気持ち良く眠っているのに、何だか寒い。
我慢できないほど寒くはないが、気にせず二度寝できるかと言えばできない微妙な寒さで、毛布の中で縮こまっているうちに段々目が覚めてしまい、観念して起きる事にした。カーテンの向こうは薄ら明るい。明け方、と言った時間帯だろうか。
目が慣れるまで毛布を体に巻いてぼんやりしていた俺は何故寒さが気になるのか不思議に思い、自分の格好を見て納得した。裸のまま寝ていたからか、と。
裸のまま寝ていた理由。それはと一緒に寝たからだ。
昨日は一日中温かかったし行為の最中は汗ばむほど暑かった。そのまま寝入っても、の体温が隣にあったから寒くなかったのだろう。
余韻に浸りそうになったがベッドにいるのは俺一人で、の姿は無かった。いつもは隣で静かな寝息を立てているのに。
改めてベッド回りを見ると、行為の最中、邪魔で床に落とした枕がきちんと元の位置に置かれていた。その上に俺が脱いだ服が畳んで置いてある。珍しく部屋に帰ってしまったのか。裸でなかったら、昨夜の事は夢だったのかと勘違いするくらいだ。
晴れて恋人同士になり、時にはこうして同じベッドで過ごす関係になって、朝起きるとが隣で寝ている事も多くなった。だが今日のように彼女がいつの間にか自分の部屋に帰っていることはあり、そんな時は必ずベッド脇のテーブルに置き手紙がしてある。彼女らしい可愛い文字で『食事当番だから早めに起きて準備する』とか『なんか目がさめちゃったからその辺散歩してきます』とか。それが今日は無い。
昨夜の事も無かった事にされたみたいで、ちょっと冷てえなあ。後で恨み言の一つも言ってやろう。そう思ったのと同時にドアが開いた。
「あ、マッシュ。おはよう」
だった。昨夜部屋に来た時のパジャマ姿のまま立っている。手にした湯気の立つカップからは、甘くてほろ苦い香りがした。
「おはよう。厨房に行ってたのか?」
「うん、寒かったからココア持って来た。部屋を出る時に起こしちゃった?静かに出たんだけど」
「いや、さっき起きたら横にいなかったからさ。どこ行ったんだろうと思ってたところだ」
「そう。よかった」
は笑って机の椅子をベッドにこちら側に向けて座った。ココアを一口飲んでほっと溜息をつき、はっと何かに気付いたように俺を見る。
「マッシュの分も作ってこようか?」
「うーん」
ベッドの下から上着を拾い上げて袖を通した。修行の成果か少々の寒さで風邪をひく事はなくなったし、一枚服を着ただけで大分温かい。ココアは必要なさそうだ。
「俺はいいよ。そんなに寒くないし。…昨夜は暑いくらいだったけど」
わざと昨日の事を思い出させるように付け足すと、はきょとんとしたあと、面白いくらい真っ赤になった。
「……ばか」
「何だよ、照れなくてもいいだろ?本当の事なんだし」
「そうだけど!わたし町で買って来たお菓子持って来ただけでそんなつもり無かったのに、マッシュが部屋に帰してくれなかったんでしょ!」
「でも悪くはなかっただろ?あんな可愛い声であんあん喘いでたもんなー」
「うるさい!もう、マッシュがそんな人だとは思わなかったよ!」
照れ隠しに怒られても、可愛いだけで怖くも何ともない。もっと怒ってくれてもいいくらいだ。何を言っても無駄だと悟ったは軽く俺を小突いた後、「…わたしは寒くて我慢できなかった。暑いのよりは寒い方が好きなんだけど」と話題を変え、ココアを一口飲んだ。
身を縮めココアをちびちび飲む姿は、見ているこっちが寒くなりそうだ。俺が着ている上着は長袖で生地も厚いから防寒になるのだが、が着ているのは暑い夏ならぴったりの涼しげな半袖のパジャマで、その上に何も羽織っていないのだ。
温まるために飲んでいる最中にあれこれ話しかけるのも困るだろうし、寒そうな姿を黙って見ているのも変だよなと思い、がココアを飲み終わるまでの間にベッドを整え、その後は少し白んできた窓の外を眺めていた。朝靄の向こうに、海なのか川なのかそれとも湖なのか、うっすらと大きな水辺が見える。魚が食べたいとカイエンとストラゴスがぼやいていたから、それに応えて魚を釣るべく水辺に移動したのだろう。それでいつもより冷えたのか。
しかし朝靄がかかった景色というのは、暗闇やその中から現れる魔物の襲来といった分かりやすい恐怖を孕んだ夜とは違い、幻想的で綺麗な分、返って落ち着かない気分になる。ぼんやり見ているとカップを置く音がした。が俺の傍に来て、同じように窓の外を見ていた。
「少しは温まったか?」
「うん。ねえ、昨日セッツァーが夜のうちに移動するって言ってんたけど、ここどの辺だろ?何か用事でもあるのかな」
「水辺の近くに停まってるみたいだぞ。夜が明けたら魚釣りでもするんじゃないか?」
「魚釣り?」
「カイエン達が、久しぶりに魚が食べたい、って言ってたんだ。最近ずっと肉料理続きだったろ?」
「うん。ああ、それで魚釣りか」
納得したは「不思議な景色だよね。夜とは違うけど、朝の靄がかかった景色も綺麗な分、ちょっと怖いな」とまた窓の外に目をやった。
俺もさっき、同じ事を思ったんだ。
口に出す前に、一人で幸せをかみしめた。恋人同士で過ごす時間が増えてから、考え方や感じ方が似てきたように思っている。もしかすると元々感性が似ていて、それに気付く事が増えたのかもしれない。とにかくそういう共通点に気付くたびに俺はが愛しくなってしまい、つい頭を撫でたり抱きついたりしてを困らせたり照れさせたり、時には怒らせてしまうのだった。
だから今も嬉しくなって、「俺もさっき、全く同じ事を思ったよ」と言いながら肩にそっと触れようとした。そして気付いた。
半袖のパジャマから覗く腕に、うっすら鳥肌が立っている。
「、まだ寒いんじゃねえか?」
「え、ううん、わりと温まったけど」
「嘘つけ、鳥肌立ってるぞ」
ただでさえ窓辺は冷えるのに半袖だから余計寒い筈だ。言い返すとはそれ以上寒さを否定せず、両手で両腕をさすった。
「マッシュが熱心に外見てたから、どんな景色なんだろうと思って見たくなったの。綺麗だけど寒そうだった…」
「全く、風邪ひいたらどうすんだ」
俺は窓から離れ、ベッドに戻った。毛布をの肩にかけてやるつもりだった。
だが毛布を手にして振り向き、窓辺で震えているを見たとたん、別の考えが頭をもたげてきた。
そうだ、温かくなる方法なら他にもあるじゃないか。
温かくなれるだけでなく、最高に気持ちよくなれる方法が。
「」
「なに?」
振り向いたの、唇の端にキスをした。
は相手が予想外の行動をすると、驚きで身動き一つ取れなくなってしまう。これまでもそうだった。想いを告げた時も、キスしたいと言った時も、いきなり抱きしめた時も、ある夜自分の部屋に帰ろうとするのを引き止め、ベッドにそっと押し倒した時も。
当然今も予想外だったのだろう、一瞬固まったがすぐにスキンシップだと判断したのか、髪、おでこ、頬、と、あちこちにキスする俺にされるがままになっている。
それをいい事に抱きしめて、耳の後ろに顔を埋めた。下ろしたままの髪の毛からはとてもいい香りがした。蜂蜜を使ったお菓子のように甘い香りは、今まさに食べられそうになっている彼女にぴったりだ。
「マッ、シュ」
「ん?」
「あの…くすぐったい」
「止めた方がいいか?」
「ううん…別にいいんだけど…急にどうしたの?」
それには答えず、髪の匂いを嗅いだまま、手だけを動かした。背中を撫で、中に手を入れて脇腹をくすぐり、柔らかなお尻に手を伸ばす。ようやく意図が分かったは困惑を隠しきれない口ぶりで、また尋ねてきた。
「何してるの?」
「温めてやろうと思って」
「えっ…」
さらに何か言いかけて開いた唇を唇で塞ぎ、何度も角度を変えながらキスをした。赤い花びらのような唇が柔らかくなるのを散々待った後、舌を入れての小さな舌を絡め取り、並びのいい歯列を舐め、口の中を丹念に愛撫した。本当は不器用だし照れ臭いのもあってこういうキスは得意ではないのだが、下手なりに時間をかけたのが幸いし、くたんとの身体から力が抜けて、俺を受け入れる準備が整い始めた。
もういいだろうと軽く腕を引いてベッドまで連れてきた。は抗う様子も無くついて来て、大人しくベッドに腰を下ろす。もぞもぞと両腿を擦り合わせているのが物欲しそうに見えて、じわじわと胸の内に湧き出していた欲望が一気に溢れた。隣に腰掛けるのももどかしく、抱きついて、もつれこむようにベッドに転がった。早くもの瞳はとろんと潤み、しなやかな腕を伸ばしてくる。蛇が巻きつくような冷たさにぞくりとしたのは一瞬で、引き寄せられるがままにの胸に顔を埋めた。腕は冷えているのに柔らかな胸は温かく、蕩けそうに気持ちいい。
「マッシュ、重い」
「お、悪い」
下から聞こえる苦しそうな声に慌てて身体を離した。とにかく体格差がありすぎるから、俺が全体重をかけたらは身動き一つとれやしない。馬乗りの体勢でを見下ろし、体重をかけすぎないようにそっと覆いかぶさった。
「マッシュって体温高いんだね。身体、すごく熱い」
「体温が高いかどうかは知らねえけど、今は熱いと思うぞ。すげえ興奮してるし」
言いながら手をの胸元に滑らせて、下着をずらし胸を露わにした。甲高い声と共に細い腰が跳ねあがり、形のいい胸が揺れる。生唾を飲み込んで、俺はまた胸に顔を近づけた。赤ん坊みたいに胸を鷲掴みにして揉んだり、赤い突起に吸いついたりして遊んでいるうちに、の肌の温度が上がってきた。顔は紅潮し、愛撫している身体はじっとりと汗で湿っている。まだパジャマを履いたままの下半身は、まどろっこしそうに両腿を擦り合わせたり腰をくねらせたりして欲情をやり過ごそうとしていようだが、すぐに我慢できなくなったのか両脚を俺の腰に絡みつけてきた。それを阻止するために、行為を一時中断して、絡めてきた脚を腰から外した。が腰を揺すり、不満そうな目で俺を見る。
「なんでやめるの、自分からしてきたくせに、ずるい」
答えるよりも早いとばかりにパジャマのズボンを脱がしにかかった。すぐに俺のやりたい事を理解したは、脱がせやすいように軽く腰を浮かせる。するすると脱げたそれを床に放り投げ、行為を再開した。白い脚は最初のうちこそ行き場を失くしたように中途半端に開いていたが、再び蔦のように腰に絡みつく。ベッドに連れ込んだ時はひやりとした冷たさばかり感じていたの体温が、いつの間にか俺とそう変わらないくらい、熱を帯びていた。
しっとり湿った肌の感触、扇情的な声、ベッドのきしむ音、それに何より俺自身が彼女の中に触れたがっていて、早く早くとせき立てるように先を濡らし始めていた。くらくらするような感覚に飲まれて禁欲のきの字も浮かんでこない今、止める事など出来はしない。
興奮で上手く動かない手で避妊具を付け、の様子を見ながらゆるゆると挿入し、ゆっくり腰を動かした途端、温かくてぬるついていたの中が、催促するように締め付けてきた。気持ち良すぎて全身が性器だけになった感覚がしてたまらない。打ちつけるように激しく腰を動かし続けているうちに、なんの予兆も無く射精した。
パンパンに膨らませた風船がしぼんでいくような失速感と心地良い気だるさを同時に感じた。が俺の様子を見て、身体に絡めていた腕や脚から力を抜き、しどけない格好で荒い息を繰り返している。その隣に横たわって乱れた髪を撫でると、恥ずかしそうに抱きついてきた。
「温かくなったか?」
「……」
頷く気配が嬉しくて強く抱きしめ返すと、が腕の中から顔をひょいと出して俺を見た。草むらから兎が顔を覗かせているような可愛らしい仕草だった。自然に頬が緩んで笑顔で「どうした?」と尋ねると、口をもごもごさせて何事か呟いた。よく聞こえなくて耳を塚づけると、
「……自分ばっかり……」
「え?」
「自分ばっかり気持ち良くなってさ」
わたし、もう少しでいきそうだったのに。
囁くような声にを見れば、頬を紅潮させ眉を八の字に寄せて、未だに身体の芯が疼いているような、切なくて恨みがましい表情をしている。
「だから、マッシュ。ね」
が何故か赤面した。と思ったら頬に唇を軽く押しつけてくる。誘いの言葉代わりにキスしてきたのだ。唇に一回、頬に数回。軽いキスは首筋から鎖骨、胸元まで下って行き、さっき俺がしたように、最後はちゅ、と乳首に吸いついた。頭から足先までを一瞬で突き抜けた妖しい刺激に、くたんと柔らかくなっていた箇所がもぞもぞと起き上がる。
起きるまでにまだ時間はあるし、こんなに汗をかいた状態で寝たらそれこそ風邪をひきかねない。それに、折角恥ずかしがり屋の恋人が可愛くおねだりしているのに、それに応えてやらないなんて男がすたる。
「しょうがねえなあ、もう一回頑張るか」
あれやこれやと理由を付けた後、やれやれ、といった体で再びの上に跨った。自分から仕掛けたくせに、は急に照れて俺に背中を向ける。構わずその上に体重をかけ、身体とシーツの僅かな隙間から無理矢理手を入れ、柔らかな胸をふにふにと揉んだ。たちまち甘い喘ぎ声が漏れ始め、催促するように腰を動かすのを見て下半身に熱が集中する。この分ならもう一回どころかあと2、3回は頑張れるかもしれないな、と下品な想像を巡らした。
ちらりと見た窓の外はさらに明るくなり、世界に朝が来た事を教えていると言うのに。
俺達二人にだけ、朝は当分訪れそうにない。
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