補から消し、手を上げた。
「…私はマッシュとセリスがいいと思う。狭くて暗い洞窟で魔物と戦うなら、接近戦に強いマッシュがいい。セリスは回復魔法も攻撃魔法も使えるし、魔封剣で魔力回復も出来る」
全員がエドガーを見、エドガーはセリスを見た。セリスは頷き、探検に参加する意思を示した。マッシュもまた「おう!任せとけ!」と力強く笑う。
「では、メンバーはロック、ストラゴス、セリス、マッシュ。以上でいいか?」
それぞれが頷いて賛成し、会議はいつもより早く終わった。
会議の後、寝室に消えていく仲間達と別れ、別室に籠って書類に目を通していたエドガーは、空腹を覚えて厨房に向かった。今日の夕食当番だったロックが食事を作りすぎてしまったと騒いでいたので、夜食代わりに頂こうと思ったのだ。
個室から厨房までの通路の途中には浴室がある。男性用の浴室は明かりが消えていたが女性用はまだ明かりがついていた。風呂上がりの女性と鉢合わせして気まずい思いをさせたくない。足早にドアの前を通りすぎたが、壁の向こうの話し声に耳を奪われ、また足を止めた。
「洞窟に行く日話し合ってたよね。もう決まった?」
「ええ。明後日出発するそうよ」
「そうなんだ。気をつけてね」
「大丈夫よ、…ロックが守ってくれるって信じてるから」
とセリスの声だ。これが噂に聞く「ガールズトーク若しくは恋バナ」かもしれない、と会話の内容が俄然気になってしまった。もっと聞こうと壁に耳を近づけると、中からはの含み笑いが聞こえる。
「なんで笑ってるのよ。なんか悪い?」
「悪くないよ。いいなーって思っただけ。わたしも恋愛してみたいなー」
「エドガーがいるじゃない」
急に自分の名前が出てきて思わず声をあげそうになった。口を手で押さえ、さらに耳を近づける。はどう答えるのだろう。
「何、なんで急にエドガーが出てくるの」
「だって、エドガー貴方に特別優しいじゃない?それに今いい雰囲気になってるんでしょ。こないだの探索で何かあったの?」
「え、な、なんでそれを」
「セッツァーが飲んだくれながら話してくれたわ。厨房でいちゃついてたって」
そう言えばセッツァーにはあの時の事を口止めしていなかった。まあ秘密にすることではないだろう。むしろ皆に知れて外堀が埋まった方が、流されやすいがエドガーに靡く確率は高まりそうだ。
「別に…ちょっと困ってたのを助けてもらっただけで…何でもないよ…」
「何か怪しいわね。白状なさい、ほんとは好きなんでしょ。エドガーの事」
「そんなこと………ん?」
「どうしたの?」
「もしかして……あー、始まった…」
「……生理?」
「うん。晩ご飯の時から少しお腹痛くて。そろそろかな、と思ったらやっぱりだった」
やっぱり。
エドガーの頭に浮かんだのも同じ感想だった。やっぱり、あの変化は生理によるものか!
「でも運が良かったわね。メンバーに選ばれて、旅に出てる時に始まっちゃったら大変よ」
「ほんと。先に部屋に帰ってて、薬飲んでくるから。こういう時の為に予備の下着も生理用品も薬も、全部ここに置いてるんだー」
「ねえ…あなた私物置きすぎじゃない?最近、どの部屋に行ってもあなたの物があるんだけど」
乙女の会話はなおも続いていたが、エドガーは厨房に足を進めた。そろそろ切り上げないと会話を聞くのに夢中で我を忘れそうだし、そうなると二人に見つかる恐れもある。長居は無用だ。
「うわ、エドガーいたんだ!気付かなかったよ、ごめんね」
軽く残り物をつまんだ後も、エドガーは厨房にいた。さっき薬を飲むと言っていたのを聞き、が来るだろうと待っていたのだ。予想通り、風呂上りのがふらりと厨房に入ってきた。水差しの水をコップに注ぎ、持っていた小さな薬包の封を切り、水と一緒に一気飲みする。ふう、と一息ついたところでやっとエドガーに気付き、素っ頓狂な声を上げたところだ。
「小腹がすいたから、食べる物を探しに来たんだよ」
「もしかして今まで仕事してたの?もう大分遅い時間なのに」
「ああ。書類が思ったよりも溜まっていてね。なかなか集中出来なくてはかどらないんだ」
エドガーが言うと、は労るような笑顔を向けてきた。
「王様も大変なんだね。わたしに出来る事があったら協力したいけど…特にないよね」
「あるよ」
大きな目が見開かれ、その後ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「え、どんなこと?ほんとにわたしに出来る事なの?」
「君にしかできない事だよ」
「だからどんなこと?エドガーにはいつも助けてもらってるから、出来る事なら何でもするよ!」
子どもらしい好奇心で尋ねる様は、まだまだ幼い少女のように思えた。この少女に、水飴のようにねっとりした官能の味を覚えさせたい。下卑た感情を抱きながらエドガーは薬包を持っていた細い腕を掴み、立っているの身体を抱き寄せた。
「わっ!」
素早く後ずさろうとしたの後ろは流し台で、逃げる事が出来ない。その事に気付いて早くも諦めたのか、ただ腕の中で硬直していた。抱きしめられる際に反射的に滑り込ませた手がエドガーの胸板を押しているので完全に密着するのを防いではいるが、男性でしかも鍛えている彼の体とは違い、の身体は、布越しでも女性らしい丸みを感じる事が出来た。おまけに濡れた髪からは、ほわほわといい香りがしている。今すぐにでも部屋に招き入れたいのを堪え、少しだけ身体を離した。
「では、お言葉に甘えてしまおうか。どうしても仕事がはかどらなくて困っていたんだよ」
「そ、そ、そうなんだ」
「さっき君は自分に出来る事なら何でもする、そう言ってくれたね?有り難い」
身体がびくりと震え、指で軽くなぞった唇が半開きになった。こないだの事を思い出し、同時に女として感じた刺激も思い出したらしく、強張った身体から力が抜ける。密着するのを防いでいた手はただ添えているだけになり、困惑したように「でも」「だけど」を繰り返し始めた。今更ながら自分の言葉をエドガーがどう解釈したのか理解したのだろう。黒髪の隙間から見えた耳が真っ赤になっている。手厳しく突っぱねられたら、或いは困惑しながらでも断られたら、大人しく引き下がろうと思っていた。が、この歯切れが悪いばかりで拒否はしない態度はどうだ。
これは、押せばいけるかもしれない。
だけど、押し過ぎてもいけない。大胆に、慎重に。
まずは大胆に、の頤を掴んで顔を上に向け、背中に手を回し、早速口説きにかかった。急ごしらえの誘い文句だというのに滑らかに口が回り、自分の口のうまさに呆れるほど感心した。
「洞窟探検のメンバーが無事に戻ってきたら、数日間の自由行動を提案しようと思うんだ。皆、魔物との戦いが続いているせいで疲れもストレスもたまっているから、息抜きが必要だろう?さっきの会議中も、ティナはまだ疲れが抜けていないようだったし、リルムは何度も欠伸していた。セッツァーはずっと戦闘に参加し続けている上に飛空挺の調子が悪いから、少し気が立っている」
「うん…確かに」
「もし皆が賛成してくれたら、ここから近いジドールで自由時間を過ごす事になるだろうね。いけすかない住人が多いが店の数は多いし、数日間いても退屈はしないから。そしてここからが本題だ。、良かったらその数日間、二人きりで過ごさないか?」
「…わたしと?」
「ジドールには君の好きな店が沢山あるだろう?買い物に行くならお供するよ。それに私は公務であの町を何度も訪れているから、君の知らない店も知っているんだ。例えばいつも泊まる時に利用する宿屋、あの最上階にはレストランがあって、以前寄ったのだがとても美味しかった。特に肉料理が絶品で、あの店のタンドリーチキンは肉好きな君の口にも合うと思うなあ」
「え、うそ、食べてみたい!そんなお店があるなんて知らなかった!」
「最上階の客室は内装も豪華で一見の価値はあるのだが、私は街が一望できるテラスからの景色をお勧めしたいな。そうそう浴室もお勧めだよ。湯船に薔薇の花弁が浮かんでいてね、とても優雅な気分になれるんだ」
「へえ!素敵!入ってみたい…」
「そうだろう?で、どうする?」
の好きなものを並べ立て、いい気分にさせた所で改めて返事を問うと、途端に笑顔が曇った。
「数日間二人きりってことは、夜も…一緒に過ごすのかな…そんな訳、無いよね」
「もちろん、昼も夜も一緒だよ」
「!?え、それはちょっと」
「君と過ごす時間が待っていると思えば、仕事も頑張れるんだがなあ。それに、自分にできる事なら何でもすると言ったのは君だよ」
「それはそうだけど…でも」
「何を不安に思っているのかは分からないが、君の嫌がる事はしないつもりだ。当然だろう?」
最後のひと押しは効果覿面だった。の顔から不安の色が少しずつ消えていった。目を伏せ、考え込んだあと結論が出たのだろう、エドガーを正面から見つめてくる。
「…本当に、わたしの嫌がる事をしない?」
「勿論」
「じゃあ、いいよ。一緒にジドールに行っても」
「決まりだ。明日にでも休暇の件を皆に提案するよ」
「うん。仕事頑張れそう?」
「勿論!」
は小さく笑って「よかった」と言い、次いで「仕事頑張ってね。おやすみ」と厨房を後にする。いつもと違って重さを感じる足取りだった。薬を飲んだばかりだから、まだ下腹部が痛いのだろう。
「まずは、第一段階クリアだな」
魅力的な提案の羅列と最後のひと押しで、彼女にとって次の休暇は「ジドールでお買い物と癒しのひと時」になった事だろう。
が考えている「嫌がる事」とは、間違いなく性行為だ。知っていてエドガーは約束し、それでも油断した。だがそれはつまり、が嫌がらなければ話は別、ということだ。
早速目的達成までのプランを練る。まず買い物と食事でいい気分にさせたところで宿に向かう、これは確定。
同じ部屋に入ってきたエドガーを警戒するに「約束」を再確認させ、安心させて風呂に入らせ、最終的には腕の中に迎え入れる。肝心なのはこの辺りだ。の警戒の度合いによっていくつか計画を立てなければ。
油断しきっていれば、彼女の少し後に風呂に入り、逃げようにも逃げられず、裸を見られまいと湯船から出れない状況に追い込んで、のぼせた所を介抱する名目で事に及ぶ。或いは抱きすくめて上気した肌を撫で、なし崩し的に事に及ぶか。
警戒しているようなら風呂から上がるのを待ち、着替えが済んだ後に紳士的に接し、彼女の好きな甘い果実酒でも用意して飲ませ、いい気分になったのを見計らってその腰に手を回すか。
いやいやそもそも最初に「自分はもう一つ部屋を取っているから」と敢えて別室に行った方が、より警戒心は薄れるかもしれない。
勿論彼女も、エドガーが最後の最後で約束を破る可能性も考えた筈だ。それでも誘いに乗ってくれたのは、いざとなったら生理を理由に行為を拒む事が出来ると思ったからだろう。だが生理が切り札なのはエドガーも一緒だ。彼が書物で得た知識に間違いが無ければ、生理は一週間ほどで終わる。今日生理が始まったということは、探索メンバーが戻ってきて休暇に入る頃には生理は終わりかけで下腹部の痛みはなくなり、ただ官能に疼く身体だけが残されているに違いない。あの探索中の彼女は妙に扇情的で、それが生理で性欲が高まっているからだとエドガーは確信していた。ならば後は体の疼きを自覚させ、自分から欲しいと言うように仕向ければいい。
都合のいい妄想と色んな計画が湯水のように溢れ、書類仕事をしていた時の気だるさは跡形もなく吹き飛び、むしろやる気さえ湧いて来た。この仕事の後にはご褒美が待っている。
次の休暇が楽しみだ。エドガーはほくそ笑んだ。
旅の途中に生理が始まってしまい、心底驚いた。予定ではもう少し遅く始まる筈だったから。
当然痛み止めの薬や生理用品も持ち合わせていなかった。わたしは痛みが酷くて薬を飲まないと歩く事すらままならないのに、戦って探索なんて絶対無理!
メンバーに女の子がいなくて、誰にも相談できず途方に暮れて泣いていると、異変に気付いたエドガーに問い詰められ、彼に事情を打ち明ける羽目になった。
最初こそ驚いていたエドガーはすぐに知恵を出してくれたし、飛空挺に引き返そうと皆に提案もしてくれた。相談して本当に良かった!
お陰で次の日はみんなの、特にエドガーのおかげで無事に飛空挺に戻る事が出来た。けど、この時起こったもう一つの異変に気付かずにはいられなかった。
旅の序盤、エドガーが近付いた瞬間、全てが変わった。
初めて間近で見たこの人を、とてもかっこいいと思ったのだ。日焼けした肌、故郷の海みたいに深い青の瞳、それを縁取る睫毛も、わたしを心配して顰められた眉毛も金で、わたしのものとは違う鮮やかな色の組み合わせに見惚れた。男の人らしい肉付きのいい鼻も、少し厚めの形のいい唇も、がっしりした身体も、とにかく全てにたまらなく心を動かされた。心だけでなく、長い指と大きな手で触れられた時に体の奥が疼くような感覚も覚えた。自分の恥ずかしい事を打ち明けたというのに、それが秘密を共有しているような気分になって、変に心と体を刺激した。それまでも、生理になると急に男の人の存在を、例えば仲間として接しているエドガーとかマッシュとかを「あ、男の人なんだ」と意識してしまって妙な気分になる事はあったのだけど、それがこんなに明確になる事はなかったのだ。いつも生理の時は部屋に籠って大人しくしていたから。
ああ、こんな変な気分になるのは、生理だからなのかな。自分の身体と心の変化に戸惑っていると、ふと、わたしの身体に起こっていることがどんなことかエドガーは妄想してるのかな、と想像してみた。すると疼くような感覚がさらに強くなって、テントの中で横になっている間、ずっとエドガーに抱きしめられることや、キスをされたり身体に触れられたりする事や、それ以上の事まで想像してしまい、なかなか眠れなかった。
飛空挺に戻ってからも、エドガーを意識する日は続いた。エドガーもあの日以降、わたしに対する態度が明確に変わった…気がする。
年上で賢くて、どんなことにも冷静に対処できるエドガーを頼もしく思い、尊敬していた。だけどただの憧れでしかなかった、今までは。それが恋に変わったと気付いたのは、あの後厨房でご飯と一緒に御礼を言った時だった。抱きしめられ、キスする寸前まで行ったのに、相手がエドガーと言うだけで少しも嫌じゃなかったのだから(セッツァーが来たから未遂に終わったけど)。
自分の感情に気付きながら、それをどうしたらいいのか分からなくて、特に進展が無いまま数カ月が過ぎた、ある日の夜の事。
厨房でエドガーとばったり会った。
ちょうど生理が始まったから痛み止めを飲みに来たのだけど、エドガーは仕事がはかどらず、夕食の残りを夜食代わりに食べていたそうだ。
わたしは色々と同情した。大変そうな仕事が沢山ある事にも、それをこなさないといけない王様と言う身分にも、王様なのに台所で残り物を食べているエドガーの現状にもだ。きっとフィガロ城なら、命令一つで温かく美味しい夜食が出てくるのに。
それでつい、「わたしにできる事があったら協力する」と、軽い気持ちで言ってしまった。
エドガーは引くぐらい食いついて来た。ついでに大接近してきて、びっくりしている間に抱きつかれてしまった。いつもの薔薇の香りの中にエドガーの体臭が混じった匂い。緊張しながらも大好きなその匂いを堪能していると、「ジドールで一緒に過ごそう」みたいな事を言われ、はっとした。
ここで迂闊な返事をしたらエドガーの思い通り、つまりえろい展開になってしまう!エドガーの事は好きだけど、そういう事をするのはまだ早いんじゃないかな!?これはぼんやりしている場合じゃない!
「…わたしと?」
エドガーはにっこり笑って頷いた。ジドールで一緒に買い物に付き合ってくれて、レストランで美味しいお肉を食べた後は、薔薇が浮かんだ素敵なお風呂のある部屋を取ってくれると言う。お買い物、お肉、癒し、非日常。わたしどれも大好き!
自分がにやけている事に気付いて、また気を引き締めた。お風呂と部屋、ここから連想されるものと言えばお泊まり以外にないじゃない!
「数日間二人きりってことは、夜も…一緒に過ごすのかな…そんな訳、無いよね」
恐る恐る確認すると、当然のように「昼も夜も一緒だよ」と言われてしまった。うわあ。魅力的な提案だけど、これは断るしかない。何でもすると言ったのは忘れた事にしてしまおう…。
わたしが意を決したのを見計らったように、エドガーは益々笑みを深くした。
「何を不安に思っているのかは分からないが、君の嫌がる事はしないつもりだ。当然だろう?」
思いがけない言葉に面食らった。それはつまり、一日中わたしの好きな事を全部してもいい上に、わたしが心配しているような事はしないということで。
そんなうまい話があるはず無いとは思ったのだけど、普段のエドガーは、女の人を口説きはするけど嫌がる事は決してしない。それはわたしに対しても同じだ。そのエドガーが何もしないと言うのだから、間違いないだろう。
「…本当に、嫌がる事をしない?」
「勿論」
「じゃあ、いいよ。一緒にジドールに行っても」
彼にとっては、とりあえず女の人=たまたまいいタイミングで出くわしたわたしと過ごすのが、いい息抜きになるのかもしれない。
きっと大丈夫。
「決まりだ。明日にでも、休暇の件を皆に提案するよ」
「うん。仕事頑張れそう?」
「勿論!」
わたしはエドガーに笑い返した。休暇がとても楽しみになったからだ。ジドールでお買い物してお肉を食べて、行ったことのないお店や素敵な部屋に行って、何よりも一日中エドガーと一緒に、しかも安心して過ごせるのだから。生理が終わるか終らないかと言う時期なのが少し憂鬱だけど、逆に考えればエドガーが変な事をしそうになった時の抑止力になる。生理中の女の人を強引にどうこうする人じゃない(はず)だから。
次の休暇がとても楽しみだ。痛み止めも効いてきたし、わたしは幸せな気分で寝室のドアを開けた。ちらりと頭をかすめた疑問は、薬の副作用の眠気にかき消された。
わたしが嫌がらなかったら、エドガーはどうするんだろう。
その3へ
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