あなたのお気に入りの魔石(幻獣)は?シリーズ

タイトル通り、ヒロインが皆にお気に入りの魔石(幻獣)を尋ねて回るシリーズでした。 出てくる幻獣はスマホ版準拠なので、SFC版では出てこない幻獣も出てきたりしますので、ご了承下さい。



 ある日のファルコン号。わたしは談話室のソファーに座って、魔石を磨いていた。
みんなそれぞれに、自分が装備している魔石は鎧の中だったり腰の袋に入れたりと、汚したり無くしたりしないよう気を付けている。それでも埃や泥、魔物の返り血で汚れてきて、一度綺麗に拭いてあげないと、と思っていたのだ。
 一見同じように見える魔石だけど、こうして間近に見て手に取ってみると、魔導の力なんて無いわたしでもそれぞれの違いが分かる。例えば回復魔法を教えてくれる魔石は、昼間だと分かりにくいけど、いつも仄白く光っている。炎系の魔石は日光で温まった石のような優しい温もりがあり、反対に氷系の魔石は大理石を思わせるひやりとした感触で、思わず身震いしてしまう、などなど。その氷系の魔石・シヴァを震えながら拭き終わり、イフリートの魔石で暖を取っていた時、何の前触れもなくその疑問は浮かんだ。
 戦いに役に立ちそうにない疑問だったので忘れようとしたのだけど、どうでもいい事に限ってなかなか忘れない。
 忘れられないのなら解決すればいいよね!戦いの役に立たない疑問だけど、戦いの邪魔をする疑問でもないし!
 単純にそう思ったわたしは、色んな人に質問する事にした。


あなたのお気に入りの魔石(幻獣)は?

ティナの場合



「お気に入りと言っていいのか分からないけど……私はやっぱり、お父さんね」
「マディンさんのこと?」
 わたしは道具屋で買い物を終えた後、一緒に来ていたティナと、喫茶店でお茶を楽しんでいた。
 危険な旅の道中、こういうちょっとした息抜きは嬉しい。ティナもそう感じているのか、紅茶にミルクを入れて寛いだ表情を見せている。穏やかな空気の中であの疑問をぶつけると、あっさり答えてくれた。
「ええ。別の魔法を覚える必要が無い場合は、いつも一緒よ。旅を見守ってくれている気がするの」
 この答えは予想通り、というか100%そうだろうと思っていた。だけどそれだとつまらない(わたしが)ので、さらに突っ込んだ質問をしてみた。
「じゃあ、マディンさん以外にあと一つ魔石を持ち歩くとしたら? 魔法を覚えるためじゃなくて、単なる好みで選ぶなら?」
 ティナは目をぱちくりさせた。小首をかしげて、ケーキの上の苺をつまみながら考えている。
 小鳥みたいで可愛い。そう思ったのはわたしだけではないようで、隣のテーブルの男の子達がティナをちらちら見ている。
 ティナにはそういう、人を惹き付ける不思議な魅力がある。だけどそれに気付かないまま彼女は苺を行儀よく咀嚼し、飲み込んでから「あ」と大きな声を上げた。
「身に付ける機会はあまり無いけど、ケット・シーちゃんやカーバンクルは可愛いと思う」
「カーバンクル」
 ケットシーは、確か猫みたいな姿の幻獣だ。カーバンクルは……そんな魔石あったかな。
「ほら、額にルビーのついた、可愛い子」
「あー、あの子か。確かに可愛いよね、何だかリスみたいで」
 魔石でも、やっぱりふかふかした動物系が好みなんだ。
「やっぱりふかふかしてるように見えるから好きなの?」
「まあ、ね。でも実際はあの子たち、ふかふか出来ないの。戦いがすんだらすぐ石に戻ってしまうでしょ?」
 だからやっぱり、モグちゃんが一番よ。ティナはそう言って、紅茶に角砂糖を三つ落とした。
「珍しいね、砂糖三つも入れるなんて。いつも二つなのに」
「うん……何だか最近甘い物が恋しくて」
 そう言えばティナは最近、世界中に復活した古代の魔物と戦う事が多かった。
 口に出さないだけで、実は相当疲れているのかもしれない。
甘い物を前より口にするようになったし、それに、モグちゃんをふかふかしている事が多くなった。甘い物とふかふかで心のバランスをとっているのだろうけど、ちょっと執拗なくらいふかふかしている。
 そのせいかどうか知らないけど、最近モグちゃん、毛が薄くなってきた気がする……。


あなたのお気に入りの魔石(幻獣)は?

ロックの場合



「そりゃ、フェニックスに決まってるだろ?」
「だよねー」
 ロックはフォークを回し、目の前の御馳走を恨めしげに眺めている。まだ仲間が全員揃っていないから食べられないのだ。
「ずっと追いかけてきた秘宝だし、気に入ってるって言うか、宝物と言ってもいい」
 今日は旅の途中で寄ったこの町で一泊する事になり、二組に分かれて行動していた。
 わたし達が食堂で食べ物を注文する間、セリスとマッシュが宿の予約をする。その後一緒にご飯を食べる段取りになっていたのに、まだ来ない。
 待ちきれなさそうなロックの空腹を紛らわすために例の問いを投げかけると、ティナの時以上に予想通りの答えが返ってきた。それでティナの時同様さらに突っ込み、「他にはないの? 気に入っている魔石」と質問すると、ロックは、急にフォークを止めて眉間にしわを寄せた。
「気に入ってる魔石、他にもあるにはあるけど……セリスには言うなよ」
「?」
「言わないなら教えてやる」
「分かった、言わない」
「実は、セイレーンも気に入ってる」
セイレーン。竪琴を持った美女の姿をした幻獣だ。やっぱり美人が好きなんだ、ロックも男の人だな。
わたしはそこで納得したのだけど、ロックは話すのを止めなかった。
「あの幻獣、セリスに似てるんだよな。見た目が金髪でとっつきにくそうな美人ってとこが」
「ああ……言われてみれば」
「こないだの戦いの時呼び出したんだけどさ、顔だけじゃなくて身体も似てるんだ。とにかくスタイルがいいんだ。胸の大きさとか、尻の形とか」
 何言いだすのこの人。
「セイレーンってほぼ裸だろ。だからつい興奮……」


「待たせてごめんね、二人とも」
 声の方を見れば、離れた所からセリスとマッシュが歩いてくる所だった。ロックが余計な事を言う前で本当に良かった。
 その時はこの話はここで打ち止めになったのだけど、その後がいけなかった。


 それからというもの、わたしは、召喚されたセイレーンを舐めまわすように観察する癖がついてしまった。
 確かに顔立ちは似ている。ただ同じ美人でもセリスの方が人間味があるというか(まあ人間なんだけど)柔らかさを感じるかな。
 ロックの言うようにスタイルもいい。ずっと見ていても飽きない。
 その日も戦いのさなかにセイレーンのお尻を凝視していると、急に彼女は敵へ向けていた視線をわたしへ向けた。それも不快そうに。
 色っぽい唇からうっとりするような声が吐息のように甘く漏れて、綺麗な声に感動したのは一瞬だった。彼女の召喚魔法、ルナティックボイスによって、わたしはその瞬間から一言も話せなくなってしまったのだ。
 召喚魔法は普通の魔法よりも強力で、万能薬もエスナも効かない。ようやく効き目が切れて喋れるようになったのは約一週間後だった。
 勿論これに懲りたわたしは、二度と彼女を性的な目で見るまいと、心に誓った。


あなたのお気に入りの魔石(幻獣)は?

エドガーの場合



 飛空挺でのエドガーの居場所は、大体決まっている。
 整備室でセッツァーの手伝いをしているか、部屋で仕事をしているか、今みたいに談話室でお茶を飲んでいるか、だ。わたしが近づくとエドガーはにこりと笑って、自分が座っているソファーの開いている所を軽く叩いた。座らないか、という事だ。小走りで駆けていって隣に腰を下ろすと「今日は随分素直だね」と、また嬉しそうに笑う。
 エドガーの笑顔はむずむずする。何だか、自分にそんな笑顔を向けられる価値があるのだと、特別な意味があるのだと思ってしまうから。要は、エドガーにとってわたしは特別なんじゃないかと勘違いしてしまいそうになるから。
 勿論そんなことは口が裂けても言えないので、何でもない風を装おうと、お腹もすいていないのに置いてあったクッキーをつまんだ。
「まあ、聞きたい事があったから」
「ほう。何だい?」
「魔石化した幻獣の中で、エドガーが一番好きなのって、誰?」
 思ってもみなかった質問だったのだろう、エドガーは目を見開いた。空を見て数秒考える素振りを見せた後「そうだね……」と口を開く。
「氷の女王、シヴァ嬢の硬質な美しさはいつ見ても痺れるよ。しかしセイレーン嬢も捨てがたい。彼女の歌に囚われて我を忘れるなら本望だ」
 予想通りだった。女性好きな彼にとって、その女性が幻獣か人間かなど、どうでもいいらしい。
「だがね、とりあえず今は君しか見えない」
「そういうのはちょっと待って」
 一瞬の隙を突いて握られた手を、そっと払って後ずさった。実は心臓が飛び出るほど驚いたのだけど、幸い、それには気づかれなかったらしい。
 間に出来た一人分の空間にエドガーは残念そうな顔になり、わたしはそれに安心して質問を続けた。
「他には? 好きな幻獣」
「他に……。そうだな、セラフィムの汚れなき美しさは神々しいね。しかし同時にラクシュミの、色香の具現のような艶美さもたまらなく魅力的だ」
 こうなると感心するしかなかった。流石エドガー。骨の髄まで女性好きなんだ。どこまでも予想通りの答え、ありがとう。
「教えてくれてありがとう。寛いでたのに変な事聞いてごめんね」
 一応お礼を言ってソファーから立ち上がり、あまり収穫が無かったなと思いながら歩こうとすると、背後から軽く手を引っ張られた。
「なに?」
「聞くだけ聞いて満足したら、さよならかい?そういうわけにはいかないよ」
 さらに手を引いてきたので、わたしはまたソファーに座る羽目になった。エドガーの真横に。
「いや……そんな、都合良く考えていた訳じゃ」
もごもごと言い訳するわたしを面白そうに見て、エドガーは更に距離を詰めた。
「私のお気に入りの幻獣の話の次は、私のお気に入りの女性の話でもしようか」
「いえ……間に合ってます……」
「まあそう言わずに。その女性はね、追うと逃げるのに構ってあげないと近づいてくる、変わった子なんだ」
「あの、わたし用事があるから」
「内気なくせに大胆で、可愛い少女かと思えば不意に大人びた表情を見せて、私を翻弄する」
 視線を合わせられなくて俯いていても、わたしを見ているのが分かる。熱っぽい視線、というのを感じる。
「何も考えていないようでいて、花びらのような唇からは、鋭く本質を突く言葉が零れる。予想もしなかった疑問がふわりと生まれる。彼女との会話は心地よい驚きと発見の連続だ」
「エドガー、その」
「彼女と愛を交わし合えたらどんなに素敵だろうなあ。いつも逃げられてしまうけれど、やっと捕まえた」
 掴まれた手が熱い。エドガーの熱なのか、わたしの身体が熱いのか。熱さに身体も心も溶かされていく、そんな気がした。
「もう逃がさないよ」
 嬉しそうに囁く吐息が耳にかかった途端、急に視界に天井が飛び込んできた。捕まえられて口説かれて、そして押し倒されて、どこにも逃げ道は無い。
 大人しく身を委ねるしかないのか、と観念した。本当にどこにも、逃げられないのだから。


あなたのお気に入りの魔石(幻獣)は?

マッシュの場合



「ねえ」
「う……?」
「起きて。交替の時間よ」
「……うん」
 セリスに優しく揺すられて、気持ち良く眠っていたわたしは、暗いテントの中で目を覚ました。
 今回は久々に野宿する事になって、セリスとシャドウさん、わたしとマッシュの組み合わせで、交替で火の番をすることになっていたのだ。
 まだ寝ていたいのを無理矢理起きてセリスに毛布を渡してテントの外に出ると、既に交替していたマッシュが「やっと起きたか」と小さく笑った。
「起きたけど、眠い」
「はは、じゃあ目が覚める話でもしようか」
「どんな?」
「最近、色んな奴に『どの魔石が好きか』って聞いて回ってるらしいな。そこでだ」
「?」
「俺の好きな幻獣、教えてやろうか?」
「……うん!」
「じゃあ早速。まずはイフリートだろ、あとマディン。やっぱ男としてはあのゴツさ、憧れるよなー」
 身体を鍛えるのが好きな彼は、やっぱり同じように、鍛えた身体をした幻獣に親近感を覚えるらしい。
「あとゴーレムも好きだぞ。固くて強そうだ。オーディンも一度是非手合わせ願いたい」
「……ふふ」
「何笑ってるんだ?」
「いや、マッシュらしいと思って。やっぱり強そうな幻獣が好きなんだ?」
「まあな。でも、ケットシーやカーバンクルも可愛くて好きだぞ」
 マッシュは見た目に反して繊細だから、それも納得できる。その後も幻獣談義は続いていたけど、急にマッシュが真顔になり、声を潜めた。
「話は変わるけどさ。……今から言う事、笑わないで聞いてくれるか?」
「何?」
「今回、俺達はコロシアムに行く事になっただろ、俺の提案で」
「うん」
「提案したのには訳があってさ。呼ばれているような気がしたんだよ、コロシアムに。変な話だけどな」
 マッシュは真剣だったし、変な冗談を言う人でも無かった。それでも彼の言葉は、わたしを戸惑わせた。
「呼ばれたって誰に?コロシアムに何があるの?」
「分からない。だが感じるんだ。すげえ強い奴が俺を呼んでる。俺には分かる」
 そうかなあ。何も感じないんだけど。
 困った顔をしたわたしに気付いたのだろう、マッシュが慌てて笑顔を作った。
「まあ俺の勘違いかもしれないな。忘れてくれよ」


 だけど次の日コロシアムに到着し、わたしは、マッシュの勘が当たっていた事を知る。
 珍しい剣を賭けた戦いに見事勝利したマッシュが、笑顔でわたし達に手を振っていたその時、
「ほう、珍しい剣を持っているな」
 コロシアム中に大声が響き渡ったと思ったら、変わった鎧に身を包んだ謎の戦士が、マッシュに戦いを挑んできたのだ!
 マッシュは油断なく構え、わたし達も戦いに加わった。
 火花を散らす剣と、矢継ぎ早に放たれる魔法と、極めた技の応酬が長く続いた後、戦士は魔石に姿を変え、マッシュの手の中に落ちてきた。


「俺を呼んでいたのはお前だったのか……ギルガメッシュ」
「え、ぎる……何?」
「ギルガメッシュ。それがこの魔石の……いや、この男の名前だ」
「そう……なの?」
「そうだ。俺達は、ここで出会う運命だったんだ」


 わたしは理解した。
 今の彼に「好きな魔石は?」と聞いたら、間違いなく「ギルガメッシュ。俺とあいつには通じるものがある」とか何とか答えるんだろうな……と。
 戦友と書いて「とも」と読んだり、敵だった相手が仲間になるとか、そういうの、マッシュ好きそうだから。
 まあ、マッシュらしくていいと思うよ、うん。


あなたのお気に入りの魔石(幻獣)は?

セリスの場合



 久しぶりの野宿で、久しぶりの火の見張り番が回ってきた。テントの外に出ると思いの外空気が冷たくて、身体が一気に冷える。
 せっかく寝てて温まっていたのに。毛布を体に巻き付けて火の傍に座ると、先に出ていたセリスが「お茶淹れたわ。温まるわよ」とカップを渡してくれた。
「ありがと」
 この辺の魔物は正直言って、もうわたし達の敵ではない。魔物もそれを分かっているのか、ばったり出くわしても逃げてしまう。
 なので今日の火の番は、殆ど雑談の時間と言って良かった。
「セリスにはもう聞いたっけ。わたし今、皆に『好きな魔石』のこと聞いて回ってんだ。セリスにも聞いていい?」
「好きな魔石。好きな魔石というか……縁を感じるのは、シヴァね」
 シヴァは、氷の属性を持つ女性の幻獣だ。クールビューティーと言える雰囲気とか、氷系の魔法を使う所とか、似ているかもしれない。そう言うと、セリスは何とも言えない顔になった。
「氷系の魔法を私が得意なのはね、恐らく私に注入されたのが、彼女から吸い取った魔力だからよ……」
 セリスは眠らされたまま、幻獣から吸い出した力を注入されたという。彼女が望んだわけではないとはいえ、帝国を裏切った今、セリスがその事に罪悪感を感じない筈がない。悪い事を聞いてしまったと謝ると「もう昔の事よ。それより、色んな人に聞いて回ってたんでしょ? 好きな魔石」と話を戻してきた。
「色んな人って言うか、ティナとロックとフィガロ兄弟だけなんだけど」
「ちょっと興味あるわね。聞いてもいい?」
 別の話題で盛り上がれる事はわたしにとっても有り難い。ティナからマッシュまで、それぞれのやり取りをセリスに話した。ティナはお父さんのマディンと可愛い系の幻獣が好き、エドガーは女性の幻獣しか眼中にない、マッシュはギルガメッシュと熱い関係、など。
 最後にロックの話になると、話し始める前に「彼は聞かなくても分かるわ。フェニックスでしょう」と言われた。
「うん。でもセイレーンも気になるってさ」
「え?」


 しまった!


 セイレーン。金髪の、歌声が美しい女性の幻獣。ロック曰く彼女はセリスに似ており、そんな彼女が裸同然で現れるからとても興奮するそうだ。けれどそんなこと本人に言えるわけがない。だからロックには秘密にしてくれと言われていたのに、うっかり漏らしてしまった。
「セイレーン?どうしてロックはセイレーンが気になるの?」
 理由なんか本人を目の前にして言える訳が無い。きっと血が流れるもの。主にロックの。
「どうして黙ってるの? ……まさか、言えないような理由?」
 鋭い。けど何をどうする事も出来ず、わたしは俯いた。セリスが数回深呼吸をする気配がした。と思ったら、ひょいと顔を覗きこまれた。
「言いなさい」
「ひっ!!」
 凄い。これが常勝将軍。眼光の鋭さが尋常じゃない。口調まで変わってる。こんなに寒いのに脂汗が浮かぶ。目を逸らしたら……殺られる!
 わたしが固まったのを見て、セリスはすっと離れた。息苦しさから解放され、一息ついたわたしは、あえぐように口を開く。
「セイレーンはセリスに雰囲気が似ていて美人だから気になるそうです」
 セリスは一瞬表情を緩めかけて……わたしを見た後、また常勝将軍の顔に戻った。カップを持っていた手が剣の柄に移動した。さりげない、何気ない動作。けれどわたしも剣を使う者の端くれだ。その動きに隙がなく、殺気がかすかに漏れている事に気づかないわけがなかった。
「私に隠し事が通用するとでも思ったか? それだけではないだろう」
「!」
これが、常勝将軍の本気……!
「ロックはその後、何と言っていた?」
「金髪で、美人で、スタイルがいいので、つい見惚れてしまうそうです」
「他には?」
「セリスに雰囲気が似ているセイレーンがほぼ裸同然なのを見て興奮するそうです」
「そういう事か」
 セリスはふっと笑い「分かったわ。問い詰めてごめんね。お茶、お代わりする?」と何事もなかったように聞いて来た。
 下手に刺激するのが恐ろしいのでわたしも「うん。お代わりする」と素直に答えた。


 そんなこんなで飛空挺に戻ると、真っ先に出迎えてくれたのはよりによってロックだった。
「おう、お帰り! 怪我は無かったか?」
「わたしは大丈夫。だけど、ロックの怪我が心配」
「お前、何言ってんだ?」
「ただいま、ロック。ちょっと話があるんだけど、いい?」
 振り返ると、見た事もないような綺麗な笑顔を浮かべたセリスが、小首をかしげてロックを手招きしていた。
「お、おう」
 ロックはでれっとした顔で、今まで話していたわたしに挨拶もなく、ふらふらとセリスの後をついて行く。
 二人から、そして罪悪感から逃げるようにして台所に駆け込み、帰ったら食べようと思っていたマドレーヌ(マッシュお手製)に手を伸ばした、その時。
 廊下の奥から、ロックの断末魔が聞こえた。


あなたのお気に入りの魔石(幻獣)は?

シャドウの場合



「じゃ、行ってくる。後はよろしくな」
「うん」
 帰るまでには飛空挺に着く予定だったけど、途中で強い魔物に出くわして帰る時間が遅くなり、わたし達は野宿を余儀なくされた。
 マッシュが狩りに、セリスが釣りに行き、残ったのはわたしとシャドウさん。と、インターセプター。シャドウさんが男性用の、わたしが女性用のテントを張り、その後二人で大きな石と道中拾い集めていた枯れ枝でかまどを作った。
 焚き火がいい感じに大きくなり、野宿の準備は滞りなく終わった。わたしは焚き火の傍に腰をおろし一息つき、向かいに座るシャドウさんを見た。シャドウさんはインターセプターの頭を何度も撫で、その次は背中を何度も撫でた。余程気持ちがいいのか、インターセプターは身動き一つしない。
「そう言えばインターセプターって、綺麗な毛並みしてますよね」
「…そうだな」
「やっぱり、ブラッシングとか気をつけてるんですか?」
「……ああ。皮膚病の予防になるし、毛に隠れて見えない傷や、毛に付いた虫も見つけられる」
「へえ。」
 わたしは立ちあがって、シャドウさんと同じようにインターセプターを撫でようとして、諦めた。
 インターセプターに牙を剥いて威嚇しされたのだ。懐かない犬だ、とシャドウさんは言うけど、わたしに対しての懐かなさは異常だ。わたし以外の誰かに牙を剥くところなんか、見たことがない。
「インターセプターはどうして、わたしには異様に厳しいんでしょうか」
「最初に一度だけ頭を撫でた事があっただろう」
 わたしがシャドウさんと初めて会った時のこと。インターセプターに気付いて、シャドウさんに断って頭を撫でさせてもらった事がある。
「はい」
「その時の撫で方が不満だったのだろう。こいつは物覚えが良く、気位の高い奴だからな」
 シャドウさんはまたインターセプター、略してインセプの頭を撫でた。インセプはまた、気持ちよさそうに目を閉じた。
 それにしても今日のシャドウさんは、多弁だ。
 わたしが話しかけてシャドウさんが答える割合は、大体4〜6割くらいだ。今まで気付かなかったけど、もしかしたら彼は機嫌がいいのかもしれない。
 そこで、なかなかタイミングがつかめなくて出来なかったあの質問を、文字通りぶつけてみた。
「シャドウさん、お気に入りの魔石とか、あります?」
 質問した途端、シャドウさんは固まった。
「今色んな人に聞いてるんです、好きな魔石は何かって。シャドウさんはどの魔石が好きですか?」
 長い沈黙の後、答えが返ってきた。
「生憎、魔石に対する感情など持ち合わせていない」
 予想通りの答えに物足りなさを感じたけど、敢えて何も言わなかった。今あれこれ聞いたら、これ以上の情報を引き出せない。それにわたしには、シャドウさんが他の幻獣よりも少しだけ気に入ってそうな幻獣に、心当たりがあった。
「じゃあ、フェンリルの事はどう思います?インセプと同じくらい強くて役に立ちそうじゃないですか?」
 フェンリル。銀色の狼の姿をした幻獣。犬(インセプ)の事になると饒舌になるシャドウさんだから、きっと食いついてくるだろう。そして予想通り、シャドウさんは食いついて来た。
「インターセプターだ。俺の許可なく略して呼ぶな」
「すみません……」
 食いついて来た場所が違っていたけど、とりあえずは食いついて来た。
「こいつは己で判断して攻守の切り替えが出来る。呼び出さねば働かない石とは出来が違う。そもそも俺は石の力など必要としていない」
 そう言えばシャドウさんは、せっかく覚えた魔法を使わない。
「石は誰であろうと呼び出した者の言いなりだが、こいつは俺の命令しか聞かない。忠実さと言う点でもこいつが上だ」
 確かに。
「石とインターセプターを比較するなど無意味だ。石の本体が犬の姿をしていようがいまいが、関係無い。それに……」
 言葉を続けようとして、シャドウさんは話し過ぎた事に気付いたのだろう、言葉を飲み込んだ。
 多分これ以上何か聞きだすのは無理だな。追求を諦め、わたしは頭の中に刻み込んだ。


 シャドウさんは、特に好きな魔石はなし。
 というかインセプ、じゃない、インターセプターの事で頭がいっぱいで、魔石の入る余地は無いのかもしれない。
 ほんとに愛されてるんだな、と思ってインターセプターを見ると、当然だと言わんばかりに鼻を鳴らした。


あなたのお気に入りの魔石(幻獣)は?

カイエンの場合



 その日わたしは、世界は崩壊したんだ……と再確認していた。
 たまたま訪れた町の、殆どすべての家の庭に野菜が植えてあり、家によっては「野菜を取るな」の看板が立ててあったりしたからだ。世界崩壊後、それぞれの地方でそれぞれに被害が出ているようだけど、ここでは食糧不足が深刻らしい。そういう事情もあって、当然食べ物の値段も高かった。ひと月分の食料を買おうと持って来たお金で買えたのはほんのわずかの食料で、これじゃ数日持つかどうかも怪しい。落ち込みながら飛空挺に戻って厨房に入ると、珍しくカイエンさんがいた。
「お帰りでござる。食料は沢山買えたでござるか?」
「値段が高すぎて……これだけしか買えなかった」
「何と……しかし小麦粉はまだ沢山あるでござる。しばらくはそれで何とかするしかあるまい」
 頷いたわたしは、カイエンさんが作っている料理の正体が気になり、火にかけた鍋を覗き込んだ。
「これ、何?」
「ドマの麺料理で、「うどん」でござる。料理当番になった折に振舞おうと思ってな。良かったら食べて、感想を聞かせてくれぬか?」
「うん、ぜひ!」


 カイエンさんの「ウドン」はとても美味しかった。もちもちした麺に、あっさりしていながら旨みのあるスープが絡む。「良かったらこれも」と勧められて入れた赤い香辛料はぴりっとして、また違う味を楽しめた。
 量は多くないけどお腹いっぱいになって腹持ちもよい。感想を伝えるとカイエンさんは「良かったでござる」と笑った。
 穏やかな時間が流れる中、ふとわたしは思い出し、唐突にその疑問をぶつけた。
 「ねえカイエンさん。カイエンさんって、好きな魔石とか、お気に入りの幻獣とか、ある? 今色んな人に聞いてるの」
 カイエンさんは魔石、と呟き、「オーディン……いやライディーン殿は、尊敬に足る殿御だと思っておるよ」と頷いた。
 ライディーン。馬に跨った古代城の戦士。愛する国と愛する人を守ろうとした戦士。カイエンさんそのものと言っていいくらい、生き方に重なるものがある。
「あと、ラグナロック殿、あいや、剣に殿を付けていいものか。まあとにかくラグナロック殿にも興味があるでござる」
 伝説の武器が魂を得て幻獣になったラグナロック。剣を愛し、その威力を最大限に引き出すカイエンさんなら、確かに気になるだろうな。
「装備出来ないのが残念でござる…」
 カイエンさんは残念そうな顔をした。わたしも少し残念だった。いかにもカイエンさんらしい答えだったからだ。
「他に、気になる幻獣はいる?」
 この質問をすると、予想通りの幻獣の他に、意外な幻獣を答えてくれる人がいた。だからカイエンさんからも意外な答えを引き出したい!
「いや…とりあえず印象的なのは、そのお二方だけでござる。本当でござる」
「………」
「………」
「………」
「……お主が求めておる答えとは少し違うかもしれぬが、実は……」
 黙ったまま視線をそらさずにいたのが功を奏したのか、カイエンさんがため息をついて話し始めた。「何と言うか……拙者に『あぴーる』してくる幻獣がおるのでござる」
「アピール?幻獣からちょっかいを出してくるって事?それって誰?」
「セイレーン殿とラクシュミ殿でござる」
 意外過ぎた。てっきり強い人が好きそうなギルガメッシュや、ドマで会ったアレクサンダー辺りが出るかと思ったのだ。セイレーンもラクシュミも女性の幻獣だ。しかもセクシー系の。
 何故その二人がカイエンさんに?じっと見つめると、カイエンさんは泣きそうな顔で続きを話してくれた。
「………何故か二人とも、タニマを見せつけてくるのでござる」


 セッツァー、エドガー、ロック、カイエンさん、つまり男性陣だけで探索に出かけた日の夜。
 火を囲みながら、皆で、女性の好みについて…もっと言えば、少しえっちな話で盛り上がっていたらしい。(顔をしかめると「皆若いから仕方のない事でござるよ」とカイエンさんはフォローした)
 やがて「幻獣の女性は皆美人」という話になり、それぞれが特に好みの幻獣の名前を挙げ始めた。
 ロックはセイレーン、セッツァーはセラフィム(服を脱がせる楽しみがあるらしい)、エドガーは女性の幻獣全般が好みだと主張して。
 最後にカイエンさんの番になり、彼は「拙者は亡き妻以外の女性には興味が無い」ときっぱり言ったのだそうだ。
 これがセクシー系幻獣の何かを刺激した。プライドを傷つけられたと感じたのか、あるいは、自分達に見向きもしないカイエンさんに興味がわいたのか。
 とにかく、次の日から猛アピールが始まった。
 ゴーレムの魔石を持ち歩いていたのに、違和感があって懐を探ると、いつの間にかセイレーンの魔石が入っていた。
 召喚もしていないのに、他の仲間が装備していたラクシュミがいきなり出てくる。
 夜、部屋に一人でいると、どこからか歌声が聞こえる。見回すと他の仲間に預けた筈のセイレーンが、ドアの前に立ち、両手で胸を寄せながら歌っていた。
 剣を研いで貰おうと武器屋に行き、待っている間壁にかかった女性の絵を眺めていると、絵がいつの間にか谷間を強調したラクシュミになっていた。
 などなど。
「わしは本当にタニマには興味が無いんでござるよ! もうちょっと慎ましい大きさの胸が好みなんでござる!」
「え……あ、そう……。それは別に聞きたくない情報だったな…」
「それなのにあのお二方は! 大きな胸を寄せてタニマばっかり見せてくるんでござる! 逆セクハラでござる! う、うう」
 カイエンさんは涙目で話してくれていたけど、途中からわたしの存在など忘れたように泣き崩れた。声をかける事も出来ず、わたしは厨房をそっと後にした。
 頭の中に「ライディーン、ラグナロック←カイエンさん←セイレーン、ラクシュミ」と、メモを残しながら。


あなたのお気に入りの魔石(幻獣)は?

ガウの場合



 午後から買い出しに出かけるという日の朝、モグちゃんとガウ君が揃って、午後から天気が悪くなる気がすると騒ぎ出した。
 モ―グリと野生児の勘。信頼性が高そうだということで、話し合う間でもなく、買い出しは午前中に済ませる事になった。道具や食料を大量に買い、帰ってきて荷物を片付けていると、雷が鳴った後に激しく雨が降る音が聞こえた。
 野生の勘を信じて良かった。安心すると急に空腹を感じた。いつもは買い出しの途中でお昼を食べるのだけど、急いでたからそれが無かった。いつもの時間に食べていないから、そりゃお腹もすく筈だ。
 昼食には遅く夕食には早い。干し肉を齧って水でも飲んでやり過ごそうと厨房に行き、食器棚横のフックにかけてある干し肉袋に手を突っ込んだ。運のいい(悪いのかな?)事に最後の一枚だ。
「はらへった……」
 まさにそのタイミングだった。ガウ君が入って厨房にきたのは。
 袋をまさぐっていたわたしと目があったガウ君は、少し沈黙し、きらきらした目でわたしの手元を見た。
「くいもんか?それ」
「あ……うん……」
「おれもほしい!マッシュとしゅぎょうしててはらへった!」
 ガウ君は言うけど、わたしだって空腹だ。干し肉を分けあったくらいじゃお互い腹の足しにもならない。面倒だけど、何か作っちゃおう。
 幸い食料庫には野菜の切れ端が沢山ある。こういう少量余った食材は全員分の食事には使いづいらいけど、小腹がすいた時には有り難い。火が早く通るよう細かく切り、炒めた後適当に水を入れ適当に味付けし、火にかける。やがていい匂いがしてきたので火を止めた。
「はい、どうぞ」
「やった!」
 待たせている間にあげた干し肉をとっくに食べ終えていたガウ君は、適当に作ったスープを美味しそうに飲み始めた。隣で同じようにスープを飲みながら、魔物とともに過ごしてきたこの子は、どんな幻獣が好きなんだろうとふと思い、尋ねてみた。
「すきなげんじゅう、いっぱいいる!」
 これはいきなり意外な答えだ。ガウ君はそういうのにあまり興味が無いと思っていたのに。
「そんなにいるの? どの幻獣が好きなの?」
「うーんと、犬のかっこうしたやつ! あと、牛のかっこうしたやつと、鳥のかっこうしたやつ!」
 犬の格好の幻獣=フェンリル、牛の格好の幻獣=カトブレパスの事だろう。鳥はフェニックスかケーツハリーかな。ヴァリガルマンダも入るかもしれない。そんなにたくさん、どうして好きなの?と聞こうとしたら、ガウ君はさらに先を続けた。
「あと、ウマのかっこうしたやつもすきだ! いちばんすきなのは、牛!」
 馬の格好と言えば、やはりユニコーンだろう。キリンも含むのだろうか。そう言えばライディーンが乗っているのも馬だ。もう少し細かく聞こうとして、名前が挙がった幻獣が全部獣の姿をしていると気付いた。やっぱり獣ヶ原で見慣れてるから懐かしいのかな。誰にも言わないだけで、本当は獣ヶ原が恋しいのかもしれない。少し切なくなっていると、ガウ君はまた続けた。
「ネコと、あたまに石がついたリスみたいなのは、小さいから腹いっぱいにならない! 腹いっぱいになりたい! 肉食いたい!」


 あまり賢くないわたしでも、ガウ君の好みの基準、そして今の彼の状況が理解できた。
 ガウ君は、大きな四本足の獣または鳥が、肉であり食料に見えてしまうらしい。幻獣で魔力があるとかは関係ないみたいだ。
 猫の姿のケットシーと、可愛らしいカーバンクルは、腹の足しにならないから好きじゃなくて、それ以外の幻獣は眼中にない。また、ガウ君がまだまだお腹が空いていることも、とにかくお肉が食べたいのだということも分かってしまった。そう言えば最近海の近くで戦ってばかりで、合間に魚釣りもしていたから、夕食は魚続きだったなあ。多分、一週間はお肉を食べていない。干し肉をちびちび囓るだけでは物足りないのだろう。


 わたしは皿を洗いながら、次の食事当番になったら、必ず肉料理メインにしようと決めた。
 このままだと、肉に飢えたガウ君が、幻獣に齧りつかないとも限らないから…。


あなたのお気に入りの魔石(幻獣)は?

セッツァーの場合



 ある夜の事。談話室で破れた道具袋を塗っていると、セッツァーが真顔で近づいて来た。
「俺の気になる幻獣教えてやろうか?」と言って来た。「最近色んな奴に聞いてんだってな」
「気になるって言うか気に入ってる幻獣を聞いてるんだけど。セッツァーはセラフィムが好きなんでしょ。服を脱がせる楽しみがあるから」
「お前、どこでそれ聞いた?」
「カイエンさんが教えてくれた。そういう訳でこれ以上聞く事はないよ。じゃあね」
 部屋に戻ろうとすると「おい話聞けよ! 飛空挺から叩き出すぞ! 明日から一人で生きていけ!」と半分脅される形で引き止められた。
「何? これ以上何かあんの?」
「ある」
 セッツァーは真顔で答え、コートのポケットから、いつも戦いで使っているスロットを取りだして、わたしの手に握らせた。
「俺が気になってる幻獣ってのは、このスロットと関係があるんだ」
 帝国があちこちで戦争を始めたとの噂を聞き、セッツァーは、万一のために少しばかり自衛しようと思った。剣を持ち歩くのは嫌だった。自分の服装に合わず無粋な感じがする。第一使い慣れていない。そこでダーツをコートに忍ばせることにした。これなら使い慣れているし絶対に外さない自信がある。帝国兵に見つかっても「ギャンブラーが商売道具を持ってちゃおかしいか?」と惚けられる。
 そこまで考えた彼は、どうせなら…と持ち前の洒落っ気を発揮した。もっとスリルを味わおう。スロットで攻撃なんてどうだ、運次第で攻撃が変わるなんて面白いじゃないか。
 わくわくしながら手のひらサイズのスロットを作り、どの目が揃ったらどう攻撃するか考えた。そんなある日、オペラ座のマリアを見て気に入り、攫う事にした。上手く行ったと思ったのもつかの間、成り行きで自衛どころか正面から帝国と闘う羽目になり、スロット攻撃を考える暇など無くなった。


「え、でもあのスロット、もっと色んな物が出るじゃない。全部セッツァーが考えて作ったんだと思ってた」
「俺が考えて作ったのは『飛空挺が揃ったら遠隔操作で飛んできたブラックジャック号が攻撃する』『チョコボが揃ったら、人には聞こえない音で呼び集めたチョコボで攻撃する』だけだ」
 だがセッツァーの話だと、いつの間にか、スロットの目を外すと飼っているうさぎが毎回励ましに来てくれるようになり。
 ダイヤが揃うと、魔石を装備して魔力が上がった影響なのか、どこからともなく七色の光が現れて敵を切り裂くようになり。
『BAR』が揃うと、何かの力が頼みもしないのに魔石に呼びかけ、その呼びかけに応じた幻獣が、頼みもしない得意技を放つ。
 スリーセブンだと、セッツァーにも理解の及ばない何かの力で敵が息絶えるようになったのだという。
「何それ怖い……」
「怖いのはここからだぜ……」
 スロットが自分の手に余る力を宿している事に動揺しながらも、セッツァーはスロットを回し続けた。そして気付いた。
「いつのまにか、入れた筈のないドラゴンの絵が、スロットに登場し始めた…」
「ひっ!!」
「気になるがどうしようもねえ。そんなもやもやを抱えていた時のことだった。洞窟でやばい事になったのは」


 その日の面子はセッツァー、エドガー、ガウ君、リルム。子どものお守かとげんなりしたが、纏め役であり他愛ない会話の出来るエドガーがいるのは有り難い事だったらしい。
 滞りなく探索を済ませた結果、この辺にはめぼしい宝も危険な敵もいないとエドガーが判断し、飛空挺に帰ろうとした時、久しぶりに探索に加わった子ども組が文句を言い始めた。もっと探検したい!野宿したい!などなど。
 エドガーが宥めるより先にセッツァーが怒鳴った。遊びじゃねえんだとか、そんな事を言ったそうだ。
 リルムは涙目になり、ガウ君は怒って言葉にならない叫びを上げながら、リルムの手を引っ張って走り去った。
 行き先に心当たりはある。途中で見つけた洞窟だ。入る準備をしてから来ようという事で入らなかったのだが、子ども二人が物足りなさそうな顔をしていたのを覚えていた。
 セッツァーの言葉にエドガーが頷き、二人でその洞窟に向かうと、奥から子どもの悲鳴が聞こえる。声と音を頼りに洞窟の奥までたどり着き、そこで二人が見たのは、腰が抜けて動けないリルムと、その前に立ちはだかって敵の攻撃を防ぐガウ君の姿だった。
 エドガーがボウガンを構え、セッツァーはスロットを回した。そしてこのタイミングで、あのドラゴンが揃ったのである。


 むわんとする熱気に、セッツァーは目を閉じた。
 再び目を開けた時、目の前には口から放った炎の球で敵を殲滅する、あのドラゴンの姿があった。名前も知らない生き物で、見た事もない攻撃方法だった。
 戦闘は一瞬で終わり、目の前の光景をぼんやり見ていた子どもたちは助かった事を実感したのか、セッツァーに抱きついてきた。
 その頭を撫でながらさっきの生き物について考えたが、エドガーの「長居は無用だ」の声で我に返り、さっさと飛空挺に戻ったのだった。


 後にセッツァーはデスゲイズを倒し、その竜がバハムートという幻獣である事と、あの攻撃が「メガフレア」という魔法だと知るのだけど。
 つまり彼は、いや彼のスロットは、まだデスゲイズの体内にあったはずのバハムートまで召喚したと言う事だ。
 敢えて言えば、バハムートの生き霊、とでもいうべきだろうか。


「やめてよ! わたしそういう話ほんと駄目なんだからあああ!」
 思わずスロットを放り投げると、スロットは弧を描いたあと、がちゃん、と嫌な音を立てて床に落ちる。
「おい何やってんだ!俺のスロットだぞ!」
 怒鳴った後スロットを拾い上げようとしたセッツァーは、拾い上げようとした格好で固まった。
「スロットが……動いてる……」
「……そんなの落ちた拍子でレバーが動いたんでしょ? 怖がらせようったってそうはいかないんだから……」
「………また、見た事のねえ絵が出てやがる……何なんだよこれ……」
 覗き込むと、白いシーツを被ったような人の絵柄が揃いそうになっていた。セッツァーはぴんときていないようだけれど、わたしは前に見た事がある。確か、見たのは迷いの森とか魔列車だ。目の前をふわふわ歩いてて、いきなり襲ってきた幽霊の姿に凄く、そっくりで……。


「いやああああああ!!!!!!」
「! お、おい待て! 置いて行くなああああ!!!!」
 わたし達は競い合うようにその場から駆け出し、みんなのいる談話室に逃げ帰った。


 その後、全員を引き連れてスロットを取りに行ったのだけど、どれだけスロットを回しても、さっき見た絵柄が出る事は無く。
 きっと見間違いだろうと宥められ、また夜に大騒ぎしていることを軽く叱られたりしたのだけど。
 その日以降、セッツァーはあれだけ嫌がっていたへいじのじってを付けるようになった。
 真っ先に逃げたのはわたしだから突っ込むまいと思ったけど、彼のこの行動は、腰抜けと言っていいんじゃないのかな……。


あなたのお気に入りの魔石(幻獣)は?

モグの場合



「ただいまークポ」
 ナルシェに戻っていたモグちゃんがドアを開けて入ってきた。ぽてぽてと暖炉に近付き、すとんと腰を下ろして暖を取り始めた。
「お帰り。ナルシェは寒かったでしょ。紅茶飲む?」
 モグちゃんは頷き、「甘い物も食べたいクポ」と付け加えた。厨房からモグちゃん用のカップとチョコレートの袋を持ってきて「これでいい?」と尋ねると、細い目をますます細くして何度も頷く。
 甘い物は種族の境界を軽々と越える。わたしも自分の分の紅茶を淹れてモグちゃんの隣に座り、そっとその姿を盗み見た。
『……やっぱり』
 モグちゃん、ところどころ、薄毛になっている。毛の生え代わりの時期だからとか、そんな自然的な理由ではない。
 世界が崩壊してからというもの、魔物との戦いが激しさを増し、強力な魔力を操れるティナが戦闘に加わる回数が多くなって。
 ティナは不満を口にした事は無いけれど、無意識にストレスを感じているのか、モグちゃんをふかふかする回数がかなり増えた。そしてティナがふかふかした後はいつも、大量にモグちゃんの毛が抜けている。きっと薄毛の原因は、毛が抜けるほど執拗に触られすぎているからだと思う。
 ティナとモグちゃんの組み合わせは見ている分には可愛いのだけど、薄毛のモグちゃんを見るのは切ない。何とかしたい。
「あのね、モグちゃん。言いにくいんだけど、最近よく毛が抜けたり……しない?」
 ビクッ。ふわふわの肩が震えた。
「あのさ。わたしからティナに、少しふかふかを控えるように言ってあげようか」
「駄目クポ!」
「え、でも」
「きっとティナは凄く気にしてしまうクポ。だから……ボクを触る事であんなに頑張っているティナが元気になってくれるなら、ボクは嬉しいクポ」
 モグちゃんが強く言うものだから、それ以上何も言えなかった。薄毛の事は気にはなるけど、モグちゃんがいいというのならいいのだろう。
 何となく妙な空気になり、強引に話題を変える事にした。聞いたのは勿論、好きな幻獣のことだ。
「好きって言うか……うーん……一番なじみ深いのは、やっぱりばりがだクポ」
「え、バリ、え?」
「ばりがだ」
「あ、ああ、うん、なるほどね」
 ばりがだ?そんな幻獣いたっけ?どうしても思い出せない。
「ボクは洞窟の奥で暮らしてて、滅多に外に出なかったクポ。外は人も魔物もいっぱいいて危険クポからね」
「う、うん」
「だけど時々思ってたくポ。外に出て走り回りたい、そうだ鳥になって飛んでみたいクポ!って。だからばりがだはボクの憧れだクポ」
「……」
 という事は、鳥の姿の幻獣ってことかな。該当しそうなのはフェニックス、ケーツハリー、ヴァリガルマンダあたり。でも飛んでみたいって事はもしかすると、翼があって飛べる幻獣の事を言ってるのかもしれない。となると、ラクシュミとかセラフィム……バハムートも候補に入れていいのだろうか。
「どうしたクポ? ちゃんと聞いてるクポか?」
 聞いてるも何も、どの幻獣の事かわからない。だけどしみじみと話すモグちゃんを遮るのは悪い気がして、当たり障りのない相づちを打ちながら、幻獣の正体を探る事にした。
「き、聞いてるよ。た……確かに、なじみ深いと言えばそうかもしれないね」
「そうクポよ。まあ向こうはボクの事、知らないんだけど」
「それは残念だね」
「でも強力な魔法をいっぱい教えてくれたりして、よくしてくれるクポ」
「そう、いい人……いや幻獣なんだ」
「うんクポ」
「じゃあいつもその幻獣の魔石、持ち歩いてるの?」
「ううん、今日だけ特別クポよ。ばりがだにとって、ずっと眠ってた場所が故郷みたいなものかなと思って持って行ったクポ」
 なじみ深い、翼、ナルシェで眠ってた……分かった!
「じゃあ、ヴァリガルマンダも喜んだだろうね」
「それはよくわかんなかったクポ」


 今回分かった事は、モグちゃんの薄毛は、モグちゃんが望んだ結果であるということ、モグちゃんの好きな幻獣がヴァリガルマンダであるということ。
 あと種族の違いのせいか、彼だけがそうなのか分からないけれど、モグちゃんはラ行の滑舌があまりよくないということだった。
 やっぱり、種族間の壁はそこそこ高い。


あなたのお気に入りの魔石(幻獣)は?

ウーマロの場合



 暑い。
 今、飛空挺はフィガロの砂漠近くに停まっていた。
 エドガーは仕事をしにフィガロ城に行き、暇を持て余した数人は砂漠を荒らす魔物を退治しに行っている。一緒にどうかと誘われたけれど、暑くてとてもそんな気になれなかったわたしは、こうして飛空挺の中で冷たい紅茶を飲んで涼んでいた。
「うー」
 弱弱しい声とともに、ウーマロがのそのそと談話室に入ってきた。
「あつい」
 そう言えばウーマロは雪男だった。寒い所でも平気で動き回る半面、暑い所では元気をなくすみたいで、今も大きな体を引きずるようにして歩きながら、やっと、という感じでソファーに体を投げ出す。
「飲む?」
「のむ」
 毛だらけの手で紅茶を受け取った後、すぐには飲まずグラスを顔に当てて涼を取っている。わたしでもこれだけ暑いのだ。全身毛だらけのウーマロは、もっと暑いんだろうなあ。
 それにしても、こんな風にウーマロと一対一で話す事なんて滅多にないことだ。
 仲が悪い訳ではないけど、ウーマロはモグちゃんやガウ君と一緒に遊ぶ事が多く、わたしは女の子たちと過ごすことが多い。グループが違うから、あまり話さない、みたいな。
 珍しい二人きりの時間を活かさない手は無い。早速あの疑問をぶつけてみた。
 ウーマロはつぶらな瞳を少し大きく見開いて、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。巨体に似合わない動きが意外に可愛い。
 人間とは色んな感覚が違うから話しにくそうだと思っていたけど、意外にそうでもなさそうだ。これからはもっとウーマロとも話してみようかな。
「げんじゅう……ませき……」
「そう。今ね、皆に聞いて回ってるの。お気に入りの幻獣は何ですかって」
 わたしの予想はミドガルズオルムだ。だってウーマロが彫刻用に持っていた石だから。見つめていると、ウーマロもわたしの目をじっと見つめ返した。気のせいか悲しそうに見えた。
「どうしたの? わたし、何か悪いこと聞いた?」
「おれ、ませき、そうびできない。まほうも、おぼえられない。だから、好きなませき、よくわからない」
 そうだった。わたし達は服のポケットに入れたりして魔石を装備できるけど、ウーマロは出来ないんだった。なぜなら彼は体毛が通常装備、つまり全裸だから!
「みんな、火を出したり、雷を出したり、けがをなおしたりできる……うらやましい……」
「あ、あの」
「おれも、みんなのまねして、まほうの練習したことある……でも、できなかった」
「あのごめん、もういいから」
「まほうがつかえたら、じぶんで氷を出せる。こんなにあつくても、こまらない」
 どうしよう。わたしが何の気なしに聞いた事で、こんなに困らせてしまうなんて。
「……大きな氷、出してあげようか? ここじゃ狭すぎるしセッツァーに怒られそうだから、外に出ないといけないけど」
 ウーマロの顔が輝いた。毛で表情が良く分からないけど、そんな気配を感じた。
「たのむ」
「わかった。じゃあ、ちょっと外に出ようか」
 荷物の中からシヴァの魔石を取り出し、一緒に外への階段を降りながら、わたしは考えていた。
 ウーマロは魔石が装備出来ないけど、多分装備出来たら、体質上、一番のお気に入りはシヴァになるんだろうなあ、と。


あなたのお気に入りの魔石(幻獣)は?

ストラゴスの場合



 ストラゴスさんの夜は、意外に遅い。
 それまでわたしは、お年寄りの人は早寝早起きするものだと思い込んでいた。だから深夜の談話室でストラゴスさんが本を読んでいたり、お風呂に入るのが遅くなって真っ暗な廊下を恐る恐る歩いていると、ストラゴスさんの部屋の扉、その隙間から灯りが漏れているのを見た時は、すごくびっくりした。
 ある日それを本人に言ったら、「ワシは一生かけてモンスターの謎を解き明かすんじゃ! 忙しくて老いる暇なんかありゃせんゾイ!」と、こっぴどく怒られてしまった。
 そこからは長話の始まりだ。「『○○だから△△に違いない』という思い込みは良くない。固定観念を持ってしまう事で新しい発想が出来なくなるからでもあるが、容易に偏見に繋がるからだ。『魔法は危険だから魔導士も危険に違いない』という思い込みと偏見から始まった魔導士狩りが悪い例じゃゾイ」と、ストラゴスさんは語る。
 魔導士という単語が出た事で、今度は話題が魔法に切り替わった。
 ストラゴスさん曰く、全ての人には潜在的に魔力が眠っている。ただ非常に微々たるものだから、サマサの人のように魔法を覚えるまでには至らない。
 だけどわたし達が持ち歩いている魔石は、人に眠っている魔力を引き出し、増幅させる働きがある。そのおかげでわたし達でも魔法を覚えられるようになったのだそうだ。
 魔法を使えるのだから、強い魔力を身に纏うようになる。だからストラゴスさんが最初にティナやロックと会った時も、一目で二人が魔法を使うと見抜いたそうだ。ただ力を悪用していない事もまた一目でわかったので、協力はしないが邪険にもせずにおくつもりだったらしい。
 だけどその後、帝国が魔導の力を悪用しようとしているのを知った。サマサが魔導士の村である事も気付かれた。放っておくと村は滅ぶ。魔法の悪用は世界を恐怖に陥れる。これは放っておけぬと思い、戦う事にしたそうだ。
 最初こそどうやって逃げようかと思っていたけれど、ストラゴスさんの長話は意外に面白い。気付くと話に聞き入り、質問を繰り返し、結構な時間を過ごしていた。
 一度質問を止めて、ふう、とため息をついた時、思い出した。あの疑問をまだストラゴスさんにしていなかったのだ。そこで、早速尋ねてみた。
「お気に入りの魔石、か。ふむ……難しいのう」
「ごめんなさい……でも気になってしまうとどうしても放っとけなくて」
「いやいや、面白い質問じゃて。そうじゃなあ……」
 ストラゴスさんはしばらく目を閉じ、困ったように目を開いた。
「うむ……どの魔石の幻獣もそれぞれ非常に個性豊かでの、選ぶことが出来んゾイ」
 だろうなあ……と思った。魔物が好きでその技の謎や生態に惹かれ、生涯追い続けている人だ。同じように謎に満ちた存在である幻獣にも大いに関心があるに違いない。だからどれか一つ、いや一人あるいは一匹を選ぶなんて出来ないのだろう。
「まあ、生態や技で選ぶことは非常に困難じゃが」
 黙っていると、ストラゴスさんがぱちりと目を開けた。
「単純に見た目が気に入っておる奴ならおるゾイ」
「え!? ほんと」
「うむ。サボテンダーじゃ」
「サボテンダーかあ」
 サボテンダーは珍しく、かっこいいとか奇麗とか、また可愛いとか言える見た目の幻獣ではない。
「幻獣は天使や神獣、あるいは魔物のごとき風貌のものが殆どじゃが、あれは何というか……味のある見た目をしとるじゃろ。」
 そう、それだ。単純なシルエットなのに妙にインパクトがある、独特の存在感。
「んー、なんか、ストラゴスさんと似てるよね。サボテンダーって」
「んん!?どういう事じゃ」
 誤解されそうになっている。わたしは慌てて言葉を続けた。
「どちらも不思議な存在感がある所が似てるよ。サボテンダーは幻獣なのにああいう見た目だから、実はわたしも身近に感じてたんだよね。で、ストラゴスさんは一番年長だし色んな事知ってるからもっと尊敬されてもいいのに、わたしもそうだけど、みんな敬語すら使わずに対等に話しかけてくるでしょ? だからなんだか似てるなって思ったの。どっちも尊敬と親しみを同時に与える存在っていうか」
「ほほう」
 ストラゴスさんは髭を撫でながら、鼻息を荒くした。
「ぼんやりしているように見えて、なかなか鋭いのう。お主、案外研究者に向いておるかもしれんゾイ」
「え? そうかなあ。えへへー」


 照れて頭を掻きながら、わたしはぼんやり考えていた。
「おじいちゃん同士、ラムウさんとか親近感湧いたりするんじゃない? 健康の話題で盛り上がったりして」なんて軽率に口走らなくて、本当に良かった、と。
 口を滑らせていたら今頃わたし、青魔法の威力を身をもって知る事になってたんだろうなあ。ああ、恐ろしい恐ろしい。


あなたのお気に入りの魔石(幻獣)は?

ゴゴの場合



 気まずい。
 ゴゴさんと並んで町を歩きながら、わたしはとんでもない居心地の悪さを感じていた。
 その日買い出し担当だったわたしは、同じく担当だったカイエンさんの支度が終わるのを談話室で待っていた。けれどカイエンさんがいつまでたってもやってこない。
 どうしたんだろうと部屋をノックして中に入ると、そこで見たのは腰に湿布を貼ってベッドに横になるカイエンさんと、腰をさするマッシュだった。聞けば寝坊して大慌てで出かける準備をしていて、慌て過ぎて足を滑らせ転び、腰を強く打ってしまったらしい。
 酷く打ちつけたようで、痛すぎて立ち上がれないし動けない。買い物などとても無理だ。転倒した音を聞いてやってきたマッシュの手を借りてベッドに横たわり湿布を貼ってもらった所だそうだ。
「そういう訳で、すまぬが買い出しは別の人と一緒に行ってくれぬか」
「別の人……じゃあマッシュ、お願いできる?」
「俺は食事当番だし、カイエンに食事を運んだり湿布を取り換えたりするから、ちょっと無理だ」
「あ、そうか……。じゃあ、他の人を探すよ。カイエンさん、お大事にね」


 という訳で他の暇そうな人を探したのだけど、みんな別の当番だったり出かけて留守だったりと、なかなか人が捕まらなかった。買い出し当番が二人なのは、帰りの荷物が半端なく多いからだ。一人でその大荷物を抱える自信はなく、困り果てた時、視界の端に派手な姿を捉え、わたしはすかさずその人物を呼びとめた。
「ゴゴさん! 今暇ですか!?」


 という訳でわたしはゴゴさんと、初めて買い出しに来ている。
 安く大量に食料が買えたし、ゴゴさんも意外に力持ちで(力持ちのマッシュの真似をしているのかもしれない)ちゃんと荷物を抱えてくれているけれど、とにかく雑談の話題がない。
 実はわたしはゴゴさんとあまり話したことがないし、ゴゴさんも誰かに積極的に話しかける方ではない。結果お互い沈黙しながら歩き続けている。もう気まずさが半端じゃない。
 神様助けて下さい!どうか会話の糸口を下さい!と、平素を装い、でも頭の中では必死に祈っていた時、祈りが届いたのか、話題が天から降ってきた。
「ゴゴさんって、好きな幻獣とか、魔石とかあるんですか」
 ゴゴさんの隠された口元から発されたのは、やけに可憐な声だった。
「うーん……私の場合はお父さんかしら」
「ゴゴさん、ティナの真似上手いですね。でもティナの好きな幻獣はもう聞いたんで、ゴゴさんの好きな幻獣を教えて下さい」
「残念ながら私は魔石が装備出来ないんだよ、レディ。思い入れがないものを好きかどうかと聞かれても、困るだろう?」
「エドガーの真似は声だけでいいです。肩に手を回すとこまで真似しないでいいです」
 でも言っている事は納得できる。確かにゴゴさんは魔石を装備出来ない。戦ってる時、人が使った魔法の真似を良くしているから、魔力は高いんだろうけど。
「でも他の人が幻獣を召喚してるの、何度か見てますよね。その中で『この幻獣いいな』とか思う幻獣、いませんでしたか?」
「いないゾイ」
 ゴゴさんの、荷物を抱えていた腕から力が抜け、荷物が落ちそうになった。慌てて荷物が落ちないよう一緒に抱えながら、わたしは食い下がる。
「ストラゴスさんの腕力まで真似するのはやめて下さい。腕力だけはマッシュの真似をし続けて下さい」
「もう! いちいち注文が多いんだから! 似顔絵描いちゃうぞ!」
「ゴゴさんって老若男女、全部真似出来るんですね。今のなんてリルムそのものですよ」
「当たり前だろう?俺を誰だと思ってやがる」
 頭巾の奥の目が細くなる。しぐさと声だけで、実は目の前にいるのはセッツァーなのではと思ってしまった。ゴゴさん、皆とあまり関わらないようで、よく見てるんだなあ。
「ゴゴさんって、皆のことよく見てるんですね。ほんとそっくり」
「え? そうかなあ、そんな事ないけど……そうかもしれない、かも」
 ん? 今のは誰の真似だろう。変に歯切れの悪いしゃべり方だ。一瞬気になったけど、わたしは同じ疑問を繰り返した。
「ところでそろそろ好きな幻獣、教えて下さいよ」
「だから、いないですってば! 何度聞かれても、いないものはいないからいないの!」
 妙に子供っぽい、頭の悪そうな話し方だけど、ガウ君にもリルムにも似ていない。仲間以外の子どもの真似だろうか。
「じゃあ逆に聞きますけど、そっちは好きな幻獣を急に聞かれて、ぱっと答えられるんですか。答えられないでしょ」
「え? まあ、ぱっとは答えられないけど……でも」
「そういうこと。自分が出来ないことを、人にさせちゃいけないんです! 分かりましたか?」
 もっともらしいことを、ゴゴさんは得意げに言う。もう、誰の真似なの、この癇に障る話し方。
「ゴゴさん、それ誰の真似ですか。どうしてか凄くむかつくんですけど」
「え、分かりませんか? あなたの一番良く知ってる人の真似なんですけど」
「分からないです」
 結局好きな幻獣を聞くのは諦めざるを得なかったし、その後も延々と誰だか分からない物真似に付き合う羽目になったし、ゴゴさんとの買い出しは散々な結果だった。
 10分程度の帰り道を10時間にも感じながら飛空挺に戻り、部屋に戻り、上着を掛けようとクローゼットを開け、備え付けの鏡に映る自分の疲れた顔を見て、ゴゴさんの言葉を急に思いだした。


『分かりませんか?あなたの良く知ってる人の真似なんですけど』
「……もしかして、わたしの真似、ですか……」


あなたのお気に入りの魔石(幻獣)は?

リルムの場合



「ちょっと! どういうつもり!?」
 部屋で昼寝をしていると、いきなり飛び込んできた少女に甲高い声で怒られた。
「あんた、みんなに好きな幻獣を聞いて回ってるみたいじゃない」
「うん……そうだよ」
「なんでいつまでたってもリルム様に聞きにこないのよ! 色々考えて待ってたのに!」
 リルムは、わたしがエドガーと好きな幻獣の話をしているのを偶然見かけて、その話題に興味を惹かれたらしい。それで自分なりにどの幻獣が一番好きか考え、結論を纏めてわたしが話を聞きに来るのをずっと待っていた。
 なのにわたしは他の人にばかり幻獣の話題を振って、いつまでたっても自分の所にはこない。それで怒ったリルムはとうとう、自分から打って出ることにしたそうだ。
「そうだったんだ」
「そうだよ!ところであんた、色男に質問した後、大丈夫だったの? 色男に何もされてない?」
 エドガーに幻獣の話を振ったわたしは、その後なんやかんやでエドガーに押し倒された。何となく雰囲気に飲まれてしまいそうになったけど、はっと我に返り、エドガーを跳ねのけて部屋に帰ったのだった。
「見てたなら助けてくれればよかったのに。まあ、危ない所だったけど金的潰しで反撃して逃げてきたから無事だったよ」
「……それはそれであいつとフィガロの行く末が心配だけど、まいっか。じゃあ早速本題に入るね! リルム様のお気に入りは、聞いて驚け、ラクシュミよ!」
 ラクシュミは、とても美しくて妖艶な女神で、召喚するとなんとなく目のやり場に困る幻獣だ。
 リルムはかつて、「オークションで魔石を手に入れたらラクシュミの絵が欲しくなった」というアウザーさんに請われてラクシュミの絵を手掛けていた。この旅が終わったら、製作途中のその絵を仕上げに行くのだという。確かにリルムとラクシュミの間には切っても切れない縁がある。
「他には無いか聞かないの? みんなには聞いてるんでしょ」
 この子けっこうぐいぐい来るなあ。ま、確かに聞こうとは思ってたけど。
「ラクシュミは割と予想通りなんだけど、他には気になる幻獣、いないの?」
「いるよ!」
「へえ、どの幻獣?」
「ソーナ・シーカー」
 ゾーナ・シーカーは、何だかよく分からない幻獣だ。例えようもない変な姿をしていて、覚える魔法もアスピルだとかラスピルだとか、癖のあるものばかりだ。
 姿が何だか良く分からないから、性質も何だか良く分からない。
 マディンさんやラムウさんは、見た目のせいか人間的な感情を持っている気がする。話しかけたら答えてくれるし。カーバンクルやフェンリルは、見た目のせいか動物的な本能が強い感じがする。セラフィムやセイレーン、ラクシュミは人の姿をしているけれど、美しすぎて非人間的だ。
 他の幻獣に対してもわたしの勝手な解釈で性質を分けているのだけど、ゾーナ・シーカーだけはどこにも分類することが出来ない、よく分からない幻獣だ。
「で、ゾーナ・シーカーの何が気になるの?」
 リルムは、恐らく自分が知っている言葉の中で、自分の感情に一番しっくりくる言葉を選びながら語った。何度も考え、つっかえながら語ってくれたのは、以下のようなことだった。


 自分の絵は、見えているもの以外のものも描いてしまう。
 植物を描けば、物言わぬ植物の物言う声を。水を描けば、瑞々しい流れや揺らめきの中で生まれる命の輝きを。
 人を描けば、その人生までも――例えば裏切りを経験した故の険しい目元だとか、朗らかな人柄を明らかにする笑い皺だとか、傲慢を隠しきれない歪んだ口元だとか、そういうものも、キャンパスに描き表わしてしまう。何故そう描くのかと問われても答えられない。そうなってしまうのだから。それが画才と言えば、画才なのだろう。
 才能を自覚し始めた頃にラクシュミを描く機会が訪れ、リルムは確信した。どうやら自分の絵は、物の本質までも捉えてしまうのだと。
 自分の才能を確かめてみたくて、再集結した仲間の似顔絵をこっそり描いてみた。そこでもやはり彼女の絵は仲間の本質を描き出した。
 マッシュを描けば、細い線でどこか優しげな佇まいに。逆に物腰柔らかいエドガーは、冷徹さと揺るぎない意志を併せ持った支配者の姿を持っている。風に揺れる花のようなティナをモデルにすると、柔らかさに加え芯の強さも加わった似顔絵になったし、祖父であるストラゴスを描くと、小柄な老人の姿に深みと重みが加わった。
「でもね、描いても描いても上手く描けない幻獣がいるの」
「それが、ゾーナ・シーカー?」
「そう」
 彼(彼女?)の本質を、自分の絵筆はまだ捉えられない。何度描いてもこれではないという違和感がある。
 言いかえれば彼を上手く描き上げた時、自分の才能は越えられない壁を超えるのだ。


 リルムのピンク色のほっぺがつやつや光っている。飴玉みたいな綺麗な青の瞳が熱っぽく輝いている。
 今まで聞いたどの「気になる幻獣とその理由」よりも、情熱的な理由だ。
 前々から思ってはいたけど、やっぱりこの子はしっかりしているなあ。感心しているとリルムは、「で、あんたは?」と、わたしを見上げてきた。
「え?」
「え?じゃないよ。あんたが好きな幻獣はどれ?って聞いてるの」


あなたのお気に入りの魔石(幻獣)は?

わたしの場合



 リルムにお決まりの質問「あなたの好きな幻獣は?」をしたら、逆にわたしの好きな幻獣について聞かれてしまった。
 これは困った。人にさんざん聞いていてあんまりなのだけど、わたしは自分がどの幻獣が好きか、全く考えたことがなかったのだ。
「実は、考えた事もなかったんだよね」
「でも考えてよ。みんな答えてくれたんでしょ。だったらあんたも教えてよ」
 確かに。ゴゴさんにも言われたけど、自分が出来ないことを人にさせちゃいけない。
「うーん……ビスマルクは、なんか親しみやすい。わたしが港町出身だからかな。あの子、見た目クジラだし、水属性だし」
「あ、なるほどね」
「あと、暑い日はシヴァ、寒い日はイフリートとかフェニックスが好きよ」
「まあ、みんなそうだろうね」
「なんか疲れた時はラクシュミとかセラフィムとか持ってるかな。でもカーバンクルとかの可愛い系も癒されるし」
 考えてみると、けっこうお気に入りの魔石って出てくるものだ。みんな違ってみんないい、そんな言葉、どこかで聞いた気がする。
「剣を使う者としてラグナロクも使いこなしてみたい、なんて憧れもあるし、あ、あとケーツハリーは単純に見た目が格好いいよね!」
「うん」
「でもアレクサンダーやサボテンダーみたいな『お城なのに幻獣? サボテンなのに幻獣?』みたいな魔石も個性的で面白いし」
「ゴーレムやゾーナ・シーカーとかは?」
「勿論思い入れがあるよ。二つを競売所で競り落とした時、わたしもその場にいたからさ。手に入れた時は嬉しかったなあ」
 その後も思いつくままにあの幻獣はここが好き、あの幻獣はここが好きと言い続けていると「わかったわかった、もういい」とリルムが大声で遮った。
「ようはあんた、全部の幻獣が好きなんだ」
「まあ、嫌いな幻獣はいないけど」
 リルムは「そうだよね、あんたしょっちゅう魔石を磨いてるもんね。他の人は誰もそんなことしないのに」とため息をつく。
「あんたの好きな幻獣は、全て。よくわかったよ、ありがと」
 つまらなそうにドアを開け、呼び止めたけれど足を止める様子もなくリルムは出ていった。まだ話の途中なのに……と、バッグにしまっていた魔石を取り出し、眺めた。


 あの、世界が崩壊した日。飛空挺から放り出されたわたしは気絶し、海を漂い、運良く故郷であるニケア近くの海岸に打ち上げられた。
 目的を見失ったまま、町周辺をうろつく魔物と戦って小金を稼いでいたある日、フィガロ城が砂漠に埋もれたまま出てこないという噂を耳にした。
 お世話になった人達がいる場所、それに仲間の故郷だ。何が出来るか分からないけれど行くだけ行ってみよう。すぐにチケットを買って定期船に乗り込み、サウスフィガロに向かった。
 海を見ながら物思いにふけっていると、急に船が激しく揺れ、わたしは嵐のように波打つ海面に引きずり込まれた。


 引きずり込まれた海の底で見たのは、竜のような魔物だった。
 呆然としていると、竜のような魔物は口を大きく開けた。とろりと一定の方向に向かっていた潮の流れが急にざわざわと震える。魔物が雄叫びをあげたのだろうな、とぼうっと思った。
 そんなことを考える余裕は一瞬で消えた。骨まで押し潰しそうな強い水圧を、無防備な身体にまともに食らったのだ。痛みに耐えられず吐き出した呼吸が白い泡に変わり、気が遠くなった。
 気が付くとわたしは海上に浮かんでいた。赤い空と、船の上でわたしのように船から落ちた人をひき上げようとする人達の姿が見える。
 結局定期船は、またあの魔物が出たら危険だということでニケアに引き返した。
 仲間の故郷が危機なのに何も出来ないこと。不意打ちだったとはいえあの魔物に手も足も出なかったこと。
 悔しくてその夜、宿屋のベッドで泣いた。


 定期船をよく利用する人の話では、あんな魔物、今までは一度も出なかったそうだ。
 けれどわたしが定期船に乗ると必ず魔物は現れ、わたしを海底に引きずりこんでは吹き飛ばした。その度に定期船はニケアに戻り、わたしはいつまでたってもサウスフィガロに渡れなかった。
 ある日、たまたま定期船に乗れなかった日があった。その日は魔物は出ず、船は予定通りサウスフィガロに着いたという。どうやらあの魔物は、わたしが船に乗っている時だけ現れるようだ。
 どうしてそうなるのか分からないまま、勿論定期船にも乗れないまま悶々と過ごしていたある日、セリスとマッシュと再会した。今度は嬉しくて泣いた。
 二人もサウスフィガロに向かうという。一緒に戦おうと誘われ力強く頷き、例の魔物の事を一応説明して、船に乗った。
 ところが魔物は出てこなかった。船は当然のようにすいすいと帆を進め、サウスフィガロの港に錨をおろす。
「あれ?出てこなかった」
「さっき言ってた魔物のことか?さっき船員に聞いたら、魔物を警戒して航路を変えたらしいぞ」
「そうなんだ…まあ、これでやっとサウスフィガロに行けるから、出ないならそれに越したことはないよね」
 あの魔物、どうしてわたしが船に乗っていると出てきたんだろう。何が目的だったんだろう。
 気になることは山ほどあったけど、何しろ今はフィガロ城奪還計画が進行中だ。その魔物のことはすぐ忘れてしまった。


 その後再び、定期船を利用する機会があった時のこと。
 一度は魔物を警戒して航路を変えた定期船は、しばらく魔物の姿が見えないのを確認し、また以前の航路に戻したらしい。と言うことはあの魔物と出会う可能性がある。
 不安を抱えながらも船旅を楽しんでいると、またあの時と同じように船が揺れ、海底に引きずり込まれた。
 あの魔物がいつものように、激しい水圧で攻撃してきた。だけど激しい水圧は白い輝きに代わり、体に力がみなぎってきた。わたしの話を聞いたセリスの提案で、全員カッパ装備をしていたのだ。これで水の攻撃は無効化され、水中の動きにくさも軽減される。
 今までとは勝手が違うと気付いた魔物は、勢いよく長い尾を振り下ろしてきた。すかさずティナが魔法で防御力を上げ、ダメージは最小限に抑える。
 打撃攻撃も効果がない。魔物は作戦を変更し、その長い身体を巻き付けてこようとした。
けれど狙った相手が悪かった。魔物はよりによって某泥棒以上に素早く、おまけにエルメスの靴を履いているわたしを狙ったのだ。当然、魔物の動きを見切ることもかわすことも簡単だった。するりとかわし、わたしは初めてこの魔物に反撃した。
 ダメージは大分軽減されたけど、魔物は防御力が高く、こちらの攻撃も思ったようにダメージが通らない。その難題をクリアしたのは、弱点を作り出せるという、エドガーの新しい機械だった。
「毒に弱くなったぞ!」
 そんなバカな。エドガーのどや顔に思わず乾いた笑いを漏らし、半信半疑でポイズンをかけてみた。
 すると驚いたことに、ファイガ、ブリザガ、サンダガでもケロリとしていた魔物が苦しそうに雄叫びをあげた。エドガーごめん!
 ポイズンであれだけダメージが通るのなら、と、ティナとセリスがバイオを唱えてみた。魔物は声も出せずにのたうち回った。
 二人はその後、何度もバイオを唱えた。魔物はやめさせようと二人を集中攻撃し、わたしとエドガーはそれを阻止するため二人を守る。
 攻防はいつまでも続き、魔法攻撃組の詠唱の声がかすれて途切れ途切れになってきた。一方わたし達も攻撃に耐え続け、疲れてきた。けれど魔物はびくともしない。ティナにセリスの強力な魔法をまともに受けながら攻撃し、それをすり抜けながら反撃するわたしを軽やかにいなし、エドガーの機械を破壊しようとする。これだけの攻撃を受けているのに、楽しそうに吼えながら。
 このままだと体力を削られた揚句、あの魔物に倒されてしまう。危険だけどこれにかけるしかない。
 意を決したわたしは剣を構え直し、最後の力を振り絞って奴の懐に飛び込んだ。予期せぬ攻撃で生まれた魔物の隙をつき、剣を思い切り喉元に突き刺す。
 魔物は暴れ狂い、海中は嵐の最中のように荒れた。カッパ装備でも吸収できない衝撃をくらい、わたし達は海上に吹き飛ばされた。


 その後船の人達に引き上げられ、わたし達は無事にサウスフィガロに着くことが出来た。
 あの魔物が何なのか話し合う気力すらない。疲れ切った体を引きずってサウスフィガロで宿を取り、そろってベッドに倒れ込んだ。多分隣室のエドガーもわたし達の前では格好つけてたけど、きっと今頃同じように倒れ込んでいるに違いない。とりあえずこのまま眠ってしまおう。そう思い、楽な姿勢になろうと仰向けになった。
「痛っ」
「どうしたの?」
「なんかポケットに固いものが入ってる……って、え?」
 入っていたのは魔石だった。しかも見た事のない魔石だ。眠たげな眼をこすっていた二人も、困惑しながら魔石を見つめている。ティナがそっと魔石に触れ、呟いた。
「水の属性が強いわ。というか、さっき戦っていた魔物と同じ魔力を感じる」
 さっきの魔物は幻獣だったのか。道理で異常な強さだったはずだ。ティナはさらに「リヴァイアサン、というのね」と続けた。
「あの魔物の、というか幻獣の名前よ。ね、あの魔物はあなたが船にいる時だけ、出てきたのよね」
 ティナに言われ、わたしは頷いた。
「それはもしかして、あなたが装備している魔石に反応して現れたんじゃないかしら。仲間だと思って海に連れ込んだけど、人間だったから海上に戻した。あなたが何度も引きずり込まれたのは、そんな理由じゃないかしら」
「じゃあ、じゃあさ。今回みんなが引きずり込まれたのは……」
「何故か強い魔力を持った人間がまたやってきた、しかも今回は複数で。……これはあくまで私の勘だけど、あの魔物は単純に力比べをしたくて、私達を引きずり込んだのかもしれない」
 ティナの言葉に、今度はセリスが頷いた。
「そうね。今思えばこの手が駄目なら次の手、それが駄目ならまた別の手を。私達がどう反撃するのか、楽しんでいるような戦い方だった」
 あの魔物が嬉しそうに戦っているように見えたのは、あながち気のせいでもなかったのか。納得したところで、わたしは二人に尋ねた。
「で、この魔石、誰が装備する?」
「あなたが装備しなさいよ」
 セリスの言葉に、わたしは面食らった。
「え、わたし?」
「そうよ。あなたを選んだからあなたのポケットに入ったんでしょう?」
 ティナもにこにこしながら続いた。
「何度も出会って、あなたが止めを刺したんでしょ? あなたと縁が出来ちゃったのよ、この子」
「そんなものかな……」


 そんな出来事があったから、わたしにとって一番縁を感じ、持ち歩いているのは、リヴァイアサンだ。
 リルムに肝心なところだけ聞いて貰えず少し凹んだけど、すぐに気を取り直した。最後まで聞いてくれたところで「話が長い!」と言われかねないし。
 まあ、リルムの機嫌が直ったら教えることにして、今やるべきことをやろう。
 そうしてわたしは、また昼寝を続けたのだった。




戻る