「うわーい!!たのしーい!」
 「ここ、のヒミツキチなんだぞ!おれたち、泳いでここにきたんだぞ!」
 岩場に囲まれた白い砂浜で、子どもたちが歓声を上げていた。
 楽しんでいるのは子どもたちだけではなく、いい歳をした大人までもがスイカ割りという定番の遊びに没頭している。
 「セッツァー殿!もう少し右でござる!あ、それでは行きすぎでござる、もっと左に寄るでござる!」
 「どっちだよ!?」
 「そのままでいいぞ、そのまま真っ直ぐ!そしてウーマロに抱きつけ!お前の愛をチップにしてウーマロに預けろ!」
 「お前の愛をチップにしてウーマロに預けろ!」
 「ロック、そのセリフ恥ずかしいからやめろ!ゴゴも真似するな!あれは一時のテンションに飲まれてつい言ってしまってだな…」
 「セッツァー!軌道が逸れとるゾイ!そこから右に全速力で走り海に突っ込め!これで爆笑間違いなしじゃゾイ!」
 「爆笑は狙ってねえよ!」
 など、やりたい放題やっていた。
 「楽しそうねえ。私、セッツァーがやっているスイカ割り?って言う遊び、初めて見たわ」
 ティナが日陰で綺麗な貝殻を拾いながら、皆を笑顔で見ている。胸元にだけフリルがあしらわれたピンクの水着は、可愛らしさに加えて清楚な色気をも引き出していた。非常に素晴らしい。
 「海で定番の遊びみたいよ。私はやったこと無いけど。それにしてもこの砂浜、綺麗で誰もいなくて、いい場所ね」
 セリスが景色をうっとり眺め、海と同じ色のジュースを飲みほした。女性らしい凹凸の豊かな身体に黒のビキニが良く映えていて、かつて将軍だったとは思えないほどの成熟した色香を漂わせている。失礼なのでまじまじと見ることはできないが、何とも素晴らしい。
 きゃはは!と甲高い声がしたので遠くを見る。明るい黄色のワンピース水着を着たリルムが、マッシュに抱きかかえられて海に放り投げられて歓声を上げていた。海の中に突然ヒマワリが咲いたような眩しさだ。全く素晴らしい。
 「何時間もかけて森を抜けないと来れなかった場所なんだけど、世界崩壊後に地形が変わって森の規模が小さくなったから、すぐ来れるようになったんだ。おまけに魔物もめったに来ないしね。お祝いで大騒ぎするにはぴったりでしょ?」
 は、普通の半袖シャツに普通のショートパンツだ。形の良い足が露わになっていて、それはそれでいい眺めであったのだが、彼女だけ水着ではなかった。
 これは素晴らしくなかった。


 今日は8月16日。私とマッシュの誕生日である。
 自分では覚えていないが、前にロックに話した事があるらしい。彼の発案で、今日は戦いを休みにして誕生日を祝おうという事になった。最初は飛空挺で祝う予定だったのだが、が「実はいい場所があるんだけど」とこの砂浜でのバーベキューを提案してきた。
 海で遊べると知った子ども達は勿論、海で遊んだ事のないティナと雪国出身の人外は大喜びだったし、カイエンとガウ、それにマッシュは一度来た事のある場所らしく、懐かしいから行ってみたいと言いだした。セッツァー、ロックは「海+パーティー=女子の水着」と素早く計算したらしく大賛成した。他のメンバーも異を唱えなかったので、とんとん拍子に話が進み、今日を迎えたのである。
 祝いの言葉と、高価ではないが心のこもったプレゼントを皆から頂き、しばらくバーベキューを楽しんだ後、皆は海へ駆け出していった。子どもたちと人外は一緒に遊んでとマッシュを引っ張って行き、男性陣はロックがどこからか調達してきたスイカを見つけ、早速スイカ割りを始めた。
 女性陣も海を楽しもうとしたのだが、当然のように、セッツァーとロックが大喜びで二人に纏わりついてきた。それが気に障ったのだろう、「これ以上私達に近付いたらファイガでバーベキューになった後ブリザガでかき氷ね」とセリスに宣言され、男二人はすごすごと引き下がった。そんな経緯を経てティナは日陰で貝殻を拾い始め、セリスとは今のうちにと皿を片づけたりゴミを纏めたりしている。そして私はそんなレディ達をひっそりと眺め、目の保養をしているというわけだ。
 「エドガーは泳がなくていいの?せっかく水着なのに」
 「そのつもりだったのだが、ワインを飲んでしまったんだ。酔いがさめるまでは大人しくしているよ」
 「あ、そうだね。酔ったまま海に入るの危ないもんね」
 私の返事にはにこりと笑ってゴミ袋を閉め、その姿に内心で胸をなで下ろした。下心を持って見ていた事に気付かれたかと思ったのだ。笑い返し、グラスに残っていたワインを飲み干す。それを待っていたかのように、がまた話しかけてきた。
 「じゃあエドガー、今から一緒に散歩に行かない?見せたいものがあるんだ」
 「え?」
 突然の誘いに面食らわなかったといえば嘘になる。だがレディの、それも大変気に入っているレディの誘いを断る選択肢など浮かぶ筈も無い。
 「勿論、喜んで」
 返事を聞いて、は嬉しそうに笑った。
 「ほんと!?じゃ、早速行こうよ!ティナ、セリス、わたし達ちょっと散歩してくるね」
 「行ってらっしゃい。暗くなるまでには戻ってくるのよ」
 女性陣に見送られながら、私達は皆がいる砂浜とは反対方向に歩きだした。


 「ところで、見せたいもの、とは?」
 「それは着いてからのお楽しみ」
 浜辺を歩き、自然に出来た小道を歩いても、は『見せたいもの』を教えてはくれない。不思議に思いながら前を歩く後姿を、特に脚を舐めるように眺める。細すぎず太すぎず、傷一つ無い上にすらりと長い。あの脚に舌を這わせたらどんな反応をするだろう。それとも太ももを掴んで思い切り開き、無理矢理秘部をさらけ出してやろうか。羞恥に赤く染まる顔はさぞかしそそることだろう。他の女性に対してはそれが礼儀だとばかりに押さえこめる妄想も、彼女に対してはどうも歯止めが利かなかった。そうしているうちに、歩くのもやっとのごつごつした岩場の浅瀬までたどり着き、やっと振り向いたは私の手を引いて駆け出した。
 「エドガー、こっち、こっち!」
 言われるままに着いて行くと、さらにごつごつした岩が――それも私達の体をすっぽり隠せるほどの――ごろごろしている。変わった所だなと思いながらついて行くと、彼女は崖の近くの、大きな岩が重なって出来た隙間にするりと入って行った。私も後に続いた。
 「ほう」
 「面白い場所でしょ」
 中はちょっとした洞窟になっていた。意外に広く、立っていても、そして横になったとしても十分な余裕があった。薄暗くて、どこからか海水が流れ込んでくるのか、踝まで水に浸かっている。やや湿っぽいが岩の隙間から光は差し込むし風の流れがあるので、意外に開放的だ。悪くない場所だが何故ここに連れてきたのだろう。尋ねようとを見ると、彼女はおもむろにシャツを脱ぎだしていた。
 「!?」
 「あ、大丈夫、ちゃんと水着着てるから」
 それなら大丈夫だなと脱ぐ様子を見るわけにも行かない。顔を背けていると、今度は下の方も脱いでいる(気配がする)。硬直していると、ごそごそした音が止んで「エドガー」と名前を呼ばれた。ようやく振り返った私は、目が釘付けになった。
 真っ先に飛び込んできたのは、白だった。
 の肌は、薄暗いこの場所の中で、輝くように白く見えた。鎖骨の窪みも、綺麗にくびれた腰も、臍の形さえ、実に素晴らしいとしか言う言葉が無い。それに男の性として真っ先に見てしまった胸も、大きくはないが小さすぎることも無い、程よい大きさだった。
 何よりも興奮を誘ったのは、その体を辛うじて隠す、白いビキニだ。シンプルなデザインが、返って体の線の美しさを強調している。薄い布に覆われてつんと上を向いた胸も、下を脱ぐときに濡れたのだろう脚も、全てが私を誘っているように見えた。
 は私の視線がぎらついている事に体をびくりと震わせ、やがて意を決したように歩み寄った。私達の距離は10センチもなくなった。
 「白い水着を買ったんだけど、女の子達が、透けるから皆の前では着ない方がいいって。でも見て欲しかったの」
 「どうして?」
 「……」
 私を誘惑したいからだ。
 返事の代わりに白い腕が伸びてきた。拒む理由などどこにもない。むき出しの背中に腕を回し、噛みつくように激しくキスをした。首に回す腕の力は強くなり、柔らかな胸は益々密着する。華奢なのにぐいぐい攻めてくるので、立っていられなくなって腰を下ろすと、それを待っていたかのように足を広げて私の上に跨った。海水が下半身を濡らし、その気持ち悪い生温さが、余計に背徳感を掻き立てる。
 この状況で欲情しない訳がない。下半身はとっくに膨張しきって破裂しそうだ。腹を決めてぐっとの肩を掴んで引き離した。これほどお互いに欲しがっているというのに私達はまだキスしかしておらず、勿論それだけでは物足りなかった。
 「、」
 もう一度白い身体を上から下まで眺め、舌なめずりをした。声が思った以上に掠れている。目は興奮で血走っているかもしれない。
 「今日は私の誕生日だね」
 「ん……」
 「プレゼントが欲しい。それは君からしか貰えない、特別なものだ」
 「……」
 先を促すような視線に生唾を飲んだ。受け入れられる確信はあったが、口にするのに数秒はためらった。
 「君との、特別な思い出が欲しい。今すぐに」
 ふ、と目を閉じてまた開いた後、は小さく頷いた。

 それを合図と受け取って、半開きの唇にまたキスをする。滑らかな背中の感触を楽しみながら水着の紐を引っ張ると、固く結んであった紐はあっけなく解けて、二つの身体に挟まった布きれにすぎなくなった。手をするすると降ろし、今度は腰の紐を片方解く。あと一か所だけ解けば、彼女は何も身に着けていなくなるのだ。その事に私だけではなく、当の彼女自身も興奮していた。わざとのように腰を上下に動かし、早く欲しいと私を急かす。物欲しそうな、声にならない声を漏らしている。欲にまみれた甘い声に目眩を起こすほどの欲望を覚えて、指で彼女の中心を確かめた。そこは海水のせいだけでない理由でとろりと濡れている。
 早く、早く。ここに入れれば最高に気持ち良くなれるのだ。僅かに震える手で自分の水着を降ろしていると、
 「ウゥ……」
 いるはずのない、犬の鳴き声がした。
 反射的に声の聞こえた方に背を向けて、まだ状況を察していないを腕の中に隠した。彼女は私のものだ、誰にも見られたくない。辺りを見回し、姿を見つけるのに数秒はかかった。
 「インターセプター……」
 この、無口な仲間が連れている賢い犬は。
 いつから居たのか、洞窟の入り口からこちらの様子を伺っている。黙っているわけでもなく、入ってくるわけでもなく入り口をウロウロし、これからの行動を考えあぐねているようにも見えた。
 急に黒い耳がぴん!と立った。後ろを振り向いてそちらの方に走り去って行く。一瞬ほっとしたが、しばらくしてまた物音がした。手裏剣の刃同士がぶつかり合う微かな音。犬に話しかけているのか、風に乗って辛うじて聞こえる低い声。
 「え、え、え」
 状況に気付いたは相当慌てていた。慌てすぎて動けないほどに慌てていた。私もまた同じで、人が来ることも誰が来るかも分かっていたのに、何も出来なかった。
 そしてその時はやって来た。
 「お前が戸惑うとは珍しいな。どうした、インターセプター」
 声の主からは想像も出来ない、優しげな声だった。
 思えば犬の声など聞こえなかった事にして、行為を続けた方が良かったのかもしれない。入口に近付いて、そこから聞こえる音と声で全てを察するであろう声の主は、気を遣って(というか興味を持たず)中を覗きなどしなかった筈なのだから。
 だが私達は気付いてしまい、息を潜めてしまった。その結果声の主――シャドウは、少しは警戒していたのだろうが、何となく中を覗き込んで、
 「あ……」
 「……」
 「……」
 目が合ってしまった。
 黒頭巾に隠されて感情の見えにくい瞳は、まん丸に見開かれていた。その目がぎこちなく腕の中の、そして裸同然のに向けられた瞬間、弾かれたように顔ごと上を向く。何も無い岩の天井を熱心に見つめている様子は、見てはいけないものを見た気まずさを十分に伝えていた。
 「……」
 「……」
 「……」
 どれくらい、固まっていただろう。
 「あの…シャドウ、さん」
 「俺は何も見なかった」
 胸を隠しながらおずおずと話しかけるに、間髪入れずにシャドウは答えた。
 「俺は何も見ていない。浜辺のような騒がしい場所は性に合わないからここで時間を潰していただけだ。ずっと散歩していたが日が傾いて来た、そろそろ浜辺に戻る」
 つらつらと言葉を並べ、シャドウは小走りで(あたふたしているように見えたのは気のせいかもしれないが)洞窟を出た。
 その後ろを、成り行きを不思議そうに見守っていたインターセプターが追いかけて行った。


 ほんの十分程度の出来事だったが、それはの興奮を収めるのに十分な時間だったらしい。
 「じゃあ、続きをしようか?」
 耳元で囁くと、小さな肩が跳ねた後、私を困ったように見上げた。何だろうと見ていると、はだけていた水着の紐をきっちりと結び直している。自分から押しつけていた体を恥ずかしそうに離し、腕の中からするりと抜け出した。
 「え、、続きは?」
 「……だって、見られたって分かったら、なんか恥ずかしくなってきた」
 「シャドウなら誰にも言わない筈だよ。だから早く続きを」
 「もう駄目だよ、足元見て。潮が満ちてきた。満潮になるとここは海に浸かっちゃうの」
 言われたとおりに足元を見、初めて異変に気付いた。入った時は踝を濡らす程度だった海水が、いつの間にかふくらはぎにまでかさを増している。
 「前はもっと潮の満ち引きが緩かったんだけど、地形が変わって、満ち引きが早くなってるみたい。今のうちに戻らないと帰れなくなっちゃう」
は喋りながら岩に掛けて置いた服を手に取り着替えを始め、とうとう来た時と変わらない格好になってしまった。
 「エドガーも早く。帰ろう」
 「そう言われても、私の方は治まりがつかないんだが。これはどうしたらいい?」
 興奮冷めやらぬ下半身を見せつけると、今更恥ずかしそうに目を逸らし「…何とか治まらないの?」と独り言のように呟いた。
 「すぐには治まらないよ。続きがしたいとは言わないから、早く治めるためには君にも手伝って貰わないと」
 「手伝う?」
 「君の手を貸して欲しいんだ。手が駄目なら君の可愛らしい口でもいい、いやむしろ口の方が素敵だな」
 きょとんとした顔が、言葉の意味を理解した途端、赤くなったり青くなったりし始めた。失言だったと気付いたのは頬を力いっぱい引っ叩かれた後で、謝ろうと思った時には彼女は自慢の素早さで洞窟を抜けだし「私先に帰るから!一人で何とかしなさい!」と叫んでいた。
 「!待ってくれよ!」
 「待たない!さっさと終わらせなさい!」
 華奢な後姿はどんどん小さくなっていく。


 「『一人で』『さっさと終わらせろ』という事は、まあ、こういう事だろうな…」
 欲望を我慢できずに先を濡らしているそれを、緩く握ると。
 手を上下に動かし、それなりに気持ちはいいが虚しい快楽に、一時だけ溺れた。
 思わぬお預けを食らって途方に暮れて残念を通り越し、段々それが彼女に対する怒りに変化していった。


 この埋め合わせは必ず彼女にして頂かなければ、それも今以上に素晴らしい時間にして頂かなければ治まらない。
 まず明日、セッツァーにフィガロ城まで飛んで貰おう。埋め合わせの場所は私の寝室の隣にある浴場がいい。人払いをした浴場に呼び出し、油断して広々とした香料入りの風呂を満喫する彼女の背後から突然現れよう。驚いて身体を隠す彼女にキスをして動きを封じ、明るい場所でその身体を上から下まで眺め、丁寧に感想を述べて差し上げよう。恥ずかしがって泣いても止めるものか。身体の感触を堪能しつくした後は興奮したものを突き出し、舐めるように「お願い」しよう。きっと今日みたいに顔色を変えて拒むだろうが、そうしたら頭を押さえて噛まれないように気をつけながら、無理にでも咥えて頂こうじゃないか。舌の使い方も教えて差し上げた方がいいな。長く付き合う事になるのだから最初が肝心だ。いつもと様子の違う私に怯えてぎこちなく舌を動かし始めたら、それから、それから。
 「……くっ」
 きっと彼女は私を怒らせた事を深く反省し、驚くほど従順になってくれるだろう。
 意に沿わぬ「お願い」を、羞恥に赤く染まりながら、困惑して涙ぐみながら、時には恐怖で怯えながら、結局最後は受け入れて。
 どんどん私の色に染まっていく彼女の姿を想像し、興奮しきった私はついに白い欲望を吐き出した。


 プレゼントは、明日までお預けだ。


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