※FF6発売20周年夢小説企画「The 20th anniversary of FF6」様に投稿したセッツァー夢です。
瓦礫の塔崩壊〜ED後、シャドウの死を匂わせる箇所があります。
それでもよろしければお進みください。






 愛執塗れの哀歌







 長い長い戦いだった。
 誰の放ったものか、最後の攻撃を食らった瞬間、既に人ではなくなっていたケフカの体が砂のように消えていく。
 間を置かず、瓦礫の塔が崩壊し始めた。
 「ファルコンまで走れ!」
 迎えに来た仲間の声が合図となって、弾かれたように全員が駆け出した。危険な個所を仲間達と助け合いながら駆け抜け、ファルコンに辿りついた俺は、真っ先に操縦舵を握りしめた。
 「全員いるか!?」
 皆で固まって行動したから揃っているのは間違いない筈で、確認したのは念のためだった。だが、
 「シャドウさんがいない!!」
 甲高い声で叫んだのはだ。悲壮な叫びとまだ来ぬ仲間を無視することは出来ず、今か今かと待った。落下物をすれすれでかわし、揺れで振り落とされない様舵を強く握り、ギリギリまで待った。それでも見慣れた黒い影が現れることは無かった。
小さな破片程度だった落下物は大きさを増している。ここで待っていたら全員死んでしまうと判断し、断腸の思いでファルコンを発進させた。
 「セッツァー!」
 が腕にしがみ付いてきた。「なんで出発するの!?まだシャドウさんが!」
 「馬鹿か!このままだと全員死ぬんだ!」
 それでもは手を離さず泣き叫んで運転の邪魔をする。振りほどこうとして操作を誤り、しまったと思った瞬間にはファルコンの真横を瓦礫が落下していた。あと数センチでも右にずれていたら、機体は真っ二つになっていただろう。
 一刻を争う事態だと流石に分かったらしい。はその場に崩れ落ちた。操縦舵を握り直しファルコンを発進させても、最早止めることは無かった。



 サマサ、フィガロ、モブリズ、ナルシェ、コーリンゲン、ドマ。
 仲間達が笑顔で、或いは泣くのを堪えながら、手を振って故郷に帰って行く。
 飛空挺には、ぼんやりした笑顔で皆に手を振っていたと俺だけが残された。
 しん、と耳が痛くなるような沈黙が訪れる。ソファーに座る姿が抜け殻のようで、どう声をかけたものか考えあぐねていると、血の気のない唇が僅かに動いた。
 「セッツァー」
 「…何だ」
 「これからどうするの?」
 することは沢山ある。どれから優先していいのか分からないくらい。
 「カジノを再開…いや、ファルコンの整備が必要だ。どちらも金がかかるから、資金稼ぎで当分は戦いばかりだろうな。それに、エドガーから救援物資の輸送を頼まれているから、あちこち飛び回って…まあ移動が多くなる事は確かだ」
 「わたしも、しばらく居させてもらってもいいかな」
 「故郷に帰らなくていいのか」
 「シャドウさんを探すの。あちこち旅するのなら、シャドウさんに会える、ううん、噂だけでも聞く可能性は高いから」
 「瓦礫の塔にもう一度行けってことか?」
 「あそこには行かない」
 はきっぱりと言い切った。「シャドウさんは強いしインターセプターもいる。瓦礫の塔なんてとっくに抜け出したに決まってるよ」
 俺達でさえ助け合ってやっと逃げ切ったあの場所を、いくら手練とはいえシャドウがたった一人で、いや、一人と一匹で逃げ切ることは不可能に近い。それなのにの言葉は妙に確信に満ちていて、反論を許さない響きがあった。そもそもあの時シャドウを見捨てた――そんなつもりは毛頭無いにせよ、から見れば同じことかもしれない――俺が反論しても聞き入れないだろうとも思えた。
 こいつはシャドウに惚れていたのだから。
 音も無く歩く姿を目で追って話しかけて、頭巾の隙間から覗く目が僅かに動くのを見ては微笑んだり俯いたり、時には頬を染めたりしていた。皆がいる前では決してそんなことはしない。回りに誰もいない時だけ近付いては、一方的にも見える会話を楽しむのだった。誰にも知られないようにひっそりと、こいつはシャドウを想っていた。シャドウもまた、一方的に話しかけるを避けるわけでもあしらうでもなかった。一線引いて接する他の仲間とは違い、と二人でいる時は、声は聞き取れないが会話をしているのを何度も見かけた。
 誰一人気付かなかったこいつの感情、シャドウの感情にどうして俺が気付く事が出来たのか、理由は簡単だ。
 俺も惚れていたからだ。ずっと見ていたからだ、を。



 その後はに言った通り、再び世界中を巡る旅になった。
 フィガロに寄って整備士を雇い、世界崩壊の被害が少なかった町から被害の大きかった町や村へ食料や物資を運び、かつての常連客に顔を見せにジドールに行ったり、しばらくはそんな日が続いた。
 俺が自分の用件を済ませている間、は町や村の奴を誰彼構わず捕まえてはシャドウの事を尋ねていたようだ。朝になると意気揚々と出かけて行き、暗い顔をして日暮れ前に戻って来る。時には俺を用心棒代わりにして、柄の悪い連中が屯する酒場に足を運ぶこともあった。それでもシャドウの手掛かりは得られなかった。
 「まだ行ってない所も沢山あるから見つからないのも無理ないよね。気長に探していくよ」
 夜、自分の部屋に戻る前にはいつもそう言い、次の朝も元気に出かけてはまた沈んで帰って来る。皮肉な事に見つけようとすればするほど、シャドウの生存は絶望的になっていった。それを認めたくなくて、また探して。
 本人が一番苦しいのは分かっている。手掛かりすら掴めないのは歯痒いに違いない。だが、見ている方だって苦しいのは同じだ。
 それで一度だけ、「もう止めたらどうだ」と言ったことがある。
 「え?」
 は何を言われたのか分からない、と言う顔をした。
 「あんな塔から一人で抜け出すなんて無理だ。多分、もう…」
 「そんな筈ないよ。今まで何度も離れ離れになったけど、また会えたじゃない」
 無理矢理笑顔を浮かべるのが返って痛々しい。以前はもっと能天気に笑う女だった。苦いものがこみ上げてくるのを堪えながら、さらに言葉を続ける。
 「あの時と今じゃ状況が違う。あいつを見かけたって奴が、訪れた町や村で一人でもいたか?あいつの噂を一度でも聞いたか?これだけ飛び回ってるのに誰もあいつの今を知らない。それが答えだ」
 「世界が落ち着いてないから、みんな人の事に構ってられないだけだよ。もっと平和になれば、シャドウさんの噂だっていつかそのうち…」
 シャドウが生きている可能性を俺自身信じられるのなら、こんなことは言わないし、思いもしなかっただろう。だがその可能性が皆無である以上、諦めさせたかった。生きている人間が過去を引きずると碌な事にならない。いつまでも後ろを振り返る事しか出来ず、前を見る事を思いつけない。
 …かつて、ブラックジャック号を失った俺が、酒場で腐ってしまったように。
 が生きていながら死んだようになりつつあるのを、このまま放っておくわけにはいかなかった。見たくもなかった。
 「いつか、とかそのうち、なんて、そんな日は来ねえ。賭けてもいい」
 「そんな言い方しないでよ」
 「こうでも言わねえとお前は諦めないだろ」
 「だってわたしが諦めたら、シャドウさんを探す人がいなくなってしまうもの」
 流石にイライラしてきた。どうしてこの女はこうも聞きわけが無いのだろう。世界中探しても見つからない。噂すら流れない。俺達がやっと抜け出した場所に残された。それがどういうことなのか他の仲間は大なり小なり、理解して受け入れているというのに。
 いい加減諦めればいい。楽になればいい。かなり時間はかかるだろうが、そうすればこいつは前を向いて生きていける。
 「これ以上あいつを探してもお前が苦しいだけだ。止めとけ」
 「わたしの苦しみなんて、シャドウさんが今どこかで感じてる苦しみに比べたら、きっと大したこと無いよ」
 「お前にとっちゃ大したことが無くても、俺は嫌なんだよ!」
 いきなり怒鳴り声を上げた俺を、は目を丸くして見た。シャドウの幻影しか追いかけていないその瞳を見た途端何かが弾けて、ぽかんと開いた唇に自分のそれを押しつけた。
 いったい何をしているのだろう。そう思ったと同時に左頬が熱くなり、ひりひりした痛みが広がった。平手打ちを食らったのだと分かったのはが右手を押さえていたからで、俺の行為に驚いたのか自分の行為に驚いたのか、これ以上無いくらいに目を見開いていた。
 「…ごめん」
 小さく謝って、は部屋に消えた。



 あの戦いから一年が経とうとしていた。元通りとまではいかないが、世界はかつての秩序を取り戻しつつある。
 当然、仲間達にも変化が訪れていた。
燃料を買いに立ち寄ったナルシェでは、やけにモーグリ達の姿が目に付いた。偶然モグを見つけたので声をかけると(ウーマロと一緒に歩いていたので分かりやすかった)まだ平穏にはほど遠く、魔物が侵入することも多いから、人間もモーグリも種族関係無く助け合って町を守っているそうだ。屈強なガード達に混じってふわふわしたモーグリが歩いている様子はミスマッチで、ほのぼのした可笑しさを誘う光景だった。無表情だったがほんの少し目を細るくらいには。
 モブリズには大人が増えていた。小さいながら学校や診療所のようなものまで出来ている。住む家や町を失くし、流れ着いたこの村に定住する者が出てきたのだろう。復活の兆しが見える村の中、ティナは相変わらず忙しそうに母親代わりを務めていて、前よりも表情に生気があった。
 コーリンゲンは相変わらず静かだが、モブリズとは逆に子どもが増えていた。帰り際に遊んでいる子どもたちの横を通り過ぎると、そのうちの一人が「ロック達また来ないかなー」と呟くのが聞こえた。どうやらあいつと入れ違いになってしまったようだ。ロック達、と言うことはセリスも一緒か。
 ドマに行ったら、出迎えてくれたガウの背が俺と同じくらいに伸びていてショックを受けた。随分大きくなったなと呟くと、隣にいたカイエンが「成長期だからまだまだ伸びるでござるよ。セッツァー殿よりも」と、かちんとくる一言を言ってくれたので軽く小突いてやった。
 フィガロにも寄ったが、エドガーにもマッシュにも会えなかった。そりゃそうか。世界を纏められるのは今やエドガーだけで、マッシュはそれを助けて世界各地の情報を集めて旅を続けているのだから、仕方のない事だ。
そして、サマサに到着した。
 村の入り口をくぐると、少し大きくなったリルムが駆け寄って来た。開口一番「老けたね!」と言いやがるので「大人の色気が増したんだよ」と返してやると、後から追い付いて来たストラゴスが「物は言い様じゃのう」と、からからと笑った。全く衰えた様子も無い、相変わらずの元気な爺さんだ。
 ストラゴスと近況を報告しあっている間、はリルムに村を案内して貰っていた。あの二人は年が離れている割に仲が良かったから、サマサでのひと時はにとってもいい気晴らしになるだろう。
 のどかなサマサの空を見上げて煙草の煙を吐き出し、また村をぐるりと見渡して、そこで初めて、ここにいる筈がないそいつの姿に気付いた。
 決して主の傍を離れなかった奴。主以外には懐かない、だが不思議な事にリルムにだけは懐いていた奴。そいつは少し離れた木の陰で、はしゃぐリルムを見守っていた。
 「インターセプター…」
 俺が気付いたのと同時にも気づいた。目がその場所を素通りしようとして止まり、瞬きも忘れて見入っている。リルムが何か言いかけて、結局は何も言えずに顔を曇らせた。は微動だにしないので、その事に気付いているのかどうか分からない。
 ぽん、とストラゴスに肩を叩かれた。
 「まあ今夜はこの村に泊まって行くといいゾイ。ワシらの家でもいいし、宿屋の方がええなら口を聞いてやるでの」
 ずっと忙しなくあちこちを移動していたから、たまには宿屋で休むのも悪くない。ありがたく申し出を受けた俺はサマサの宿屋に泊ることにした。それに今聞きたいことが出来たばかりだ。



 二人の家で夕食を食べながら、あの犬がここにいる理由を聞いた。
 一度はサマサに戻ったストラゴスとリルムだが、やはりシャドウの事が気になって、すぐに二人だけで瓦礫の塔に探しに行った。
 老人と子供で大きな瓦礫をどけるのは大変な作業だったが、いくら探しても、シャドウはおろか彼の持ち物すら見つからないまま日も暮れて、諦めかけた時だった。
 ストラゴスには聞こえなかったが、リルムには聞こえた。風の音にかき消されそうなくらいかすかな鳴き声だったそうだ。事態が飲み込めないストラゴスを無視してリルムは駆け出し、離れた所からよろよろになりながら歩いてくる黒い犬の姿を見つけ、思わず叫んだ。インターセプターを抱きかかえてテントに連れてきたリルムを見て、ストラゴスはその無事を喜ぶと同時に、複雑な思いを抱いたそうだ。
 「こやつは、常に主と共におった忠義な犬じゃ。それが一匹だけでいるということは、もう…」
 ストラゴスは、黙々と食べ続けるリルムと俯いたまま顔を上げないを見て、その後の言葉を飲み込んだ。



 そろそろ宿屋に戻ろうか。囁くようなの声で、和やかなのに物悲しさが漂う再会の時間が終了した。
 引き止める二人に明日も早いからと別れを告げて、月明かりの中、細い腕を掴んで宿屋への道を急ぐ。は反抗せずに腕を引かれるままついて来た。
 宿屋の部屋は二人分取っていたが、今のこいつを一人には出来ず俺も同じ部屋に入った。を椅子に座らせた後、向かいの椅子に腰を下ろすと今度は急に疲れが襲ってきた。いくらか心の準備をしていた俺でさえ事実に打ちのめされたのだから、生存を信じていたこいつのショックは俺以上だろう。それなのに全く動揺する素振りを見せず、何を考えているのか分からない。
 何をしでかすか分からない、と言った方が正しいか。あいつのいない世界に用は無いとばかりに命を絶ちかねない、そう思わせるような空しさが取り巻いている。
 沈黙が続くのが苦しくて、掛ける言葉を必死で探す。これで諦めがついただろ。これで決まったわけじゃない、もういい加減前を見ろ。好きなだけ悲しみに浸ればいい。浮かぶ言葉はどれもこれも見当違いなものばかりに思え、結局口をついて出たのは「もう寝ろ」のたった四文字だけだった。
 「………」
 「寝て起きりゃ朝になる。これからどうするかはその時に考えればいい」
< script language="JavaScript"> はぴくりとも動かない。仕方がないので腕を引いて椅子から立ち上がらせてベッドの中に押し込むと、虚ろな目で見つめてきた。「とにかく寝ろ」と言って、一晩中見張るつもりで椅子に戻ろうとした、その時だった。
 細い腕がするりと伸びて、俺の髪を引っ張った。が起き上がり、今度は俺の手を引く。引かれるままにベッドに入ると相変わらず空っぽな目をしたが無言で見つめている。俺を見ているのに見ていない、以前言い争った時と同じその目が無性にやるせなくなって、以前と同じようにの唇に、自分のそれを以前よりは優しく押し付けた。
 抵抗されたらすぐに止めるつもりでゆっくり押し倒すと、意外にもすんなりと受け入れられて、背中に腕を回された。



 ふ、と目を開けて窓の外を見ると、月が大分高く昇っていた。いつの間にか眠っていたらしい。
 隣のは俺に背を向けて眠っている。白い背中が寒そうに見えて、ずれていた毛布をそっと掛けた。
 好きな女を抱いたというのに気持ちが満たされない。愛ではなく、寂しさややるせなさを誤魔化す為の行為に過ぎなかったからだろう。だが今はこれでいい。代替品扱いでもこいつが満足するのなら。
 我ながら惨めったらしい考えだと自嘲したが、それがこいつをこの世に繋ぎとめる手段であるのなら、そうするしかない。
 「う……」
 が動いた。一瞬声を掛けようか迷って結局寝たふりをしていると、毛布の滑り落ちる音がして、部屋の空気が動く。するりとベッドを抜け出す気配がした。薄く目を開けて動向を確認すると、は体が痛むのか多少ふらついた足取りで上着を羽織り、部屋のドアを静かに開けて出ていく。それを確認して、俺は静かに後を追った。
 迷いのない足取りでが向かったのは屋上だった。この屋上は風が心地よく見晴らしもいいので昼間はテラスとして解放されているのだが、夜は冷たい風が吹きすさび、冷えは半端ではない。その上白い月が余計に寒々しさを感じさせていた。
 はふらふらと屋上の端まで歩く。細い後ろ姿と覚束ない足取りがこの世のものでないように見えて落ち着かなくなり、気付かれないように、何かあればすぐ助け出せる位置まで移動した。
 手すりを乗り越えて飛び降りはしないかとはらはらしている俺を余所に、はぼんやりと月を眺めている。ぽかんと開いていた唇が動いた。声は無かったが、その動きで、あいつの名前を呼んだのだと分かった。
 何度も何度も、は声を出さずその名を呼ぶ。当然返事など返ってこないのに、それでも呼び続けた。
 「……、……ん、……さん、」
 動くだけの唇に、音が混じり始める。
 「シャドウさん、シャドウさん」
 何度も何度も名前を呼び続けて、空の真上に出ていた月が傾き始めた頃、別の言葉が混じった。
 「…ごめんなさい、シャドウさん、ごめんなさい」
 堰が切れたように虚ろな目から涙が流れ出した。声が名前を呼び続けたせいで掠れているのも構わず、謝り続ける。掠れ声はやがて叫びに近いものに変わっていた。大声を出せば届くというわけでもないのに。
 俺とこうなった事を謝っているのか。
 終わることのない懺悔を聞きながら、罪悪感のような空虚感のような何とも言えない気持ちに支配され、それを振り切ろうと飛び出した。が振り向いて目を見開く。何かを言う前に抱きしめると無言になり、胸の中ですすり泣くのが聞こえた。
掛ける言葉が見つからないのでしばらくそのままでいたが、サマサの夜は冷える。「冷えるから部屋に戻るぞ」と肩を抱いて歩き出すと、小さく頷いて大人しく付いて来た。
部屋に戻り無言でベッドに入る頃には、届かぬ懺悔を繰り返していた時の悲壮感は無くなっていた。あったのは体に毛布を纏って暖を取る、ただの女の姿だけだ。
 まだ寒いのか、ガタガタ震えているを見ていると急に安心してきて睡魔が襲ってきた。まどろんでいるところにふわりと毛布を掛けられて、その温かさに益々瞼が重くなっていった。



 遅い朝を迎えた俺達は、昨夜の事など無かったかのように、だけど目を合わせるのは気まずくて、お互い淡々と旅支度を始めた。朝食を食べた後宿屋にやって来たリルムとストラゴスに別れを告げ、ファルコンに乗り込む。仲間の様子は一通り分かったし、さて次はどうするかと甲板で地図を広げていると、自分の部屋に荷物を置いて来たが「セッツァー」と声を掛けてきた。
 「次はどこに行くの?」
 「金も燃料もまだ余裕あるし、どうするかな」
 「それじゃあさ。瓦礫の塔に行ってもらっていいかな」
 「……あいつを探すのか」
 「ううん。………花をね、供えに行こうかなと思って」
 弾かれたようにを見ると、も真っ直ぐに俺を見ていた。晴れた日の夜空のような黒い瞳に、間違いなく俺が映っていた。
 「分かった。すぐ行く」
 「うん。あと、」
 「ん?」
 「こないだモブリズに行った時、ティナがカタリーナと話してるのを聞いたんだけど。色んな所にお世話になりっぱなしだけど、せめて食料くらいは自分達で何とかしたいって言ってた」
 「ほお」
 「だから次モブリズに行く時は、どこかで野菜の種とか苗とか肥料とか買って行こうよ。あと鶏とか牛とか、雄雌合わせて連れて行こう」
 「種や苗や肥料まではいいが鶏と牛は駄目だ」
 「えー!?どうして」
 はむっとした。俺も負けずに不機嫌な顔を作り答える。
 「飛空挺に動物を乗せたら、毛が付くし、汚れるし、臭う」
 「何日かだけの辛抱じゃない」
 「毛が機械の隙間に入り込んでトラブルが起きたらどうすんだ。それにこれは元々ダリルの飛空挺だし、あんまり汚したくねえんだよ」
 「あ、そうかあ…。そしたら…家畜とか野菜って言ったら農家の多いコーリンゲンだよね。そこからフィガロ城に移動して…。わたし達のためだけにお城動かしてくれるかなあ。流石にもう簡単に動かさないよね。そうなるとまた徒歩で移動して、サウスフィガロからニケアに定期船で運んで…。何日くらいかかるんだろ。それより定期船って動物乗せちゃいけなかったような気がする。じゃあ動物を乗せてくれる船を探して…ああ、先が長い」
 はぶつぶつ言いながら地図を広げる。皆で旅している時も、よくこうやって地図の前で独り言を言っていたな。
 「…しょうがねえな。帰りにコーリンゲンに寄るぞ」
 「飛空挺に動物を乗せたくないんじゃないの?」
 「数時間なら我慢する。あと鶏はいいが牛は駄目だ。運ぶのに手間がかかるし暴れてあちこち傷つけられちゃ困る」
 あの頃のお前が戻ってくるのなら、それくらい、どうということはない。
 「じゃあ、瓦礫の塔に行った後、コーリンゲンに寄ろうね。で、鶏を乗せてモブリズに行こう」
 「……」
 久しぶりの笑顔を見て気分が高揚したのを悟られたくない。ああ、とわざと乱暴に答え、さっさと甲板に出て舵を大きく切った。ファルコンは浮上し、激しい風が舞い上がる。
 舵を握っている俺から離れては甲板の端に向かい、下にいるリルム達に手を振っていた。しばらくはそうしていたが、飛空挺がサマサを離れると手を振るのをやめ、青さを取り戻した空を見上げた。
 甲板は操縦席の後ろ、つまりは俺の後ろが一番風が来ない。いつまでも風を受けているのも寒いだろうと思って声を掛けると、何度目かの呼びかけで、ようやく振り返った。
 「そこは寒いだろ、こっち来い!」
 頷いて二、三歩こちらに向かって歩きかけた。だが途中で足を止めて、再び空を見る。
 小さな声だったが、は風上にいて俺は風下にいたから、はっきり聞こえた。


 わたし、絶対に忘れない。シャドウさんのこと。


 微かな声は風に乗って、青い空に吸い込まれる。
 ふっ切ったのか、受け入れたのか。
 どう変化したのか分からないが、こいつはシャドウを忘れないために生きるのだろう。それでいいと思った。
 俺も多分、あいつに執着するこの女を、懲りずに好きでいるのだろうから。