親愛なる兄貴へ。
 途中で戦線離脱することになってしまい、申し訳ない。けれど兄貴の事だから、ティナとバナンのおっさんを守りきって、今頃ナルシェにいるのだと信じている。
 俺がナルシェに着いたら、きっと兄貴は驚くぞ。なんたって強力な仲間を引き連れてそっちに向かってんだからさ。
 え、俺がどこにいるのかって?
 驚かないで聞いて欲しいんだが、俺は今、魔列車という死者の魂を乗せた汽車に乗っている。
 と言っても別に死んだわけじゃない。生きたままあの世に運ばれている真っ最中だ。


 兄貴に手紙を書くならこんな感じだろうな。後半が絶望的すぎて心配させちまいそうだけど。
 魔列車の座席でぼんやりしながら、俺はそんな馬鹿馬鹿しい事を考えていた。
 この列車に乗ってからずっと、列車内を徘徊する幽霊たちと戦い続けていた。元は罪のない人々の魂だと分かってはいるが、やらなければやられてしまう。という訳で胸を痛めながら反撃しつつ列車の最前列を目指し、なんとかこの車両に着いた。
 最前列に近づくにつれて徘徊する幽霊の数が少なくなり、この車両には幽霊がついにまるで見当たらなくなった。何か理由はあるのだろうが生きている俺達には分からないだろうし、とにかく襲われる心配がないのはありがたい。自然とここで休憩する流れになり、今後について話し合っていたのだが、やがて皆黙り込んで、それぞれ物思いに耽っていた。沈黙の中、一定のリズムで刻まれる列車の走行音が不安を煽るように響く。
 ぐう。
「ん」
 突然聞こえた奇妙な音に顔を上げた。カイエンは故郷と家族の事を考えているのか、暗い表情をしている。は不安そうに辺りを見回して様子を伺っている。シャドウはじっと窓の外の暗闇を見つめている。インターセプターはその足元に伏せている。
 気のせいかと窓の外を見つめた時、また、ぐう、と音が聞こえた。気のせいではない。死者を運ぶ列車に似つかわしくない、生者だけが出せる音。やけに大きく力強い、腹の音だ。
 俺はまた皆をぐるりと見回した。カイエンは俯き、シャドウは闇を見つめ、インターセプターは伏せ、は様子を伺い、腹をさすっている。ぐう、と大きな音が、静かな車内にまた響く。
「……ごめん、こんな時なのに」
 が顔を両手で覆った。
「実は、お腹空いてて……」
「ぶはっ」
 思わず噴き出してしまった。釣られるようにカイエンも吹き出す。シャドウは黙っていたが、肩が小刻みに揺れていた。不吉な静けさに押しつぶされそうだった車内に活気が満ち、そう言えばこの列車に乗ってから全然笑っていなかった事に気付いた。何だろうな、この子は。やることがいちいち面白くて、気分が浮き立つような感じになる。
「よし、それなら先に進むぞ!」
 ひとしきり笑ってから、俺は勢いをつけて座席から立ち上がった。
「今思い出したんだが、こういう列車には食堂専用の車両が付きものらしいぞ。そこに行って何か食おうぜ」
「食堂車とな!? こんな場所でまともなものが食えるとは思えんが」
「でももしかしたら、まともなものが食えるかも知れないだろ?」
「……マッシュ殿は前向きでござるな。拙者も見習うでござる」
 がちゃり、と鎧の音をさせて、カイエンが立ち上がった。俯いていたときとは違い、すっきりした顔をしていた。シャドウが疲れを見せない動きで立ち上がり、最後にが「久しぶりにお魚食べたい」と呟いて立ち上がった。


「ほら見ろ、言ったとおりだ!」
 俺は思わず叫んだ。ある車両に足を踏み入れた瞬間、がらりと雰囲気が変わったからだ。
 車内を明るく照らす照明はやけに豪華なシャンデリアだ。城でかつて見たものより大分小さいから、列車用に特注で作らせたものだろうか。テーブルは数卓あり、その全てにシミ一つ無い真っ白なテーブルクロスが敷かれている。中央にはどこから調達したのか生花が飾ってあり、グラスは一点の曇りもなく、いつでも客を受け入れる準備が出来ていた。開店直前のレストランに入ったら、こんな光景を目にするに違いない。
 車内の清潔さと隅々まで行き届いた心配り、部屋の明るさ。豪華なまま朽ちて行った他の車両とは違い、この車両だけは未だに現役のままで役割を果たそうとしている。唯一、死者よりも生者に近い車両だ。
「本当だ、レストランみたいだね」
 が目を丸くした。美しい内装に恐れを忘れたのだろう、ひょいと車両に入り、部屋を見回している。
「車内は確かに立派でござるが……」
 カイエンが恐る恐る、俺の腕にしがみつきながら車両に足を踏み入れた。頼む、離れてくれ。
 そんなカイエンを一瞥し、シャドウとインターセプターがすっと中に入った。視線を素早く部屋中に走らせた後「これからどうするんだ」と俺を見る。
「何言ってんだ、食堂車に来たら飯を食うに決まってんだろ」
 俺たちはいくつかあるテーブルのうち、なんとなく真ん中のテーブルを選んだ。端をきっちり揃えて折られたナプキン、顔が映るくらいにぴかぴかのナイフとフォーク。こういう、ちょっと洒落た場所で食事をとるのはかなり久しぶりだ。ナプキンを膝の上に広げるとどこからともなく幽霊がやってきて、グラスに水を注いで回り、ワインのリストを俺に手渡した。
「うーん、俺は水だけでいいが、カイエン、シャドウ、何か飲むか?」
「俺は遠慮する」
「拙者は…………拙者も遠慮するでござる」
「そっか。は?」
「わたしも水だけでいいよ」
 幽霊はワインリストを服の中に戻し、また別のリストを出してきた。こんなひらひらした服のどこから取り出したのだろう、とは考えるだけ野暮なのだろうか。
『お好きな食事をお好きなようにご注文ください』
 幽霊が差し出したリストには、それだけしか書かれていなかった。説明するよりも見せた方が早い。リストを全員に回すと、カイエンは何故か冷や汗をかき、は困惑したような面白がっているような顔になり、シャドウは目を見開いた。
「食べたい物を頼めば作る、と言うことか」
 最初に口を開いたのは意外にも、こういう時でさえ取り乱す様子を見せなかったシャドウだ。何か食べたい物でもあるのだろうか。有名な暗殺者らしいこの男は、時折妙な人間臭さを見せる。
「そういうことだろうな。しかし食べたい物、かあ。そうだな……」
 懐かしい味を次々と思い出す。病み上がりにばあやがよく作ってくれた、卵のスープが恋しい。いや師匠の奥さんが作ってくれた、クルミとベーコンとほうれん草の炒め物も捨てがたい。それとも鹿の肉をシンプルに塩胡椒で味付けして焼いたものがいいだろうか。スタミナが付きそうだ。
「拙者! 断じて! 食べぬでござる!」
 カイエンがいきなり叫んだ。叫んだだけでは足りないのか、憤怒の表情で幽霊を睨み付けている。俺は勿論も、シャドウさえも息をのんで事態を見守った。
「皆も食ってはならぬぞ! 死者の国の食べ物を口にしたが最後、二度と生きては帰れぬと言う話を思い出したのだ!」
 カイエンがまた叫ぶ。俺はさっきまでの幸せな回想を綺麗に忘れた。は青い顔で口を押さえ、シャドウは深いため息をついた。 幽霊はそれぞれの方法で食欲を抑える俺たちを見回し、最後にカイエンを見据え、初めて喋った。背中がぞわぞわするような、生理的に受け付けない声だった。
「この食堂車は、あなた方の為に用意されたものです」
「ほらやっぱりでござる! 黄泉国の食べ物を口にさせ、生きて帰さぬつもりでござろう! そうは問屋が」
「いいえ」
 大の男でさえ怯みそうなカイエンの剣幕を、幽霊は淡々と遮った。
「この車両で出される食事は皆、あなた方が普段口にしているものと同じです。どんな要望にもお応えできるよう、あらゆる材料を取り揃えております。魔列車の命令です」
「え、どうして魔列車がそんな命令を?」
 が割って入った。が聞かなければ俺が聞いていたところだ。死者を乗せる列車にとって、俺たちは決して歓迎される存在ではない。力尽くであの世に連れて行かれるならまだしも豪華な車内で食事を出して貰えるなんて、裏があるとしか思えない。
「今回のあなた方のように、ごくまれに列車に生者が乗り込んで来る事があります。大抵は幽霊に襲われて同じ幽霊に成り果てますが、たまに幽霊を振り切ってここまでたどり着く者がいます」
 俺たちみたいに迷い込む奴が他にもいるのか。そういえばさっきも何とかフリードって変な奴がいたな。あいつはどうやってここから降りるんだろう。考えていると、幽霊が話を続けた。
「ですが、所詮ここまで。降りるには列車内のどこかにあるレバーを操作しないといけないと聞くと、既に幽霊を振り切ることで疲れ切っている生者は絶望し、元の世界に戻ることを諦めます。ここで出される食事は、生を諦めた生者に振る舞う最後の晩餐となるのです」
「冗談じゃない、誰が大人しくあの世に行くもんかよ! レバーなんか無くったって、力尽くで止めてやるぜ!」
 幽霊は、叫ぶ俺を冷ややかに見つめた。勿論幽霊の目など見えないのだが、そんな気がした。
「ああそれから、魔列車は車掌を通じて、あなた方の動向も当然、把握しています」
 あれ、やばいんじゃないか。急に冷や汗が吹き出る。幽霊達に反撃、い、いや強制的に成仏させ、屋根の上を走って大きな穴を開け、挙げ句列車を切り離して「これで追ってこれないだろ!」と盛り上がってしまった俺達だ。魔列車が怒ってしまい、何も出来ないままあの世行き、なんてことになるんじゃないか。そうなったら洒落にならない。
「魔列車は、俺たちをどうする気なんだ」
 弱々しく呟いた言葉に、幽霊は淡々と返した。ちょっと嬉しそうなのは気のせいだろうか。
「魔列車は勝手に乗り込み、幽霊に反撃し、車両を切り離したあなた方に、かつて無いほどの苛立ちを覚えていました。ですが、今までそこまで派手に暴れる者はいなかったらしく、どうしても現世に戻ろうとするあなた方にかつて無いほどの興味も持っているようです。なので、もしあなた方が食堂車に来たら手厚くもてなし、食後に列車の走行を止める方法を教えるように、と言われております」
「はあ……」
「もてなした後、あなた方が最前列に着いたら相手をするそうです」
「相手、とな!? つまりそれは……」
 カイエンがのけぞり、難しい顔をして黙り込んだ。代わりにが「魔列車と戦わなければいけないから、それまでは生かしておく、って事でしょうか」と幽霊に問いただすと、幽霊は「そうです」と頷いた。
「なので、お好きな物を注文して頂ければ、何でもお持ちします。魔列車は全力であなた方の相手をするので、あなた方もしっかり回復しておくように、とのことです」
 そこまで聞いて、やっと俺たちは幽霊の言葉に素直に頷くことが出来た。その後の戦いのことは、今は考えないようにした。

 皆が迷っているようだったので、最初に俺から注文することにした。
「じゃあ俺は、鹿肉のステーキと、クルミとベーコンとほうれん草のバター炒め、卵のスープで。久しぶりにパンも食べたい」
「マッシュ殿、食欲旺盛でござるな! では拙者も……」
 カイエンは気難しそうな表情を作り、やけに尊大な態度を作った。
「拙者は魚の味噌煮に、ゴボウとにんじんのきんぴら、タケノコと椎茸の吸い物を所望する。勿論白い飯も一緒でござる」
「かしこまり……」
「味噌煮に使う魚は鯖、きんぴらはごま油多めに炒めるのだぞ」
「かしこまり……」
「ああそうそう、吸い物に使う椎茸は必ず生のものを頼む。乾燥させたものより歯ごたえが良いのでな」
 幽霊は無言で頭を下げた。面倒くさい客だなと思っているのがありありと伝わってきて、何故か俺が申し訳ない気分になり、つい身を縮めた。
「あの、わたしも注文をいいでしょうか。すみませんが……」
 同じように申し訳無い気分だったのか、がやけに恐縮しながら手を上げた。幽霊はの方に向き直りオーダーをとる姿勢を見せる。その様子を俺は静かに盗み見ていた。自分のことをあまり話さないこの子の事が、食べ物の好みから少しでも分かるかも知れない。自分でもどうしてか分からないが、という少女を構成しているほんの一欠片でも、手に入れたくて仕方が無かった。
「ええと、アンチョビとトマトのサラダに、白身魚のバター焼き、あと魚介のパエリアを下さい」
 さっき久々に魚が食べたいと言っていただけあって、見事に魚づくしだ。実は魚が好物だったのかと納得しかけ、妙なことに気づいた。よく考えたら旅の最中、時々魚を釣って食べているじゃないか。恋しくなるほど食べていない訳ではない。もしかすると久々に食べたかった魚というのは海の魚のことなのだろうか。ということは故郷が海の近くだからよく食べていて、慣れ親しんだ味と言うことかもしれない。いや、あるいは真逆で、海のものは普段口にしないご馳走だから食べたかったという可能性もある。ああ、どうも俺は細かいことを考えるのに向かない。深読みすればするほど、正解が分からなくなる。
「ご注文をどうぞ」
 あれこれ考えているうちに、幽霊はシャドウのいるテーブルに移動してオーダーを取っているところだった。シャドウはこの食堂の仕組みを聞くだけ聞いた後、「お前らと馴れ合うつもりはない」と言い捨て、離れたテーブルに一人移動していた。カイエンとは不思議そうに見ていたが、俺はシャドウの唐突な行動の理由に勘づいていた。あいつ、絶対自分の好物を知られたくないんだ。
 一体、何を頼んでるんだろう。の件も気になるがこっちも気になり、注文を受け厨房に入ろうとする幽霊を呼び止めた。
「なあ、あいつが頼んだメシって……」
 ひゅ。
 頬を何かが掠めた。虫に刺されたのかとかゆみを感じて頬を触ると、何故か濡れた感触がする。何だろうと見つめた手のひらには、わずかだが血が付いていた。 
「これは……」
 それだけではない。強烈な殺気まで感じる。殺気を通り越してもう妖気に近いものがある。恐る恐る殺気の迸る方を見ると、シャドウが俺をまっすぐに見据え、睨んでいた。両手には手裏剣を構えている。そうなると、今顔を掠めたものはあれしかない。後ろを振り返ると予想通り、壁に深々と手裏剣が刺さっていて、鋭く光るそれに息を飲んだ。あいつは本気だ。
「マッシュ?」
 が、急に黙りこくった俺を見、心配そうに顔を覗き込んできた。
「はっ! い、いや、俺も何かもの凄く腹が減ってきてさ! おーい、メシだメシ! じゃんじゃん持ってこい!」
 幽霊は俺を一瞥して厨房に消えた。
 しばらくして、幽霊が盆を手にしてまた現れた。食欲をそそる匂いが漂い、腹が猛烈に減ってくる。俺の前に置かれた食事は、見た目は普通の料理と何ら変わらない、注文通りの品だ。皆の促すような視線に背中を押され、恐る恐るスープをすすった。
「おっ!」
「マッシュ殿、どうしたでござるか!? やはり毒が盛られていたのでは…!?」
「う、うまい……ていうか、イメージ通りの味だ……」
 驚いた。一口すすったそれは、間違いなく俺が昔飲んでいたスープと同じだったのだ。味は勿論、少し玉になっている卵、彩り良く見せるため、細かくちぎった葉野菜を具に入れている所は似ているなんてもんじゃない、まるっきり同じだ。思わず幽霊を見ると、幽霊は「めっちゃうまいでしょ」と尋ねてきた。見た目からは分からないが砕けた口調からして、さっきとは別の幽霊らしい。
「ああ……」
「頭の中で想像してた通りの味でしょ」
「ああ……味どころか」
「料理の見た目も想像通りでしょ」
「あ、ああ」
 頭を読まれているような言い方が気になるが、今は懐かしい味で腹を満たすことに集中した。懐かしい味は当時の色んな記憶を呼び起こす。楽しかった事も辛かった事も、城にいた頃の事も、城を出てからの事も。腹が満たされると気力も満ちるのか、ナルシェに行く決意は今まで以上に強くなっていた。魔列車だか何だか知らないが、こんなところで負けるわけにはいかない。
「ふう、食った食った」
「気力も体力も漲ってきたでしょ」
 あの幽霊がまた話しかけてくる。さっきは薄気味悪かったが、気持ちに余裕が生まれた今、少しはこいつと話してもいい気分になっていた。
「まあな。懐かしい味で、色々思い出しちまったよ。例えば……」
「食器お下げします」
 尋ねたくせに俺を無視し、幽霊はカイエンには「奥さんの料理と同じだったでしょ」と、には「故郷で食べたのと同じ味でしょ」と話しかけている。やっぱりこいつ、人の頭の中を読むのか。
 しかし意外な収穫はあった。やはりこの子は海の近くに住んでいたらしい。のんびりした雰囲気とあまり日焼けしていない様子から想像するに、漁村と言うより港町の出身と考えた方がしっくりくる。最初に出会った時も、父親が地元で権力を持っていて、そのせいで追い詰められた、みたいなことを言っていたし、きっとそうだ。
「本当に美味しいです。昔食べてたのと同じ味です」
 が口を拭いながら、幽霊の言葉に応えた。自分の食事に没頭して気づかなかったが、はとても綺麗に食事をしていた。殆ど物音も立てなかったし、ナイフとフォークを器用に使って貝から身を外している。故郷で食べ慣れているからと言えばそれまでなのだろうが、もし俺が同じメニューを出されたら、手で貝を持ってナイフかフォークで身を外す。その方が手っ取り早いからだ。それをせず当たり前のようにナイフとフォークを使うと言うことは、、いやは、港町に住むいいとこのお嬢さんということだ。多分、これで合っている。
「どうしてこんなに同じ味が作れるんですか?」
 の感動を含んだ問いかけに、俺が話しかけてもスルーした幽霊は「それは企業秘密です。ただ、うちの料理長は優秀なので、どんな料理でも作れます」と返している。返事を聞いたがちょっと笑った。俺が笑顔を向けられた訳でもないのに頬が緩み、慌てて顔を引き締めた。
「うまい……うまかったでござる……もう何も言葉が出ぬ……この料理を作った者、何奴でござるか?」
 カイエンは呆然としながら食事を平らげ、幽霊に問いかけた。幽霊はカイエンを見事に無視し、厨房に空の皿を運んで行く。
 あの幽霊、絶対男だ。


「……見えねえ」
 いつの間にかシャドウは別の席に移動し、俺に背中を向けていた。背中越しに食器は見えるし手も動いているから何か食べてはいるのだろうが、それが何なのか全然見えない。
 以上に何も語らない仲間、シャドウ。職業以外全て謎だらけの男の思い出の味。気にならないわけがない。
 しばらくは警戒してなかなか隙を見せないシャドウだったが、じっと見ているうちに、自分の食事の合間にインターセプターに食事を分け始めた。若干だが警戒が薄れている。これはチャンスだ。
「おっと、」
 俺はうっかりを装って、ナプキンを床に落とした。俺たちのテーブルからうんと離れた、シャドウのテーブルに近い、床に。
幽霊は厨房に入ったまま戻ってこないから、落としたナプキンを拾うのは俺しかいない。ナプキンを拾う時にその手元を覗き見出来れば上等だ。完璧な計画に酔いしれ、俺は椅子から立ち上がろうとした。
「わたしが取るよ」
 何故か先にが席を立ち、ナプキンを拾って戻ってきた。計画に思いがけず水を差されたことで礼を言うのも忘れていると、はちらりとシャドウの様子を見た後、少し体を俺に寄せ、囁いた。
「マッシュ、シャドウさんの食事、覗き見ようとしてたでしょ」
「!」
 縮まった距離に鼓動が早くなる間もなかった。俺がシャドウの食事を探ろうとしてたの、ばれてたのか。は俺をまっすぐに見つめ、首を横に振った。
「シャドウさん、食べてるところ見られたくなかったから離れたのに、わざわざ見に行くような事はしちゃだめだと思う」
「えっ」
「わたしもシャドウさんが食べてるものにすっごく興味あったけど、見なかったよ。それを見るって事はシャドウさんの過去に触れるって事で、それはシャドウさん、多分嫌だろうなと思ったから」
 責めるようなきつさはない。それなのに、柔らかな言葉は胸に突き刺さった。要するに、俺はシャドウの過去に土足で踏み入ろうとしていたのだ。俺にも秘密にしたいことはある。だって、カイエンだってそうだろう。自分がされたくないことを、俺は人にしようとしていたのだ。
「……そうだよな。すまん」
「うん」
 は頷いて、幽霊が持ってきたデザートのアイスクリームに、嬉しそうに手を伸ばした。つられるように俺も自分のアイスを一さじ掬って口に運ぶ。俺よりもずっと年下の子に諭される自分が恥ずかしい。ばつの悪い気分だったが、そう思うこと自体、に対して失礼なのかもしれない。窘められてへこむという事は、をどこかで下に見ていたんじゃないか。
 出会った時の思い詰めた雰囲気と世間知らずな面に気を取られ、俺はを守らなければ、教えなければ、導かなければ、という保護者のような気分でいた。が、それはあくまで彼女の弱い部分だけを見た場合の話だ。
 これまでの戦いを見れば分かるように、は十分に強い。野宿の経験はないようだが、出来ないことは出来るまで努力する。男でさえ体力的にきつい旅の道中、一度も辛いとか休みたいとか愚痴をこぼしたりしない。諦めず、我慢強く、相手を尊重する。俺が思うよりもはるかに強く、いい子だ。
 保護者とか兄貴分としてでなく、ちゃんと対等に扱わないといけないな。俺は一人で納得して何度も頷き、アイスを食べるの横顔を見た。も視線に気づいたのか、俺を見た。目をぱちくりさせた後、心底嬉しそうに笑顔になる。頭の中でこねくり回していた理屈が吹き飛んだ。
「アイスなんて久しぶりに食べたよ。美味しいね」
「お、おう」
 眩しすぎて目眩がした。とにかくこの子が嬉しそうに笑っているのなら、何でもいいじゃないか。


「さてと。そろそろ行くでござるか?」
「だな」
「そうだね」
 カイエンの言葉を合図に俺たちは椅子から立ち上がった。シャドウに声をかけようとすると、既に椅子から立ち上がり、こちらに歩いてくるところだった。結局何を食べたのか分からずじまいだったが、にも言われたことだし、もう気にしないことにした。
 食堂車を後にして、魔列車を止めるレバーの前に来た。俺とカイエンで列車の横にあるスイッチを探しに行き、早速見つけた停止スイッチを押した。列車内ではシャドウとが圧力弁を下げたはずなのに、列車は一向に速度を落とさない。中で何かあったのかと車内に戻ろうとすると、それより先に達が俺たちの様子を見に来た。 「レバーは下げたぞ」
「こっちも、停止ボタンは押したぞ」
じゃあ列車は止まるはずじゃないか。何故走り続けるんだ。皆の頭の中は、おそらく同じ疑問が浮かんでいたと思う。 「……」
「……止まらんでござる」
「……止まらないね」
「止まらないな。ていうか、むしろ……」


『私の走行の邪魔をするのはお前達か!』


「来たでござる!」
「な、何か緊張してきた」
「行くぞ、インターセプター」
 腹は一杯だ。気力も満ちた。魔列車と、ついに対峙した。もう引き返せない。
「じゃあ、行くか」
 ナルシェに行くには、戦うしかない。



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