夜でもないのに暗い空。どこかへ飛ばされて行く木の棒、広告のチラシ、葉っぱ、などなど。
 外は台風。この町は暴風域の真っただ中にある。


 それは今朝のこと。
 セッツァーが最終決戦の前に徹底的に飛空挺の点検をすると言い出し、身動きの取れないその数日間、各々で束の間の休息を取ることになった。
 近くの町で息抜き(ナンパだろうか…)しようとしていた兄貴は強制的にセッツァーの手伝いをする事になり、飛空挺に残っている。
 モブリズで母性が芽生えたティナは「思い切ってカーテンやシーツのお洗濯がしたいな。皆も、洗って欲しいものがあったら洗い場に置いててね」と張り切り、ティナに可愛がられているモグも一緒に手伝うために残っている。
 旅をしているので骨が手に入らない代わりに丸太で彫刻をしているウーマロは、リルムの絵に触発されたのか彫刻に色を付けたいと言い、リルムが喜んで指導を買って出た。ティナの掃除の邪魔にならないよう、一人と一匹は飛空挺が停まっている近くの原っぱで作業をしている。
 前々から物欲しそうに着ぐるみを見ていたガウに何か作ってやろうと、ストラゴスのじいさんは買い物に出かけた。荷物持ちにとカイエンも一緒に。
 シャドウは「インターセプターの餌が少なくなってきた」と言って町に一人で出かけた。
 ガウが暴れた時に使う「くさい息」をどうしてもマスターしたいゴゴは、干し肉やきらきらした小物でガウを飛空挺の外に誘い出し、何とか「くさい息」を使わせようと奮闘中だ。
 ロックとセリスは足りない道具を買いに近くの町に出かけた。だがそれは二人で出掛ける口実なのだろう。
 どうしてそう言いきれるのかと言うと、俺とも、食料の買い出しを終わらせたら二人きりで町を散策しようと約束をしたからだ。


 世界崩壊の影響をあまり受けていないこの町は、の好きそうな店も豊富な食料を売る店も充実していて、あっという間に両手は買い物袋で塞がってしまった。
 「これだけあれば当分食料には困らないか。ブリザドの応用で野菜や果物も傷まないし」
 「ティナが言いだしたんでしょ?食べ物を冷凍保存したらどうかって」
 「そうだよ。今まで考えもしなかった」
 「今日も家事に張り切ってたし。すっかり皆のお母さんだよね」
 にこにこしながらは片手を差し出す。
 「半分持つ。重いでしょ?」
 「これくらい軽いもんだ」
 実際重くはなかったのだが、半ばもぎ取るようにして荷物を奪われてしまった。奪った荷物を自分の右手に「よっこらせ」と持って、空いた右手に自分の左手を絡める。の手はひんやりしていて気持ちよく、対照的に俺の手は汗でべとついている。その事を恥ずかしく思っていると、見透かされたように「マッシュの手、汗びっしょり」と笑われた。
 「そりゃ荷物持ってたから…いや、俺も恥ずかしいとは思ってたんだけどさ…」
 空を見上げながら言葉を濁していると、の弾んだ声が返って来た。
 「マッシュの汗っかきの手、わたし好きだよ」
 花のような笑顔に、俺も笑顔を返した。爽やかに笑い返したつもりだが、実際は蕩けるような顔をしていたんだろうな。
 だけどまあ、仕方がないと思う。ずっと好きだった人が隣で、俺を好きで好きでたまらない、そんな顔をしているのだから。


 最初は完全な片思いだった。
 俺は決して賢くはないが、闇雲に想いを伝えて玉砕するほど馬鹿ではないつもりだ。彼女に近付く男がいれば牽制し、魔物の攻撃から身を呈して庇った。町へ出かけると聞いたら我先に荷物持ちに名乗りを上げ、困っていれば助けようと力を尽くした。そうやって時間を掛けて信頼を勝ち取っていった。信頼を得る事が愛を得ることに繋がると確信していたからだ。
 は少し鈍感だったから、時間は相当かかった。世界が崩壊して、皆がバラバラになるほどの時間が。
 俺が仲間を探していたその時間は、の心がようやく俺に傾き始めた時間だったようだ。
 以前とは明らかに俺に対する態度が変わっていた。再会して以降は目が合うことが増えたし、他の女の子と話していると急に不機嫌になる。触れられるのが嫌いなくせに、俺に触れられた時だけは頬を染めて笑うのだ。
 誰かの口から聞いたわけでも、お互いに言葉で確かめ合ったわけでもない。
 だけど間違いない。の仕草が、表情が、瞳の輝きが、それを伝えている。
 は俺を愛し始めている。さっきも言ったように俺は馬鹿ではないから、それくらい分かる。


 予定が狂い始めたのは、昼食を取るため近くのレストランに入っていた時だった。
 食べながら飛空挺の整備にかかる時間だとか、この町の治安の良さなどを話していると「ふう、空は酷い荒れ模様だぞ」と、びしょ濡れの客が店に入って来た。二人して外を見ると、さっきまでの天気――と言ってもこの世界に広がっているのは真っ赤な空なのだが――が嘘のように、雨と風が吹き荒れている。話に夢中で天気の変化に気付かなかったのは迂闊だった。
 「ねえ、早めに飛空挺に戻った方が良くない?」
 「そうしよう。このままだと帰れなくなるかもしれない」
 無理して町に残った所で呑気に買い物など出来そうにないし、早く帰った方が仲間に心配を掛けなくて済む。会計を済ませると覚悟を決めて店の外に出た。
 中から見ていたよりも外は荒れていた。降っている雨は大粒で、その中を走っていると痛いくらいだったし、しかも風で飛んでくる色んな物を避けながら走らないといけなかった。走っているうちにやっと町の外へと続く大きな門が見えてきた。だがほっとしたのは一瞬で、すぐに朝と様子が違うことに気付いた。開いていた外への門扉が閉められていたのだ。
 「何か貼紙してあるぞ…『台風のため出入り禁止中』?そんなこと言われてもな…」
 「どうしよう、誰かに開けてもらわないと帰れない…」
 「あんたら、どうした?」
 離れた所から様子を見ていた男達が声を掛けて来た。お揃いの合羽を着て、険しい顔で俺達を見ている。怯んだの代わりに事情を説明した。旅の途中にこの町に買い物に来た事。天気が崩れてきたので早めに仲間の所に帰ろうとしたら扉が閉まって困っている事、扉を開けてくれる人を探している事、を。話を聞いていた男達は険しい表情を少し和らげ、一人が困ったように首を横に振った。
 「それがなあ。この門は一旦封鎖すると、台風が通り過ぎてからしか開けられないようになってるんだ」
 「何とかならないのか?少しの間開けてもらうだけでいいんだが」
 「この辺はこの時期、台風が多くてな。こう風が強くなってから門を開けると、風力で閉まらなくなるんだ。門が閉まらないと風をまともに受けて町の建物に被害が出る。建物の被害だけならまだいい。混乱の中餌を求めて魔物が侵入する事もある。すまないが、台風が止むまでは開ける事は出来ない」
 男の口調は諭すように柔らかく、その理由も納得できるものだったので、ただ頷くしかない。男達は「この先を右に曲がったら宿屋があるから、今日はそこに泊まるといい。俺達はもう行くよ。この天気で一人暮らしの年寄り達が困ってないか、見回りに行かないといけないんだ」と言ってまた歩き出した。どうやら彼らはこの町の自警団だったようだ。


 吹き飛ばされそうになりながら、やっと宿屋に着いた。服も髪も水滴が滴り落ち、濡れないようにと庇った荷物まで濡れている。このまま中に入るのは憚られて、入り口で頭を振って水を払った。は隣で髪の毛を絞っている。出会った時と比べて随分伸びたなと見ていると、今度は服の裾を絞り始めた。ゆったりしたデザインの服なのに、絞るために引っ張られた事で身体の線がくっきり浮かび上がり、綺麗な鎖骨と小ぶりな胸の形も露わになった。
 その途端、隣にいる少女が違う人間のように見えた。急に少女から女になったように見えたのだ。それも、抗いがたい色香を持った大人の女に。
 丸みを帯びた胸に触れたらどんな感触がするだろう。鎖骨に付いた水滴は、舐めたらもしかすると甘いのではないか。曲線だけで出来ている体のラインをなぞったら、びくびくと震えるのだろうか。
 何でもいい、この女に触れたい。
 激しい衝動と戦っていると「マッシュ?」と呼びかけられた。
 「どうしたの?」
 俺の様子が変だと思ったのだろう。だが幸い視線の行方には気づいていない。「何でもない。少し冷えただけだ」と首を横に振り、ドアを開けてを先に中に通した。


 宿屋は、俺達のような突然の泊まり客でごった返していた。その中を片手で荷物を、もう片手での手を引きながらフロントに出来ている順番待ちの列に並ぶ。ようやく俺達の番になり「とりあえず一晩、部屋を二つ借りたいんだが」とギルを出しながら言うと、フロントの女性は顔を曇らせた。
 「ごめんなさい、今日は一団体様一部屋だけしか部屋を貸せないの」
 「え、いや、しかし」
 「ほら、急にこういう天気になっちゃって」
 女性は窓の外を見た。
 「泊まりのお客さんが増えたから、出来るだけ多くの人が休めるようにしてるの。台風の中ここまで来た人達を追い出せっこないでしょ?」
 「そんな…」
 「あの。すみませんが、急いでくれると助かるんですが」
 後ろから声がした。見ると若い夫婦が寒さに震えながら順番待ちをしている。声を掛けたのは男の方で、女の方は抱いている赤ん坊を心配そうに見ていた。その後ろには中年の男と、その子どもらしい少年。その後ろ、その後ろと、際限なく列は続いていた。
 「しかしなあ…それじゃ」
 「じゃあ、一部屋だけ貸してください」
 戸惑う俺の声をの声が遮った。ほっとしたような顔の女性から鍵を受け取って「仕方ないよ、こんな状況だし」と俺を見る。
 「…まあ、が大丈夫ならいいんだけどよ。だけど、」
 言いかけた言葉を飲み込んだ。が無言のままさっさと部屋へ向かう階段を上り始めたので、慌てて荷物を持ち直して後を追いかけるので精いっぱいだったのだ。


 部屋は薄暗く、ひんやりしていた。
 真っ先に明かりをつけ、暖炉の火を起こしている間には脱衣所で着替えを済ませた。戻って来ると部屋に付いているコンロでお湯を沸かし始め、俺が見ている事に気付き、見えやすいよう服の裾をつまんで広げてくれた。
 「この服、今日寄ったお店で買ったの。こんなに早く役に立つとは思わなかった」
 いつの間に買っていたのか、深みのある赤のワンピースは、彼女にとても良く似合っていた。色のせいかいつもより大人びて、特に綺麗に見える。
 「似合ってるぞ。綺麗だ」
 心の声がそのまま出た事に驚いたが、もっと驚いたのは言われた本人のようだ。目が見開かれ、冷えて青白い顔に一気に血の気が戻り、頬がピンク色に染まる。聞こえるか聞こえないかの声で「ありがと…」と礼を言って俯いた。俺の言葉で照れる彼女を見るのは本当に気分が良い。その満足感で再び生まれた「触れたい」衝動を押さえこみ、別の方向に話題を変えた。
 「俺も服を買っておけばよかったよ。着替えが無いから、暖炉の前で着たまま乾かさないと」
 「それじゃ、いつまでたっても温まらないんじゃない?…っと」
 お湯の沸いた音で顔をあげたは、コーヒーを淹れて俺に渡してくれた。香ばしい香りを吸い込んで一口飲むと、それだけで体の芯から温まったような気がする。
 「ね、先にお風呂に入って宿の部屋着に着替えたら?さっきお湯溜めてたんだ。もう少しでいっぱいになるよ」
 「いいよ、だって寒いだろ。先に入ったらどうだ?」
 「わたし凄い長風呂なんだよ。一時間くらいは普通に入ってるし。だからマッシュが先に入った方がいいと思う」
 「一時間か……」
 少し気が引けたが先に風呂に入る事にした。一時間は流石に長い。早速風呂場に入り体を洗い、湯船にしばらく浸かり、多少予定は狂ったとはいえ楽しかった一日を振り返る。身体がじんわり温まる頃には、空腹よりも先にとろとろした眠気が襲って来ていた。
 風呂に入ったまま寝そうになって慌てて上がる。体を拭き、頭をタオルでごしごししながら部屋に戻った。
 「上がったぞー」
 「あ、早かったね…………」
 テーブルに食器を並べていたが俺を見て固まった。
 また顔が赤くなっている。何かあったのかと近づくと、避けるように慌てて背を向ける。
 「どうした。顔赤いぞ?熱でもあるのか?」
 「え、だってさ……」
 「ん?」
 「その………ねえ?」
 要領を得ない返事に首を捻った。黙っていても何も解決できないことに気付いたのだろう、振り返った後、恥ずかしそうに俯く。
 「上、服着ないの?」
 言われて初めて気がついたのだが、俺は上半身裸だった。風呂上がりはいつもそうだし、同じ部屋になるのは当然男ばかりだったから、その事で何か言われたことも無かった。だが男同士ならともかく、女の子の前でこの格好はまずかった。
 「あ!すまん!すぐ着るから!」
 あたふたと着替えると、少しは落ち着いたようだったがまだ顔を赤らめている。「もう一回下に行ってくる。まだ持ってきてない食事があるから。さっき食堂を見に行ったら凄く混んでて、宿の人に聞いたら部屋で食べたい人は部屋に運んで、食器だけ後で持ってきて貰えればいいって言われたから勝手にだけど部屋に持って来たの」と、やたら説明口調で言って、逃げるように部屋を出て行った。
 「……」
 これはまずい。まずいぞ。
 赤くなったを心の底から可愛いと思ってしまったのだ。このままでは長い禁欲生活が水の泡になってしまう。つまり本能だけの男になってしまう!
 既に何度か危険な場面はあったがその都度無理に押さえこめた。だが最大の難関――風呂上がり――が待っている。思うにあの子は、風呂から上がって満足そうに笑っている時が一番綺麗なのだ。だから俺はあの子の風呂上りが大好き!あの子が石鹸の匂いをさせて上がってきたとき、理性は持つのか?いや持たない!我慢できずに襲いかかって想いを遂げようものなら、その先にあるのは泣かれて嫌われて避けられる真っ暗な未来だ。
 どうする俺!!


 「ただいま、食事これで全部だよ…何してるの」
 「座禅」
 「何それ」
 「常に同じ姿勢を保ち心を無にする修行だ。己の中にある強い煩悩や欲求をコントロールするのに効果的だぞ」
 そう、本当に効果的だ。実際にあれほどの強い衝動が徐々に治まりつつあるのだから。
 「へえ…でもなんで、このタイミングで?」
 「今の俺にはこれが必要だからだ。俺はモンク僧だからだ」
 「ふうん…モンク僧って色々大変なんだね」
 は分かったような分からないような顔をした。それでいい。


 運んで貰った食事はどれも出来たてで、とても美味しかった。
 一口一口をしみじみ味わう俺とは対照的に、は火傷しそうになりながらかぼちゃのスープを飲み干し、揚げた鶏肉にかぶりついては目を閉じて味わい、その合間にせっせとパンをちぎっては口に運んでいた。あまりの食べっぷりの良さに感心し、密かに安堵した。目の前にいるのは俺が良く知っている可愛い少女だ。見ていると俺も腹が減ってきて、同じように食べる手を早めた。
 「とりあえず台風は何とかなりそうだが…連絡してないから、皆心配してるだろうな」
 「そうだね。明日は朝一番に飛空挺に戻らないと」
 「俺たち以外にも町に来た奴らはどうしているだろうか…カイエン達とかロック達とか。案外ここにいたりしてな」
 「わたしもそう思って食堂に行った時に探してみたけど居なかったよ。無事に飛空挺まで帰れたか、部屋に籠ってるのかもね」
 早くも夕食を食べ終わったはふう、とため息をついて紅茶をすすり「安い茶葉っぽいけどマッシュが淹れたから、そこそこ美味しくなってる」と笑った。
 「あ…」
 俺はその笑顔をぽかんと眺めた。言葉が出なかった。俺を信頼しきった満足そうなその笑顔に、変な妄想を抱いてしまったからだ。もし彼女と結婚したら、こんな風に夕食の時間を過ごすのだろうな、という妄想を。一日の終わりに家のドアを開けると、彼女が笑って迎えてくれて、豪華ではないが美味しい料理を作ってくれるのだろう。そして二人で夕食を食べながら、地味でささやかなその日の出来事を話し合って笑うのだろうな。
 いいなそれ。いいなそれ!
 そんな穏やかな夕食の後は、俺が食器を片づけ、に先に風呂に入ってもらおう。彼女は一番風呂が好きだから。その後に俺が風呂に入り、上がったら既に部屋の明かりを落としたと二人でベッドに入り、また明日を迎えるのだ。大きいけど二人で寝るには少し小さなベッドに。
 ん?ベッド?
 妄想で頭がいっぱいになっていた俺は、ようやく我に返った。
 「ベッド!!」
 「わっ!?」
 椅子から立ち上がって、慌てて寝室に向かった。ここは元々何人部屋なのか、がさっさと行ってしまったせいで聞いていなかった。ドアを開けると案の定ベッドは一つしかなく、例えばソファーのように、ベッドの代わりになりそうなものがない。
 「マッシュどうしたの。ぼんやりしてると思ったら急に叫んでさ。ベッドがどうかした?」
 後ろから寝室を覗き込んだは「なんで固まってるの。普通のベッドじゃない」と不思議そうに俺を見た。
 「いや問題はそこじゃないんだ。俺達は二人、ベッドは一つ。ベッド代わりになりそうなソファーもないだろ」
 「…そうだね」
 静かな返事は、言いたい事に気付いてくれたからだ。そう思った俺は、内心戸惑っているであろうにベッドを譲り、自分は床に寝る覚悟を決めた。
 「仕方ねえから、がベッドを使えよ。俺は床に寝るから」
 「え……」
 「部屋は温かいし毛布は沢山あるから、大丈夫だ」
 安心させるようににこりと笑いかけ、「驚かせてすまなかったな。飯食っちまうか」とテーブルに戻ろうとした。
 が、出来なかった。
 部屋着の裾をが掴んでいた。俯いているので顔は見えないが、口が堅く結ばれているから、むっとしているのだと分かった。
 「どうした?あ、心配しなくても食堂の床で寝るから、安心しろよ」
 「そういうことじゃない」
 勢いよく上げられた顔は、思った通り険しい表情をしている。何か怒らせるような事をしただろうか、それなら謝らなければと焦っていると、急にまた俯いて裾を強く握った。耳が赤くなっている。


 「二人で一緒に寝ればいいじゃない」
 「え?」
 「だからベッドで一緒に寝るの!野宿じゃあるまいし、宿屋で床に寝るなんて、変なの!」


 言いきった声は震えていて、そのくせ、いつもよりもきつい口調だった。
 嵐の夜に負けないように、そうしているのかもしれなかった。


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