どうしても会いたい、大切な人がいた。彼に会う為なら、出来ることは何だってやってやる。そう決めた途端、本人が目の前に現れた。
こういう場合、人はとっさに理性よりも本能で行動してしまうはずだ。自分が何をしているかなんて、考える余裕もない。理性を取り戻して恥ずかしくなるのは興奮が冷めてきた頃。後悔先に立たずというやつだ。これは仕方のないことなんだ、うん。
……なんて言い訳をしてみたけど、恥ずかしいものはやっぱり恥ずかしい。
確かにマッシュに会えた瞬間は、嬉しすぎてその胸に飛び込んだ。土と汗に混じったマッシュの体臭が懐かしくて、太い腕がわたしを抱きとめてくれることが嬉しかった。いつまでもこうしていたいと思った。
けれど我に返ってみると、ここは大勢の人で溢れる大通りの真ん中。そんな場所でわたし達はしっかり抱き合っているのだ。マッシュはどうか知らないけれど、わたしはこの後どうしたらいいか、離れるタイミングはいつかを探っていた。いつの間にか周りにはギャラリーが出来ていて、冷やかすような口笛や「はしたない!ワシの若い頃はもっと慎みが……」と嘆く声が否応なしに耳に入ってくる。
心の中で悲鳴を上げながら、それでも抱き合っていると、恐る恐る、といった感じの声が割って入った。
「あの……実は、私もいるのよ」
「え?」
見れば、懐かしい顔がもう一つあった。セリスが疲れた顔をして(ついでに気まずそうな顔をして)立ち尽くしている。服も汚れていたし装備もボロボロだったけれど、目の覚めるような美貌は変わらないどころか輝きを増したように見える。
「積もる話もあるし、どこか落ち着いた所で話をしましょう? その、邪魔するようで申し訳ないけれど……」
落ち着ける場所として二人を案内したのは、宿屋に取っている自分の部屋だ。ここなら町の人の視線からも逃げられるし、会話の内容に聞き耳を立てられる心配もない。
感動の再会だというのに微妙にぎこちない空気の中、最初に口を開いたのはセリスだった。
「の故郷とは聞いていたけど、ここに着いたその日に再会できるなんて思わなかったわ。今までずっとここにいたの?」
「うん……。帰って来たばかりの頃はこの街はもっと荒んでたんだけどね。今まで街に来る魔物を倒したり、町の人に護身術を教えたりしてお金を貯めてたの。もう街も大丈夫そうだから、貯めたお金を使ってみんなを探しに旅に出ようと思ったら二人が来て。びっくりしたよ」
「俺は前にこの街に立ち寄ったことがあるんだ。確かにその時より治安が良いようだな。が頑張ってたのか」
「マッシュその時男の人を助けたでしょ。その人、ここの宿屋を経営してるおじさんなんだよ。後で顔を見せたら喜ぶんじゃないかな」
「そうなのか! じゃあ後で受付に行ってみるか!」
「マッシュももそれぞれ頑張っていたのね。実は私、一年間ずっと眠り続けていたの。面倒を見てくれたお爺ちゃん……シド博士の事なんだけど、彼に励まされて皆を探す旅に出て、一番最初に会ったのがマッシュだったのよ」
「一年間も!?」
話し出せば気まずさはたちまち消えて、わたし達はお互いの近況を話し合った。どれだけ話しても話したりないくらいだったけど、そんな会話がふと途切れ、沈黙が流れた。
「……ジェフって」
彼の名前を出した途端、二人の顔つきが変わった。二人ともわたしと同じことを考えていると確信する。
「ジェフって名乗ってるけど、本当は」
「あれ、エドガー、よね? あそこまではっきり否定されると不安になるけど」
「わたしも町の人から話を聞いて、ジェフの正体はきっとエドガーだと思って本人に会おうとしたの。けどいつも逃げられるから、間違いない!って言いきれなくて」
セリスはずっと黙っているマッシュを見た。
「マッシュ、貴方はどう思う?」
静かにお茶を飲んでいたマッシュは、突然話を振られて目を丸くしながらも、少し考えた。
「……あれは間違いなく兄貴だ。一度も俺を見ようとしなかったからな。不自然なくらいに。多分、目があったら見破られると思ったんだろう」
「やっぱりそうよね! マッシュが言うなら間違いないわ!」
「じゃあさ、エドガーはあんな変装をしてこれからどうすると思う? フィガロに行くのは間違いないけど」
マッシュはわたしを見て、さっきの事を思い出したのだろう。少し赤くなって目を逸らした。つられてわたしも照れて、もじもじしてしまう。すかさずセリスが「ごめん二人とも、そういうのは後にしてくれる?」と先を促した。マッシュは気を取り直し「通りすがりに小耳に挟んだんだが」と咳払いをした。
「兄貴……いやジェフが連れている盗賊、元はフィガロ城の地下牢から逃げてきたらしいんだ」
「そうなんだ」
「ああ。で、フィガロは今あんな状況だろ? だから最初はあいつら、城が砂漠に潜る前に牢を破って逃げ出したんだと思っていたんだが、兄貴があいつらといるとすれば、」
マッシュの言葉の続きを、セリスが代弁した。
「ああ! 盗賊は浮上できなくなった城から、何らかの方法で逃げ出した。そしてエドガーは盗賊が逃げ出した道を通って城に入って、皆を助けようとしているのね!」
「あー、そういうことか」
だからエドガーは盗賊のボスになってたのか!謎の行動がようやく納得できた。けれどそれはわたしを避けた理由にはなっていない。正体を打ち明けて事情を説明してくれれば何か協力出来たかもしれないのに。そう言うと、
「兄貴は盗賊のボスとは言え新参者だ。盗賊たちは兄貴が本当にボスにふさわしいかどうか、見極めている最中なんだと思う。だからとの接触でぼろが出るのを避けたかったんだろう」
マッシュがそれしかない、と言う風に答えてくれて、今度こそ本当に納得できた。
「とにかく、エド……ジェフから目を離さないようにしましょう。彼、道具を色々買い込んでいた。ここを出発する日が近いんだわ」
エドガーが街を出るのは、明日かもしれないし、一週間後かもしれない。明るいうちに発つのか、夜の闇に紛れて出発するのかもわからない。
というわけでわたし達は、話をした直後に行動を始めた。ここに着いたばかりのマッシュとセリスは武器の手入れ、防具の買い替え、道具の買い溜めをする。その間わたしは町の人に挨拶回りに行き、盗賊たちの様子を探ることになった。
旅の仲間と合流したから近いうちにここを発つこと、お世話になったお礼などを簡潔に伝えると、引き止められたり残念がってくれる人が多かった。治安が良くなった事にお礼を言ってくれる人もいた。必要とされていたありがたさに、少しだけ決心がぐらついた。
それだけではなく、わたしとマッシュが抱き合う所を見ていて「あの男は恋人かい?」「彼氏?」と詮索する人までいた。否定してそそくさと帰ったのだけど、護身術を教えていた年の近い女の子たちからの詮索は、容赦が無かった。
あの人彼氏?違うの?じゃあどういう関係?ただの仲間って、じゃあなんで抱き合ってたの。仲間に会えて感激したから?ただの仲間って感じじゃなかったけど?何が違うの、ねえ教えてよ。
躱しても躱しても、次から次へと質問が飛んでくる。
もうだめだ。わたしは挨拶をそこそこに切り上げ、その場から走って逃げ出した。
あんなところで抱き着くんじゃなかった。後悔しながら大通りで一息ついていると、「あれ、お姉さん」と気さくな声に呼ばれた。
「どうしたの、そんなに慌てて」
ジェフと会わせてくれるように何度か頼んだ盗賊のお兄さんだ。「何でもないです」と答えて、その手に抱えているいくつもの買い物袋に目を見張った。
「凄い荷物ですね」
「これか? 今から物入りになるから買い溜めしとけってボスの命令でさ」
「物入り?」
「そ。俺たち明日の定期船でフィガロ城に行くの。お宝を探しに、な」
ぎゅん、と耳に全意識が集中する。明日?明日って言ったこの人?
「明日の定期船、ですか」
「そうだけど。なんか俺、変な事言った?」
「い、いえ」
「あ、そうだ! 良かったらこれ運ぶの手伝ってくれない? 女の子に荷物持たせたらボスに怒られそうだけど、意外と重いんだ」
お兄さんは返事も待たずに買い物袋を二つほど差し出してきた。確かにお兄さんの荷物は重そうだし、盗賊の様子を探るチャンスでもある。大人しく受け取りながら「どこまで運べばいいですか?」と尋ねた。
「港近くのバーまでさ。今日は俺たちが貸し切ってこの街最後の晩飯を楽しむんだ。あ、勿論ちゃんと予約もしたし料金もきっちり払うぞ?」
お酒の量も食べる量も多そうな盗賊の人達の貸し切り。しかも料金をきっちり払うのなら、お店も損はしないだろう。本当に紳士的な盗賊団だ。
「あそこのバー、ご飯美味しいですもんね。わたしも何回か食べに行ったことあります。でも、随分急に出発するんですね」
「うん、フィガロ城に偵察に行ってた奴がやっと帰ってきて、城に潜入するルートの安全が確認できたからな」
定期船は一日に三回、大体二、三隻ずつ出航している。一隻目から順番に出航するから、同じ時間に出航する船でも、二隻目三隻目が入港する頃には、下手をすれば一隻目の人はとっくに船を降りて目的地に向かっていたりする。
つまりジェフを尾行するには、明日同じ時間の同じ便の船に、気づかれないように乗り込まないと見失う可能性があるのだ。
で、どの便で出航するんだろう。
「どの便で出発するんですか?」
「うーん、どうだったかな。朝だったような、昼前って誰かが言ってたような」
肝心な部分が分からない。どうしようかと考えていると、お兄さんは急に嬉しそうな顔になった。
「随分色々聞いてくるけど、もしかして、俺がいなくなると寂しいとか思ってる?」
「うーん……寂しいと言えば寂しいような?」
そこは寂しい、って言っちゃっていいんだよ!そしたら喜ぶのに!とお兄さんはひとしきり騒いだ後、照れたように頬を掻いた。
「実は街の人にさっき、いなくなったら寂しいって言われたんだ。今まで疎まれる事はあっても引き留められる事なんかなかったから、なんか嬉しかったんだよな」
「盗賊さん達が来てから町の治安が良くなったからですね。皆、感謝してましたよ」
「まあ、もめ事を起こすなってボスの命令に従っただけなんだけどさ。けど感謝されるって気持ちいいよな。フィガロのお宝を頂いたら、盗賊家業から足を洗おうかって仲間内で話してるんだ」
この短期間で盗賊を改心させるとか、やっぱり流石エドガーだ。カリスマ性が溢れすぎてる。フィガロの明るい未来に思いを馳せていると、お兄さんは「着いた。ごめんなー、付き合わせちゃって」と、開店前のバーの扉を開けようとした。けれど塞がっている両手ではなかなかうまくいかず、代わりにわたしがドアを開けてお兄さんを先に通し、後から中に入った。お兄さんが近くにあるテーブルに荷物を置いたので、それに倣ってわたしも荷物を置く。
「ずいぶん遅かったな」
「すいませんっす、荷物が多くて」
お兄さんは振り返ってわたしに笑いかけ、前に出るように視線で促してきた。きょとんとしたまま一歩前に出て、周りを見回すと。
「あっ」
ずうっとわたしから逃げ回っていたジェフが、目の前にいた。
そうだ、ずっとこの人と話したかったんだ。この人が仲間なのかどうか確かめたかったんだ。マッシュ達と会えた安心感で、すっかり忘れていたのだけど。
「エド……」
言いかけた言葉を慌てて飲み込んだ。今この場でその名前を言ってはいけないことは、笑顔を崩さないながらも僅かに強張った彼の顔でわかった。変なところで黙ったわたしを盗賊の人たちが珍しそうに見ている。深呼吸をして動揺を抑え込み、真正面から彼を見た。
「エド……えと、ええと、貴方がジェフ?」
「ああ。俺に会いたいと何度も頼みにくるレディがいたそうだな。彼女がそのレディか?」
盗賊のお兄さんは「そうっす。荷物持って貰ったし俺たちも明日発つし、連れてきてもいいかって、勝手に判断したっす。すいません」とぺこりと頭を下げた。
「はは、お前が彼女と仲良くなりたかっただけじゃないか? レディ、この男は君を見かける度に可愛い可愛いと騒いでいたんだ」
「違うっすよ! いや言ってたけどそういう意味じゃなくて……っと、この子、凄くボスに会いたがってたっす。話だけでも聞いてくれませんか?」
お兄さん、わたしとジェフを会わせる為にここまで連れてきてくれたんだ。ありがとうの意味を込めて頭を下げると、お兄さんは笑いながらひらひらと手を振ってくれた。
「男所帯のむさ苦しい場所に現れたレディを追い返すなんて出来ないさ。さあ、君の名前を教えてくれないか」
つられて笑ってしまいそうな魅力的な笑顔で、慣れた仕草で手を取る。
さんざん確信していたけど、もし、物凄くよく似たそっくりさんだったらどうしよう、とも思っていた。けれどもう疑いようがない。ジェフは間違いなくエドガーだ。
心の準備もなくエドガーと再会してしまった。
目の前のエドガーは気心の知れた仲間だというのに、口調や視線がジェフを演じているからなのか、まだ初対面の相手と対峙するような感覚で緊張する。エスコートされるまま宴会テーブルの隣のテーブル席に着くと、エドガーは目の前の席に着いた。見計らったかのようにバーのお姉さんがエドガーにはワインを、わたしにはケーキと紅茶を運んできて、エドガーはご機嫌でお姉さんを口説き始めた。この光景も久しぶりだなと思っていると、口説きタイムを名残惜しそうに終わらせたエドガーが、ようやくわたしに向き直った。
エドガーと言っていいのか、ジェフと呼んだ方がいいのか。考えた末に「あの、明日ここを発つって聞いたんですけど」と当たり障りのない質問をすると、彼は「ああ」と短く肯定した。
「その、実は、わたしも明日ここを発つんです……」
「何故?」
「一緒に旅してた仲間と、再会できたので」
「そうか。折角君のように愛らしいレディと知り合いになれたというのに、もう別れなければならないとは。残念だ」
「……ここを出発して、フィガロ城に行くって聞いたんですけど」
「ああ。あの城に眠る宝を頂きに、な」
「いつ出発するんですか?」
わたしたちの会話は隣のテーブルのおじさんに聞こえたようだ。「お嬢ちゃん、残念だけどそれは教えられねえなあ。今回は大仕事になるから、極秘で事を運ばねえといけねえんだ」
「ああ。若いのが口を滑らせちまったようだが、本当は出発日も伏せて発つ予定だった」
エドガーがジェフの顔になっておじさんの言葉を肯定した。この調子だと普通に聞いていたのでは、とても出発時間や乗る船なんか探れない。
どうしたら盗賊の人たちに気づかれずに情報を引き出せるんだろう。ケーキをつつきながら唸っていると、「そう言えば」と、初めてエドガーの方から口を開いた。
「君が再会した仲間と言うのは、今日の昼頃大通りで抱き合っていた男の事かな?」
フォークを持つ手に力が入り、ケーキは真っ二つに割れた。
「み、てたんですか」
見られてたんだ。そりゃそうか。だってその直前、セリスたちはエドガーと話したんだから。きっとその後物陰にでも隠れて二人の様子を伺っていたのだろう。
「仲間と再会したと聞いて、あの男の事だと思ったんだが。違うのか?」
「いえ、違わない……です」
声を絞り出して答えると、押し殺した笑い声が振ってきた。笑い声はしばらく続き、そんなに笑わなくても、と抗議しようと顔を上げると、やけに優しく笑うエドガーと目が合った。
「君と君の仲間たちが、無事で何よりだ」
わたし達を気遣う言葉と視線。やっとエドガーが目の前にいると実感できた。何度も頷いて「エ……あなたも」と返す。彼は感慨深そうにわたしを見つめ、「お互いに色々と苦労したようだ」と労ってくれた。傍から聞けば世間話や苦労話の相槌に聞こえなくもない。ここまで来て、エドガーの意図がようやく読めた。何気ない会話に聞きたいこと、言いたいことを紛れ込ませるといい。そうすれば私は必ず気づいて、君の欲しい情報をあげるから。きっとそういう事だ。よし!気合を入れなおし、エドガーを真正面から見つめた。
「わたし達の仲間は、他にもいるんです」
「ほう。例えば」
「自称トレジャーハンターの泥棒とか、凶悪すぎる人相のギャンブラーとか、機械音痴のお侍さんとか」
「ぶっ」
仲間の姿を思い出しているのか、エドガーが急に噴出した。「なんだか楽しそうっすね」と会話に入ってくるお兄さんにワインのお代わりを命令しながら、エドガーは先を促す。
「他には?」
「そうですね。熊みたいなモンク僧の人と、あと女の人が大好きで口説きまくってる男の人がいました」
「へえ、なんかうちのボスみたいだな」
さっきのおじさんが会話に入ってきた。そうですね、と笑って相槌を打ち「フィガロ出身の人でした。ここからはフィガロが一番近いから、行けばその人と再会できると思うんです。だからわたし達、明日フィガロに出発するんです」と続けた。
「そうか」
丁度さっきのお兄さんがワインのお代わりを持ってきた。エドガーに勧められたけれど「飲めないから……すみません」と断り、お兄さんが一緒に持ってきてくれたお水を受け取った。
「ところでここは飯が美味いな。そう思わないか?」
「? あ、そう思います……」
「今のうちにしっかり食い納めておかなければ。町の噂で聞いたんだが、船の朝飯はあまり美味くないらしい」
「え、そんなことは」
わたしの記憶では、定期船の食事は結構美味しかった。世界崩壊の前はガイドブックに載るくらい評判だったはずだ。否定しかけたわたしを無視し、エドガーは続ける。
「飯が美味くないと、士気にかかわりそうだ」
何か引っかかるものを感じてエドガーを見た。エドガーもわたしをじっと見ていた。顔は笑っているけど、目は何かを訴えるような、わたしの感情を探っているような複雑な色をしている。と言う事は、この言葉の中にわたしの欲しい情報が隠れているのだ。
自分が今欲しい情報は、エドガーたちがどの時間帯に出発するのか、何番目の便で出るのか、だ。さっき時間帯を聞いたけど聞けなかった。その事とエドガーの言葉を頭の中で反芻し、やっと気づいた。エドガーが伝えたいのはご飯の味じゃなく、朝飯というキーワードだ。朝ご飯を船の上で食べないといけないということは、朝一番の船で出る、と言う事か。
わたしが気づいたことに気づいたエドガーは、満足そうにパンをちぎって口に入れた。
出る時間は分かった。あとは何隻目の船に乗るか、探らないと。エドガーが分かりやすいように情報をくれたのだから、今度はわたしがうまく質問しなければ。
無い知恵を振り絞って、賢くもない頭を一生懸命働かせて、ようやく、これならいけるかも!という会話を思い付いた。
「美味しいご飯もですけど、お酒も今のうちに飲んだ方がいいですよ。確か船の上の食堂は、お酒はなかったはずだから」
「はは、レディのアドバイスとあっては無視できないな。素直に従うとしよう」
エドガーは面白そうに片方の眉を上げた。「ちなみに君のお勧めは?」
「わたしはお酒は飲まないからよくわからないけど、あの棚にあるお酒は人気があるらしいです」
言いながら、わたしはエドガーの後ろの棚を指差した。エドガーが振り返って棚を見る。隣の盗賊の人達もエドガーと同じタイミングで棚を見た。やっぱり、わたし達の会話は常に聞かれているのだ。
「特に左から一番目、二番目、三番目のが美味しいそうですよ。どれか注文してみたらどうですか?」
エドガーは視線をわたしに戻して、にやりと笑った。唇が音を出さずに、素晴らしい、と動く。どちらかと言えば、わたしの言葉の意図を瞬時に理解したエドガーの方が素晴らしいと思った。
「そうだな……一番目の酒を貰おう。おい、」
「ヘイ!」
盗賊のおじさんが、エドガー用に左から一番目のお酒を注文し、その後自分達用に二番目と三番目のお酒も注文した。お酒が運ばれてさらに騒がしくなる隣のテーブルを苦笑いで見ながら、欲しかった情報を手に入れたことに感動した。エドガーは一番目のお酒を指定した。と言う事は一隻目の船に乗る、と言う事だ。
「ところで、さっき君が熱烈な抱擁を交わしていた男」
「うっ」
思わずケーキを噛まずに飲み込んでしまった。すっかり忘れていたけど、エドガーはマッシュのお兄さんだった。そりゃ弟さんが街中で女の人と抱き合ってたら、それが目の前にいるわたしとだったら、まあその話になるのが普通だ。
「傍からは恋人同士に見えなくもなかったが……実際のところどうなんだ?」
「こっこここ……ち、違います、そんなんじゃないですほんとです」
「何だ、残念。なかなかお似合いだったぞ」
「え、そ、そうですか?」
場所が場所だから取り繕った言い方をしたけど、そうでなければ嬉しくて大声で叫んでいたところだ。わたし達、お似合いに見えたんだ。それも他人ではなくお兄さんのエドガーから見てお似合いだなんて!多分顔が綻んでいるだろうけど、そこまで気にする余裕はない。
「そんなにお似合いでした?」
「ああ。どう見ても恋人同士に見えた」
「ええー、本当に?」
特にどのあたりが?そう聞こうとしたとき、バーの扉が開く音がした。振り返ると、セリスが様子を伺うように中に入ってきたところだった。近くにいた盗賊の一人に話しかけようとして目が合い、「やっぱりここにいたのね、もう帰るわよ」と言いながら歩み寄ってくる。途中でちらりとエドガーを見やり、少し挑戦的な表情を浮かべた。
「こんにちは、レディ。また会ったね」
「そうね。でもまたすぐに会う事になるわ」
「はは、君のように美しいレディとなら、何度でも会いたいよ」
セリスは答えず、わたしの腕を引いて立ち上がらせた。本当はもう少し居たかったのだけど、こうも急かされたら仕方ない。エドガーや盗賊の人たちに軽く別れの挨拶をすると、名残惜しそうに手を振って見送ってくれた。
「まったく、いくら待っても帰ってこなくて心配したんだから。もうすぐ夕食の時間よ」
早歩きで宿屋に向かうセリスの言う通り、いつの間にか外は真っ暗だった。店の灯りが少しあるとはいえ、この中を一人で帰るのは心細い。迎えに来てくれて助かった。
「ごめん、遅くなって。でもおかげで貴重な情報が手に入ったよ」
「本当?」
「うん。とりあえず宿屋に着いたら話すね」
セリスは顔を輝かせて頷き、すぐに顔を引き締めた。
「期待してる。……実は私たちも買い物の途中で、気になる噂を聞いたの」
「どんな?」
「セッツァーの、正確にはセッツァーらしい男の噂」
色んな噂話が入ってくるこの町でも、セッツァーの消息を聞くことはなかった。マッシュやセリス、エドガーに続けて彼と再会できたらどれだけ心強いことだろう。
「セッツァーの!? どんな噂?」
「それも宿に着いたら話すわ」
セリスは言葉を区切り、にやりと笑った。
「急ぎましょう。マッシュが貴女の事、とーっても心配してるの。はまだか、悪い男に捕まってるんじゃないかって。愛よね」
「あ、愛!? ちょ、やめてよ」
「照れることないじゃない。あんなに熱く抱き合ってたくせに」
「もう、あれは違うんだって!」
昼間の事はエドガーだけでなく、セリスにも当分からかわれることになりそうだ。
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