目が覚めたマッシュが最初に感じたのは、強烈な頭の痛みだった。


納めて始めて 来る年編


 「ようやくお目覚めか」
 凶悪な声に思わず跳ね起きる。見ればセッツァーが目覚まし時計を片手にマッシュを睨んでいて、その時計は既に0時半を指していた。
 「……は」
 一糸纏わぬの白い肌を他の男に見られてしまうかと焦ったが、ベッドは既にもぬけの殻で、ただ乱れたシーツと床に落ちた布団だけが、それまでの行為の激しさを物語っている。
 「何言ってんだお前。それより起きろ、皆談話室で待ってんぞ」
 「談話室」
 「新年迎えてじっとしてられなかったんだろうよ。菓子やら干し肉やら持ち寄ってちょっとしたパーティーが始まってる。お前も来い」
 皆、と言うことはも居るのだろう。自分が来たらどんな顔をするだろう。可愛らしく真っ赤になるか、それとも挑発的な瞳で見つめられるか。どちらにしても素晴らしいことだ。まだぼんやりした頭でそう思い汗で濡れた服を着替えた後、セッツァーに引きずられるように談話室に向かった。

 「マッシュ、明けましておめでとう」
 真っ先に声をかけてきたのは、やはりだった。小走りで駆け寄ってきて「今年もよろしくお願いします」と頭を下げる。拍子抜けした。マッシュが想像した反応ではなかったのだ。
 なんというか、凄く、いつもどおりだ。
 「……、他に何か言うことはないのか?」
 「え?ああ、『昨年はお世話になりました』って言ってなかった。へへへ」
 「そうじゃなくて…ところで、いつの間に着替えたんだ?あの時からそんなに時間もたってないのに」
 「あの時?わたし、最初からこの格好だったけど…」
 「いや、パジャマだっただろ?」
 「やだ、みんなで集まる所にパジャマでなんて来るわけないよ」
 「え?じゃあ、セクシーな黒の……」
 マッシュは少し違和感を覚えた。
 さっきまで黒い下着で自分を挑発し、絡み合い、そのまま果てたが、それをおくびにも出さず「明けましておめでとう」なんて呑気に言ってくる。
 しかも普段着で立っていて「最初からこの格好だった」なんて言う。彼女は案外顔に感情が出るから、こんな風に全くいつもどおりに振舞うなんて出来るわけがない。
 『どういうことだ?……あ、そうか』
 談話室は皆が勢揃いしている。おそらくはあの後大急ぎでパジャマを着て部屋に戻り、普段着に着替えて何事もなかったかのように談話室に来たのだろう。
 みんなに変に思われないように。
 マッシュはにやりと笑って、既に自分の元から離れて台所で食べるものを物色中のの背後に立った。
 「
 「なに?あ、そうだ、マッシュも食べなよ、向こうにあるお菓子と干し肉。ガウ君とリルムからだよ。お茶はティナが淹れてくれたの」
 「いや、俺は」
 何をどう伝えるか考えながら白い手を取り、そっと持ちあげてチュッと口づけると、不思議そうな顔をしていたが「わっ!」と叫んで勢い良く離れた。
 「ちょ、何するのいきなり!」
 「そんなに照れなくても良いだろ、さっきはあんなに大胆だったくせに」
 「さっきからマッシュ何言ってるの、意味分かんない」
 「意味が分からないのはこっちだよ、一緒に楽しく過ごしただろ?…俺のベッドの中で」
 ようやく何を言われているのか理解したのだろう、の驚いた顔が真っ赤になっていく。色々と思いだしたのかな、と思わずいやらしい笑みを浮かべた瞬間、ぱしん、と平手打ちが飛んできた。
 「マッシュ気持ち悪い!ばか!変態!もう喋らないから!」
 は怒りをあらわにして叫び、マッシュは益々訳が分からなくなった。とりあえず話し合おうと一歩近づこうとして、肩を何か固いもので叩かれた。
 「そこまでにしとけ」
 振り向くとロッドを持ったセッツァーが、やけに悟りきった表情を浮かべていた。
 「マッシュ……全部、夢だったんだ……」


 セッツァーは新年早々後悔していた。
 時間はマッシュが起きる前まで遡る。
 皆が談話室に集まってカウントダウンを始め、カウント終了とともに歓声をあげて新年の挨拶を交わし合った。
 和やかな空気に浸っていたかったのか、ティナが皆の分の紅茶を淹れ始め、リルムがお菓子を、ガウが干し肉を持ってきた事でささやかなパーティーが始まって。
 エドガーが、マッシュだけがその場に居ない事に気付き、が呼びに行こうとして、それを引き止めて自分が彼を起こしに行く、と言った事を心底後悔していた。
 起こしに行くといった理由。それはほんの出来心である。マッシュがに好意を抱いている事を知っていたセッツァーは(彼だけでなく殆どが知っていたが)眠りこけているであろうマッシュをの真似で起こし、どんな反応をするのか見て初笑いしたかったのだ。
 そんなわけで、鼻歌を歌いながらマッシュの部屋に向かい、ノックもせずにドアを開けた。談話室のあの騒ぎに気付かないのだから、寝ていることは確信していた。
 部屋の中のマッシュは思った通り眠っていた。ただ、セッツァーの想像よりも激しく動きながら寝ていた。
 「なんだ、こいつ……」
 布団は下に落ち、毛布を抱きしめ、しきりに脚を…というより腰を動かしている。一瞬だけ血の気が引いたが、嫌いな物は腰ぬけと明言しているだけあって、セッツァーはすぐに怯んだ己に舌打ちした。
 この動きでどういう夢を見ているのか、流石に分かる。これは当初の目的が決行しやすいじゃないか、とも思った。
 何度か咳払いをし、なるべくの声に近づけようと小さい声で練習した後。
 激しく動くマッシュの方をさわさわと撫で、彼の短い金髪を耳に掛けると、練習した高い声でそっと囁いた。
 「ああんマッシュ、愛してるわー」
 激しい動きがぴたりと止まる。吹き出したいのを堪えてさらに囁いた。
 「抱いて―もっと激しく抱いて―」
 マッシュが起き上がった。背中越しで顔は見えないが、おそらくはきょとんとしているのだろう。
 『その間抜け面、思い切り笑ってやるよ。さあ振り向け!!』
 念じた途端、マッシュが振り向いた。
 「あっは……」
 爆笑は途中で止まった。抱きしめられて唇を塞がれたからである。それはもうぶちゅううううと。思い切り情熱的に。
 流石のセッツァーもこの展開は予想していなかった。
 「!俺も、俺も愛してる!!」
 「うるせえ!人違いだ!」
 必死で唇を引き剥がし、パニック寸前だった頭で最初に思いついたのは逃げることだった。だが同い年とはいえ、セッツァーが博打に明け暮れていた時、その時間をまるまる修行に費やしていたマッシュの腕力から逃げられる筈もない。
 「一晩中寝かさないからな!」
 「いや寝かせろよ!つーか離れろ!」
 興奮しているマッシュは相手がセッツァーである事にまるで気付いていなかった。それどころか己の言葉を実行しようと、セッツァーをベッドに引きずり込もうとする。
 「バニシュ!!」
 本気で貞操の危機を感じ、疲れるから戦闘中以外は使ったことのなかった魔法でようやく難を逃れると、これまでの怒りを込めてマッシュを時計で殴って正気に戻した。
 そして、未だに夢と現実の区別がついていなさそうなマッシュを引きずって、談話室まで連れてきたのだった。
 今年から、マッシュだけはからかわない、と心に誓いながら。


 そんなわけでセッツァーは新年早々後悔したが、マッシュは新年早々落ち込む羽目になった。
 全てが妄想の産物だったのだから。しかも夢と現実の区別がつかないままに迫って機嫌を損ねてしまい、怒った彼女は目も合わせてくれなくなるというおまけつきだ。
 「どんな夢だったんだよ。いや、何となく予想はつくけどな」
 隣でグラスを傾けながらセッツァーが尋ねてきた。さっき肩をロッドで叩いて来たことと言い、彼は何故かマッシュと微妙な距離を開けていた。
 「詳しくは言えないけど、凄くいい夢だよ」
 全てが最高の……夢だった。
 改めて離れた所に居るを見つめると、女同士の話に花を咲かせていたが視線に気づいて、マッシュと目が合うと、ふん!とばかりにそっぽを向く。
 「はあ」
 もう一度夢の中のを思い出す。挑発的な言葉、匂い立つように美しい肌、セクシーな下着姿、そして彼女の中の感触までも。
 「セッツァー、俺、決めたよ」
 「何を」
 「新年の抱負ってやつをさ」

 今年はあの夢を正夢にする。

 「人違いだけはするなよ。相手は大迷惑だからな」
 セッツァーからはよく分からない返事が返ってきて、マッシュは頭を捻ったが、それは知らない方がいいことなのだった。





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